第2話 不穏
京極たちとの会話が終わり、森も一通りの案内を済ませると仕事に戻っていった。
男女は生活する区画が異なるため2人は常に一緒にいられるわけではないが、今は共用スペースに集まっていた。
周囲に人がいないことを確認した月那は、桃弥に質問を投げかける。
「桃弥さん、どうしてあんな事をーー」
しかし、桃弥は唇に人差し指を当てる動作で月那の言葉を止める。
そして懐から小型の手帳とペンを取り出し、何かを書き始める。
『聴力強化持ちがいる可能性がある。大事な会話は筆談でするように』
さらに一冊の手帳とペンを取り出し、月那に渡す。それを受け取った月那はコクコクを頷き、手帳を開いて筆談を始める。
『どうしてあんなことを言ったんですか? 武器の件です』
『どのみち、向うの目的は最初から俺たちの持つ武器等の情報だ。さっさと渡して信用を勝ち取った方がいいと判断した』
そう、桃弥の見立てでは、司は最初から銃器の取り上げ、そしてその入手場所を吐かせようとしていた。
ここにも銃器があるように、どうやら都内には銃を入手する場所はそれなりにあるようだ。
どうせこれから行くことのない場所の情報だ。渡したところで損はない。むしろ、向こうにはこちらが気弱で無力な少年少女だと思わせたほうが後々有利に働くだろう。
『桃弥さんは、あの方々を信用できませんか』
信用。昔月那には自身にとっての信用を語ったはずだが、それをあえて聞くってことは一般的な意味としての信用の話だろう。
『できない。きな臭いことが多すぎる。月那も気をつけろ。特に土田と司には』
『司さんも、ですか?』
『念のためだ』
ここで一旦筆談は打ち切られるが、桃弥は追加で月那に指示を出す。
『俺はこれから色々調べて回る。お前も好きに動いていい。あと、適度に会話もするように。あまりにも静かだと逆に不審だ』
それを見た月那は、コクコクと頷く。
こうして、2人の短い短い避難所生活が始まった。
◆
避難所生活二日目。
桃弥は目的のものを探すべく区役所内を歩き回っていたが、中々上手くいかない。
まず、銃器などの保管場所には当然のように警備が付いているため、昼間に入り込むことは不可能。
同様に、避難所内はほとんどが共用スペースや住居スペースであるが、やはり一部立ち入り禁止エリアが存在する。
非番の森にそれとなく聞いてみたが、森もすべてのエリアに入れるわけではないらしい。
全エリアに顔パスで入れるのは5人。リーダーである京極に、避難所最強の男土田、そして参謀的立ち位置の司の3人はもちろん顔パスである。
それに加えて、食料調達隊Aチームを統括する暁という男と、Bチームを統括する松原という男が顔パスで全エリアを素通りできる。
ちなみに、この避難所の食料調達隊は5人一組の小隊を組み、それぞれAもしくはBチームに所属している。
森の場合は、所属チームはB。小隊番号は2となる。
閑話休題。
桃弥が意味もなく避難所内をウロチョロしていると、先ほども顔を合わせたある男と遭遇する。
「よく会いますね。酒井さん」
酒井輝。昨日森と桃弥を呼びに来た眼鏡をかけた男である。
「これは、亘さん。えぇ、奇遇ですね」
奇遇なわけがない。今日に入ってまだ半日も経っていないのにすでに3度目の顔合わせだ。
桃弥をつけているのは明らかだ。
しかしこうもあからさまだと、監視というより警告に近い意味合いだろう。
(誰の指示だ? あの場でぼろを見せたつもりはないんだが)
だったら、一番怪しいのは酒井の直属の上司である土田だろう。
桃弥というより、月那目当てだろうが。
「いやぁ、広いですね、区役所。すっかり迷ってしまいました」
「初めて来られる方は皆そう言います。じきに慣れますよ」
「あはは、だといいですね。酒井さんは確か、もともとここの職員だったんですよね。初めてのときはやはり迷いましたか?」
「はい、それはもうこっぴどく。何度場所を間違えて先輩に怒られたことか」
「酒井さんにもそんな時期があったんですね」
他愛ない会話を交わし、2人は再びすれ違う。
