第5話 共犯と信頼
区役所から離れた桃弥と月那。
2人はひたすら北に向かって進んでいたが、やはりというべきか月那口数が少ない。
「また会いたいか?」
桃弥は徐に問いかける。
「……会いたい、です」
「じゃあ、強くならないとな。最低でも、この世界を自由に歩き回れるほどには」
「……はい! 頑張ります」
決意を新たに、2人の旅は新たなステージへと進む。
◆
区役所を出たその日、2人は周辺の餓鬼を狩りながらある場所へ向かっていた。
区役所で耳にした情報よるとーー
ーー北から大きな厄災進行している
あの20人のぼろぼろ避難民は、その厄災から逃げてここまで行き着いたとか。
その災厄に対抗するためには、兵器が必要だ。そして、2人は武器の確保に動き出していた。
「桃弥さん、そろそろ日が暮れます。どこかで休みましょう」
「そうだな……ん?」
ふと、桃弥の動きが止まる。
「どうかしましたか?」
「……客だ。クソったれのな」
「え?」
桃弥さんの言葉に月那は周囲の音に耳を澄ます。しばらくすると、何かのエンジン音を耳にする。
明らかにこちらに近づくその音に、月那は思わず頬を強張らせる。
「桃弥さん、これは……」
「下がってろ月那」
桃弥は月那を背に庇いながら、来たるべき来客に備える。
5分もしないうちに、暴走族の如きバイクが10台以上連なって桃弥たちの前に止まる。
そしてその先頭には、両手に包帯を巻いた土田が乗っていた。
「お? いたぞ。やっぱお前の聴力強化めっちゃ便利だな、松原」
「恐縮っす、土田の旦那」
土田は両手が負傷しているため、バイクの後部座席に乗っていた。そして、その運転手が今松原と呼ばれていた男である。
「おい、クソガキ。お礼参りに来たぜ」
「ッキッキ、土田の旦那に立てつくたぁ、馬鹿なガキだぜ」
「驚いたか? こいつは耳がいいんだよ。だから、てめぇらがどこに行こうがこいつからは逃げられねぇ」
松原。どこかで聞いた名かと思ったら、Bチーム統括の男の名前だ。どうやらこの男は土田の舎弟か何からしい。
「……別に驚きはしない。それで、一応聞くが用件は?」
「っは、こっちのガキも察しが悪いらしいな。俺様に恥をかかせたてめぇらをぶち殺してきたに決まってんだろ! 野郎ども! 構えろ!!」
その号令が下されると、バイクに乗っていた男たちは一斉に降り、両手でアサルトライフルを構える。
「……むしろこっちの方が驚きだ。ついさっきまでボコられてた相手になんで勝てると思ったんだ?」
「馬鹿かてめぇ。この数の銃が見えねぇのか? 人間がいくら強かろうと、銃には勝てねぇんだよ! 自然の摂理でな! やれ、野郎ども!! 後ろのガキもろとも蜂の巣にしてやれ!」
ドドドドドドドドド!!
10を超えるアサルトライフルの連射。土煙が立ちのぼる。
ドドドドドド!!
「あーあ、もったいないっすよ土田の旦那。あんな別嬪さんまでヤっちまって」
「区役所にまだ1人残ってんだ。そいつで我慢しろ」
「へいへい」
そうこうしているうちに、アサルトライフルの残弾数が尽きようとしていた。
土煙が徐々に晴れ、土田たちは振り返って帰路に着くーーはずだった。
「本当に、今日はよく驚かされるよ」
「「「っ!?」」」
土煙が晴れると、桃弥はもちろん月那にも傷一つ付いていなかった。
それもそのはず。風纏を習得した桃弥相手に、銃器は何の意味もなさないのだ。
「……っは? てめぇ、なんで生きてる?」
「逆に聞くが、どうやったらそんな筒で死ねるんだ?」
「て、てめぇ、バケモンか!?」
土田が驚愕のあまり体が硬直してしまっているが、桃弥の前でその一瞬の隙は文字通り命取りとなる。
銃を向けてきた相手を見逃すほど、桃弥はお人よしではない。そして、このいかれた世界で誰よりもいかれた適応を見せた桃弥が、今更人殺しをためらうはずもなかった。
「っが」
「や、やめろ! く、くるな!!」
「土田さん、助けーー」
確実に仕留められるようにすべて喉を一突きで殺している。
その光景を、月那はただーー悲しそうに眺めていた。
ーー自分のせいで桃弥を人殺しにしてしまった
その罪悪感が、月那を苛む。
全て自分のせいだ。区役所へ行くと決意させたのも、区役所から出ていく原因を作ったのも全部自分だと、月那は考えている。
もともと区役所へ行くことにしたのは、人を信じれない桃弥を憐れんだのかもしれない。桃弥に、人の善意を知ってほしかったのかもしれない。
でも結局、見せられたのは人の醜悪さだけ。
桃弥は最初から分かっていたのだろう。迷惑をかけてしまったと言っても、以前と同じ言葉が返ってくるだけ。
(……本当、何も進歩してない。何も変わってない。世界が壊れる前から、私はずっと……)
強くなった気でいた。でも、自分よりも弱い男に詰め寄られるだけで、震えが止まらない。父の陰がちらついて仕方がない。
その結果が、今の目の前の惨状。
溢れる血で水たまりができ、熱気が立ちのぼる。その中心には両手にナイフを握りしめた修羅が立っていた。
ふと、桃弥の動きが止まる……
「実をいうと、俺はお前たちに感謝しているんだ」
「……は?」
土田と松原を残し、全ての敵を切り倒した桃弥は徐に語り出す。
