第4話 決別と誓い
桃弥が月那を助けて数分後。急激に廊下が騒がしくなる。
トントントントン!
「月那ちゃん、無事かい!?」
真っ先に入ってきたのは、フル武装した森だった。
しかし、勢いよく突入してきた森も部屋の惨状を見て言葉を失う。その直後、後ろからさらに数人の男が姿を現す。
京極と司。さらには桃弥から逃げた男二人と、それを取り押さえる酒井ともう一人見知らぬ男。森を入れて計7人の男が、部屋の前に立ち尽くす。
京極は森同様驚愕した様子だが、司はその背後で目を細めるだけだった。
「これは……一体どういうことだ?」
京極がそう桃弥たちに問いかける。
その問いで、桃弥は渋々月那から手を放し立ち上がる。
「き、京極さん! あいつです! あいつが急に襲ってきやがったんです! っな、そうだよな!?」
「そ、そうだ! あいつが、不意打ちで土田さんに襲い掛かって、おれらはただ助けを呼びに行っただけだ! 信じてくれよ京極さん!」
しかし桃弥が何かを言い出す前に、酒井に取り押さえられた二人の男が騒ぎ出す。
ただでさえ自身の変化に困惑してる桃弥は、そのせいで一層不機嫌になる。
「おい、鬱陶しいから黙らせろ」
「あ、ああ。だが、その前に状況をーー」
「あ? 『その前に』じゃねぇ、先にそのカス共を黙らせろ。話はそれからだ」
「っう」
豹変した桃弥の態度に京極は僅かに慌てるが、桃弥は構わず続ける。
「それで、なんか言いたげな顔だな? 司界人」
「……なぜ私ですか? 私とて、皆と同じ混乱ーー」
「気色の悪い猿芝居に付き合う気はない。俺は今すこぶる不愉快だ……言っておくが、言葉は慎重に選べよ」
「……」
桃弥の言葉に、司は一層目を細める。そして慎重に言葉を選んだ上でーー
「……土田さんの暴走については、本当に申し訳なく思ってーー」
「いいんだな、それで。今生最後の言葉だぞ」
「っ!?」
一瞬。手前にいる森や京極が気づく間もなく、桃弥は司の前に詰め寄る。
右手のナイフで首元にそっと添える。
一同が驚愕している中で、誰よりも早く口を開いたのはーー酒井だった。
「亘さん、申し訳ありません! 私たちは、土田の悪行を暴くために亘さんたちを利用しました」
「……」
酒井の言葉に、桃弥の動きはピタっと止まる。
そして、酒井の告白にはこの場の全員が驚きを露わにする。
「と、桃弥くん、一旦落ち着いてくれ。な?……それに酒井くん、利用って……話が全然みえてこねぇんだけど、京極の旦那も、司くんもなんか知ってんのか?」
この場で一番戸惑っていたのは、森であった。京極と司を交互に見て、その場に立ち尽くしていた。
そんな森の様子を見て司も観念したのか、両手を上げ白状する。
「……認めましょう。この状況は私が意図的に作り出したものです。土田さんが水篠さんたちを襲うことも事前に把握していました。不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
「っな!?」
司の告白に、森は一層慌てる。しかし、そんな森をよそに司はさらに言葉を続ける。
「土田さんが今まで様々悪事を働いたことはこちらも掴んでいましたが、如何せん決定的な証拠がありませんでした。だから、もともとフリーだった酒井さんを土田さんの直属にーー」
「そっちの事情に興味はない。俺の連れとその友人があんたらの仲間に襲われた。俺が聞きたいのは、その責任をどう取るかってだけだ」
「……私の見通しが甘かったこと、そして水篠さんたちに不快な思いをさせたことを謝罪しましょう。そして、ここでの生活で可能な限り便宜を図りますのでーー」
「もう遅い。俺はあんたたちを信用できない。だから明日の朝にはここを出る」
「「「っ!?」」」
桃弥の発言に、月那を含めた全員が息を飲む。
「ちょ、ちょっと待ってくれ桃弥くん! 事情はなんとなくわかったし、オレらが信用できねぇってのもわかる! それでも、何も出てくこたぁねぇだろ!? 外は危険だ。それはあんたたちが一番分かってるはずだ!」
「すまんな、森さん。あんたには世話になったが、こればかりは譲れない」
「っで、でもーー」
「本気ですか?」
森の言葉を遮って、司が桃弥を真っすぐ見つめる。
「あぁ、決定事項だ。覆す気はない」
「そう、ですか……」
「さて、そこで交渉だ。食料3日分と銃を寄越せ。それでそこの屑4人の命を売ってやる」
くいっと、まだ気絶してる土田たちを親指で指しながら、桃弥そう告げる。言外、断れば土田を含む4人は殺すと宣言したようなもの。
その宣言を受けた2人は、「っひ」と怯む様子を見せる。
「……わかりました。すぐに用意いたしましょう」
「いうまでもないだろうが開封前の食料だぞ」
「もちろんです」
そこまでの言質を取ってようやく桃弥は司の首元からナイフを離した。司たちから距離をとり、しかし月那に近づくわけでもなく、中途半端な位置まで移動する。
司のほうもようやく緊張が解けたのか、首が繋がっていること確かめるように首元を撫でる。
