第3話 襲撃
一部過激な表現がございます。
ご注意ください。
桃弥の嫌な予感とは裏腹に、区役所での避難生活は恙なく過ぎていった。
避難所生活3日目。
桃弥も昼間は避難民らしく生活し、夜は様々場所に潜入して情報を得ていた。
そしてその成果として、銃器の保管場所のあたりが付いていた。場所が区役所ということもあり、もう一つの目的である地図は簡単に入手できた。
今日も何事もなく避難民としての生活を送る。そのつもりだったがーー
「あ、森さん、こんにちは。なんだか騒がしいですね。何かあったんですか?」
「お、桃弥くんか。それがねぇ、Aチームの連中が新入りを連れてきたんだがよ……数がやけに多い上にみんなボロボロだったらしく」
「新入り……数が多いって、具体的に何人いたんですか?」
「オレも遠目だったからはっきりは分かんなかったけど、ざっと20人はいたぜ。なんか武装もしてた」
(20人の武装集団がボロボロになって区役所に駆け込む、か。外で何か起こったか?)
その20人は京極のもとに向かったらしく、京極との面談が済み次第情報が降りてくる予定だ。
しかしその日の夜になると、京極から新たに20名の仲間が増えることだけが伝えられ、それ以外に異常はないと伝えられた。
ボロボロになった人たちに話を聞こうにも、どうやら京極が緘口令敷いているらしく、何も聞き出せなかった。
だが、聴力強化が2000を超える桃弥だ。壁を隔てると格段に聞き取りにくくなるが、それでもある程度近い場所であれば十分声が聞こえる。
部屋から漏れ出るわずかな声で、桃弥は状況を把握した。
(なるほど、それは一大事だな)
これはいよいよ、武器を揃えないとまずい状況になったようだ。
◆
避難所生活4日目も無事に終わり、5日目の朝を迎える。
エントランスへ向かった桃弥はすぐさま違和感に気づいた。
(空気が少し、ぴりついてるな)
やけに自身に視線が集まっていると気づいた桃弥は、もう時間がないことを悟る。
(今晩に必要な情報を全て揃える必要があるな)
◆
桃弥と月那の避難民生活5日目、その深夜。
「へぇ、じゃあツッキーはあの人に命を救われたわけだ」
「はい。桃弥さんがいなければ、私はあの時死んでいたでしょう」
「なるほどなるほど、それで惚れたってわけね」
「ほ!? わ、私は別にそういうわけじゃーー」
「あの人かっこいいもんね。おまけにそのシチュだと、白馬の王子様にしか見えないっしょ」
「か、かっこいいのはその通りですけど、別に白馬の王子様とかでは……」
「いいなぁ、美男美女で羨ましいよ。あたしなんてさぁ」
「私は別にそういうのでは……それに、彗ちゃんだって可愛いですよ?」
「女のいう可愛いが一番信用ならんけど……ツッキーに言われるとなんかうれしいかも、このこの。女たらしぃ~」
2人が女子トークに花を咲かせていたが、その時間は唐突に終わりる。
スー。
徐に扉が開かれる。
「え? こんな時間に誰がーー」
「よぉ、嬢ちゃん方。ちゃんと寝てるか?」
無断で上がり込んできたのは、土田であった。
「つ、土田さん!? それに……」
大の男が無断で女子の部屋に上がり込むだけでも問題なのに、その後ろにはさらに複数名の男が控えていた。
「な、何の用です? あたしたちはもう寝るとこだったんですけど」
沢城は一歩前に出て、月那を背後に庇う。そんな二人を見て、土田たちは頬を歪ませる。
その表情に、月那も沢城も悪寒が全身を駆け巡る。
「そ、それに、真夜中に女の子の部屋に上がり込むのはーー」
「察しのわりぃガキだな。この状況を見てまだ分かんねーのか?」
「……え?」
土田の言葉に、2人は氷づく。
そんな二人を他所に、男たちは下種な会話を繰り広げる。
「ッキッキッキ、土田さん。奥の子、譲ってくださいよ。おれめっちゃタイプっす」
「俺のあとなら好きにしろ」
「じゃあ、オレは手前の方をもらうぜ。多少子供っぽいけどまあ、美人の部類には入るか」
「今回は豊作っすね」
土田たちの会話からいち早く状況を把握した沢城が、土田たちに殴りかかる。
「ツッキー逃げて! 早く!」
「おっと、威勢がいいなおい」
だが、土田は仮にもこの避難所最強の男。能力も持たない沢城にどうこうできるはずもない。
「ツッキー早くーーうぐっ」
「調子乗りすぎだ、ガキ」
土田は軽く腹パンを沢城にいれ、黙らせる。女だからと容赦する土田ではない。
「ぁ、あ、け、彗、ちゃん」
一方月那は、何もできずにただ地面にヘタレ込んでいた。
怪物を相手取るときに凛々しさはどこにもなく、ただ震えるだけ。
(どうして、え? いま、なにが、起こってるの? なんで、体、動かないの?)