「司たちの前ではああいったが、ぶっちゃけ俺はお前たちを殺したくして仕方がなかったんだ。ほんっと、あれほど自分の理性が憎かった瞬間はない」
ーー思い出すだけで吐きそうだ
その言葉通り、桃弥は一瞬具合悪そうにふらつく。だが、それも一瞬だけ。
「俺自身も驚いているが、どうやらこれは俺の感情らしい。ならば、俺は俺の判断に従って、お前たちを殺す。だからありがとう。俺の前に現れてくれて……うん、おかげでこのモヤモヤした気持ちとおさらばできる」
「なにを、言ってやがる……てめぇは……」
「ば、化け物!」
桃弥から逃げようと松原はバイクに乗り込もうとするが、速さで桃弥に叶うはずもなく、一瞬にして絶命する。
それを見た月那は、一層表情を曇らせる。でも、それでも目を逸らすようなことはしない。
(今の私でもできることは……)
決心はついた、後はやるだけだ。
「く、くるな! 来るんじゃねぇ!」
後ずさる土田。これに止めを刺すだけで、全ては終わる。
「く、くそ、くそうがあああああ!」
振り上げられる桃弥の刃。しかしーー
ーーそれは月那によって止められた
桃弥の手を両手で優しく包む。
「……何のつもりだ、月那」
「……あなたに、これ以上手を汚して欲しくない。それだけです」
「この屑を見逃せと? 禍根を残すだけだ」
「それでも、です」
「……非合理的だ」
「ええ、知ってます。ですので、合理的に行きましょう」
月那は桃弥の手からナイフ奪い取りーー
ーーひと振り
「……はぇ?」
月那のナイフは土田の首を切り裂いた。
鮮血が花を咲かせるように舞い落ちる。光を失い、崩れ落ちる土田の瞳と一瞬だけ目が合った気がした。
体が強張る。生ぬるい返り血と鉄く臭い匂いが月那に、人の命を奪ったことを実感させる。
それでも、こうするほかなかった。
振り返り、桃弥に笑顔を見せる月那。その表情は返り血と相まって、桃弥の目には不気味で美しく映っていた。
沈んて行く太陽の代わりに月が登り、2人の頬を照らす。
「ね、合理的でしょ?」
「……全く持って合理的じゃない。俺に任せればよかったものを」
「私のために怒ってくれた桃弥さんの背中に隠れて、素知らぬ顔でいきろと? 私には無理な話です」
「別にーー」
ーーお前のためではない
その言葉が出る前に、月那はナイフを捨て両手を桃弥の頬に添える。
カキン
ナイフが地面に落下する音だけが響き渡る。
「分かってます。もちろん、分かってますよ。前に言ったじゃないですか。私はだけは、ちゃんとわかっていると」
「……」
「だから、これはただの私のわがままです。あなたと同じになりたかった、私のわがまま」
再びにっこり笑う月那。頬に添えられた手が震えていることを、桃弥は見逃さなかった。
「これで私たち、共犯ですね」
ーーずっと一緒ですよ
少女の強い覚悟に桃弥は言葉を返すことができず、ただ息を飲むしかなかった。
◆
夜。返り血を洗い流した2人は、近くのホテルで寝泊まりをすることにした。
もちろん別部屋だ。しかしーー
「……桃弥さん。寝てますか?」
こっそり扉が開かれ、そこから抱き枕を抱えた月那が部屋に入ってくる。
前にも似たような状況があったなと思う桃弥。今回も寝たふりで乗り切ろうと、そう決めた矢先ーー
ーー月那が布団の中に入ってきた
「っ!? なにをしてる?」
「あ、やっぱり起きてましたか。一人じゃ寂しいので、添い寝でもと思いまして。以前もありましたし、構いませんよね」
確かに以前にも同じ状況があった。そして、あの時はなんとも思わなかった桃弥だが、今はひどく動揺していた。
以前は月那の心臓が鳴りっぱなしだが、今の桃弥は自分の心臓の音がうるさくて仕方がなかった。
「……怖いのは分かるが……こういうのはやめた方がいい」
「なぜです?」
「俺も男だ。こんな状況じゃあ何をしでかすか分からない」
「……背中向けたまま言うセリフではないですね。ヘタレ」
「っ」
「それに、私は桃弥さんを信用しています。だから大丈夫ですよ」
「またそんな甘えたことを。信用というのはだなーー」
「諦観、ですか? 私にとっては少し違います」
背中を向けた桃弥に、月那は両手を伸ばし抱きしめ、そして桃弥の背中に頬を押し当てる。
「っ!?」
「あぁ、やっぱりだぁ。全然平気ぃ」
「おい、いい加減にーー」
「桃弥さん……私にとっての信用は諦観ではなく、許容ですよ。起こり得る未来をすべてを受け入れる覚悟なんです。だから……そうですね。桃弥さんの言葉を借りるなら、今の私はーー」
ーー桃弥さんに殺されてもいいと思っています
放たれたその一言は、どんな千言万語にも勝る重みがあった。
「っ!?」
かつての自身の言葉が、桃弥の脳裏をよぎる。
ーー俺がお前を信用する時が来るのなら、それはお前に殺されてもいいと思える時だけだろう
「今日は……本当によく驚かされる」
そう言って桃弥は反抗することをやめ、身を委ねることにした。とはいっても何かするわけではなく、ただ眠りにつくだけだが。
「むぅ、ヘタレ」
「言ってろ」
2人の距離が、急接近した瞬間であった。
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