(やはり昼間で手に入れられる情報は限られている。動くなら夜か)
そんなことを考えていると、いつの間にか共用の休息広場までにやってきた。
「あ、桃弥さん! こっちです!」
先に広場でくつろいでいた月那は、手招きで桃弥を呼び寄せる。
そのすぐそばには、見慣れない少女がいた。
「この人がツッキーの言ってた桃弥さん?」
「はい! とっても凄い人なんですよ」
「へぇ……あ、あたし沢城彗。ツッキーの友達。よろしくねぇ」
「同じ部屋で、昨日仲良くなったんです」
いつの間にか、月那は交友関係を拡げていた。
「あぁ、よろしく。にしても同じ部屋か……女子フロアの部屋はどんな感じだ? 男子側は基本数十人はいる大部屋だが」
「あ、女子側は基本4人一部屋らしいですよ。私たちは2人部屋ですけど」
「女子フロアって入った順から部屋が決まってくんだけどぉ、あたしは最後に入ったから空き部屋がなくて、ずっと一人だったんだよ。だからツッキーが来てくれてマジ嬉しかったんだよね。変な噂もあるし、一人部屋使ってると周りの視線とか痛いし」
月那の説明に、沢城が補足を入れる。なるほど、と思いつつ桃弥は2人の傍に腰を下ろす。
「あ、そういえばさぁ、2人ってずっと外にいたんだよね。超強いじゃん。星いくつなの?」
「星?」
「え、あ、ごめんごめん、ここ以外じゃあ使われてないんだっけ? ほら、なんか外の敵を倒すと超能力? みたいのが手に入るらしいじゃん。あたしは持ってないからわかんないけど。それで、手に入れられる能力って上限があるでしょ? それをここじゃあ星っていうだよ。1個なら一ツ星とかね」
沢城の説明に、桃弥と月那は顔を見合わせる。
「……その上限は、人によって違うのか?」
「あれ、知らない感じ? うん、そうだよ。結構違う。ほとんどの人が一ツ星で、調達隊の人たちはみんな二ツ星。ここで三ツ星なのって、京極さんと土田さん、暁さん、あと酒井さんだけだよ」
「……」
「ねぇねぇ、2人って星いくつなの? 外にいたんだから二ツ星はあると思うし、ひょっとして三ツ星だったりする?」
沢城の情報に、桃弥はやや混乱していた。
(俺も月那も能力数の上限は同じだから、てっきり全人類共通だと思っていたが……その分類だと、俺たちは五ツ星になるわけだ)
ばれたら目立つだけでは済まないだろうな。であれば、隠す一択だろう。
「残念だが、俺たちは二ツ星だ。俺は脚力強化と体力強化で、月那は腕力強化と体力強化だ」
「へぇ、そうなんだ。まあ、さすがにそう上手くいかないよね。ほんっと才能って感じ?」
咄嗟についた嘘に、月那から非難の視線が飛んでくる。
それに合わせるように、桃弥も見つめ返す。
(何か?)
(いえ、別にぃ)
そんな視線のやり取りを無言で交わす。
別にとは言いつつも、友人に嘘をついたことに不満があるらしい。
仕方なく桃弥は月那に嘘をついた最大の理由を告げることにした。とはいえば言葉でいうわけにもいかず、桃弥は僅かに眼球を不自然に動かし、月那に自身の背後を見るように促す。
(??)
月那は不思議がって桃弥の奥に視線を向けると、物陰に隠れる(隠れる気があるかどうかすら怪しいレベルであるが)酒井を捉える。
この距離では話し声は聞こえていないだろうが、万が一聴力強化を持っていたらすべて筒抜けになってしまう。
「そういえば、さっき変な噂がどうとか言ってたな。どんな噂だ?」
「あー、噂っていうかなんていうか。怪談話的な? なんでも、夜中に幽霊的なものを出るとかで、んで幽霊が出た次の日の朝になると決まって女の人がいなくなってたりするんだって」
「……大問題だろ、それ」
「でもただの噂だよ。実際こんだけ人集まってると、いなくなってるかなんてわかんないし。京極さんも大丈夫って言ってたし。それに、こんな状況下だけど駆け落ちとかも結構いるっぽいよ」
「……」
区役所に来たばかりに感じていた違和感の種が今、盛大に花を咲かせる。
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