体が完全に硬直した月那。それを見た土田は、下種な笑みを浮かべる。
「いい表情をするねぇ。ゾクゾクするよ」
「ぃ、や」
月那の長い髪を掴み、無理やり立たせる。
「とーー」
桃弥の名を呼ぼうとする月那だが、その口は土田の大きな手で塞がれる。
「おっと、人を呼ぼうとしたって無駄だぜ。おい、酒井。見張りはお前がやれ。しくじるなよ」
「……分かりました」
「っ!?」
桃弥の監視をしていた酒井もこの場にいた。
酒井が見張りのために退室した後に、一人の男が土田に声をかける。
「でも、土田さん。大丈夫なんですかい? 入ってきたばっかの新人にてぇ出しちまって」
「今更怖気ついてんのか? 大丈夫に決まってんだろ。こいつと一緒に入ってきた男の方もぶっ殺して、駆け落ちってことにすりゃ問題ねーよ。今まで通りだろうが」
「でも、司の野郎が勘づいてるって話もあったじゃないですか? もしばれたらーー」
「ごちゃごちゃうるせぇな。だったらてめぇだけ降りろ。こんな上玉をみすみす逃したいならな」
土田たちがこうして会話している間も、月那の体は全く動けずにいた。
(どうして、なんで力が入らないの? 彗ちゃんが危ないのに、どうして、私は……)
克服したと思っていた。桃弥と一緒にいても何にもなかったから、もう大丈夫だと思っていた。
でも違った。脳に刻まれた記憶は、トラウマはそう簡単には消えない。
父子家庭だった家で、幼少期から父に刻まれた暴力と虐待の記憶が今、月那に牙を剥く。
(い、いやあ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい! 許して、もうしない! いい子にするから、もう許して……)
迫りくる男の人の大きな手は、月那を一種のパニック状態に追い込んだ。
(いやあ、桃弥さん、助けて……)
「おい」
「あぁ?」
ドン!
大男が一瞬で、壁に叩きつけられる。
「つ、土田さん!?」
「てめぇ、どっから入ってきた!」
「酒井の野郎は何やってんだ!?」
急な乱入者に男たちは慌てるが、そんなことは乱入者にとってはどうでも良かった。
「て、てめぇ……っは?」
起き上がった土田だが、顔を上げるとそこには乱入者、亘桃弥がいた。
「っうぐ」
桃弥は土田の下あごを蹴り上げる。そして同時に二本のナイフを取り出す。
それを土田の両手に突き立て、そのまま壁に縫い付ける。
「ぐ、ぎゃああああ。て、てめぇーー」
恨み言が途切れる前に、桃弥の右こぶしが土田の左頬を打ち抜いた。
その衝撃で土田は気絶し、ぐったりする。
「う、うそだろ!?」
「土田さんが一瞬で!?」
「こいつ、やべえぞ!!」
桃弥は残りの男たちを睥睨するだけで、沢城彗を抑えている男を除いて特に構う素振りを見せなかった。
「く、来るなぁ! 来るな、化け物!」
そんな静止の言葉を桃弥が従うはずもなく、男は蹴りを叩き込まれる。
ドン!
「っぐは」
本気ではないにしろ、脚力強化3000越え桃弥の一撃は男を気絶させるには十分だった。
「……ぁ、ありがとう」
残った二人の男は一目散と逃げていったが、桃弥にはどうでも良かった。
そして、一連の処理を終えた桃弥は真っ先に向かったのは月那のもとだった。
今にも倒れそうな月那を受け止め、抱き寄せる。
「……すまない。怖い思いをさせた」
「とう、や、さん?」
「そして重ねてすまない。怖い思いをしたばかりで、近寄られるのも億劫だと思う……それでもーー俺はこの手を放せる気がしない」
「……桃弥、さん」
「しばらくこのまま、このままで居させてくれ。頼む」
月那を抱きしめる腕に一層力が入る。
いつの間にか、月那の体の震えが止まった。だが、代わりに月那を抱きしめる桃弥の体が震えていた。
桃弥が月那を支えていたはずが、気づけば二人で互いを支え合っていた。
その安心感が、月那の感情の堤防を瓦解させる。
「う、うううぅ、どうや、どうやざん、ごわがったよおおおぉ」
泣きじゃくる月那を、桃弥は一層力強く抱きしめる。
自分でも理解できないほどの不安と安堵、その相反する感情が濁流の如く桃弥を飲み込む。
殺し合いの最中だろうと冷静さを失わない桃弥は今、この初めての感情に困惑していた。行き場のない思いを抱えたまま、時間だけが過ぎていく。
世界が崩壊して21日。桃弥は誤魔化しようのないほどの自身の変化に戸惑うばかりであった。
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