「最後に一つ、お聞きしても?」
「答える義理はないが、一応言ってみろ」
「いつから、私がここのリーダーだと気づきましたか?」
「……なんだ、そんなことか。知ってどうする?」
「今後の参考にさせて頂こうかと」
「っは、じゃあ芝居を練習でもするんだな。最初からバレバレだ」
「……隙を見せた覚えはないのですが」
「そんなの見れば分かる。だってーーあんたがこの中で一番強いからな」
「っ!?」
今日一の驚きを見せる司。本人は相当うまく隠しているつもりだろう。現に、森は桃弥の発言を聞いて目を見開ているわけだ。
桃弥には分かってしまう。理論というより、本能に近い何かだろう。ありとあらゆる情報を本能が無意識に処理した結果、司は厄介だと結論付けられたのだ。
「羊の皮じゃあ入りきらなかったな。次はもっと分厚い化けの皮を用意することだ。行くぞ、月那」
それだけ言い残し、桃弥は月那を連れて去っていく。
取り残された司たちはというとーー
「……君にだけは言われたくありませんね」
聞かせるつもりのない呟きはしかし、しっかり桃弥の耳に届いたのだった。
◆
翌朝、未明。日が登る直前で、桃弥たちは区役所を出る準備を済ませていた。
見送りなど来るはずもないと思っていたが、一人だけ月那たちの見送りに来ていた。
「……ツッキー」
「彗ちゃん……ありがとう、そして……ごめんなさい! あの時私、庇ってもらってばかりで、何もできなかった」
「……ううん、あたしもあんま役に立ててないし……ねぇ、本当に行っちゃうの?」
「……はい……彗ちゃんも一緒に、来てもらうとかは、ダメ、ですか?」
後半になるにつれて、ちらちらと桃弥の方をみる月那。しかし、桃弥は反応する前に沢城が返事をする。
「あはは、あたしは無理だよ。外の世界じゃあ生きていけなし、2人の足手まといになっちゃう」
「そんなことーー」
「あるよ。あたしが、一番知ってるから」
下唇を噛みしめ、目を伏せる沢城。それを見た月那も、思わず顔を伏せる。
「でもまあ、桃弥さんならツッキーも安心して任せられるね! 2人とも、気を付けるんだよ」
「彗ちゃん……うん、ありがとう! また、どこかで」
「うん! そん時はあたしも彼氏ができてるかもね」
寂しい別れだが、2人ともそれを感じさせないようにあえて明るくふるまう。
別れの挨拶が済むと、月那は沢城に背中を見せ歩き始める。
だが、桃弥はその場から動こうとしない。
しばらく進むと桃弥がついてきていないことに、月那も気づく。
そのため、足を止めざるを得ない。少し離れた場所で立ち止まり、しかし決して戻ってこない。
そんな2人を見た沢城が、不思議そうに桃弥に問いかける。
「と、桃弥さん。どうかしたの?」
「ああ、俺も礼を言おうと思ってな……月那を助けてくれてありがとう。助かった」
「そ、そんな、あたし何にもしてないよ。結局桃弥さんが全部ーー」
「そんなことはない。お前が声を上げてくれなかったら、俺は何も気づけない無能のまま終わっていた。そういう意味では彗、お前は俺も助けてくれた。お前のおかげで俺は俺を呪わずに済んだ。だから、礼を言わせてほしい。ありがとう」
思いっきり頭を下げる桃弥。それを見た沢城は目を見開き、そしてくすくすと笑い始める。
「あははは、何それ。頭がいいのか悪いのか分かんない」
そう笑う沢城の目には、涙が浮かんでいた。様々な感情を含んだその涙は、本来月那と別れるまで見せるつもりのないものだった。
ぽろぽろ零れ落ちる涙。
だが桃弥は構わず彼女の手を取り、ある袋を握らせる。
「っ!?」
「せめてもの礼だ。これを渡しておこう」
「っひ、ひく。こ、これは?」
「化け物を倒すと手に入る色珠だ。これを使えば、お前たちのいう超能力が手に入る」
「っ!? そんな凄いものをーー」
「俺たちにとっては大した数じゃないから気にするな。ざっと300は入ってるはずだ。使い方は触れたらわかるだろう」
「……で、でも、あたしじゃあ宝の持ち腐れだよ」
「自分を卑下することはない」
ポン、と自然に沢城の頭に手を乗せる桃弥。
「これを使って強くなれ。また外の世界で会える日を楽しみにしている」
「っ!?」
そう言って桃弥は振り返り、月那の背を追う。それを呆然と眺めていた沢城だが、我に返ると一歩前に出て、声を大にして叫ぶ。
「ツッキー! 桃弥さん! あたし、頑張るからぁ! 強くなって、いつか二人に会いに行くから! だから、だから、それまで元気でねえ! 死んだら許さないんだから!」
叫ぶ沢城に、月那は俯きながら立ち止まる。そして、頑なに振り返ろうとしなかった月那は今、勇気を振り絞って彗の方へ向く。
その顔は涙でぐちゃぐちゃに濡れており、それでも笑顔を作ろうとして頬を歪ませる。
さすがに言葉を返すことはできないが、唇を深く噛み、大きく手を振る。
その瞬間朝日が昇り、2人の少女の新たな始まりを告げた。
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