第1話 区役所
桃弥たちが完全武装した5人組と出会った場所から、約30分ほど歩いた場所に区役所があった。
「さあ、入った入った。ここまで来たらもう大丈夫だ」
「……ありがとうございます」
「おう。オレは森、森大介ってんだ。一応この食料調達隊のリーダーをやってる。困ったことがあったらなんでもオレに相談していいぞ。ようこそ、豊島区役所へ」
森を名乗った男は、まさに気のいいおじさんといった様子だった。
食料調達隊の隊長ならそれなりの地位についてるはずだが、自ら桃弥の案内役をかって出るほどである。
「ここら一帯の生き残りはほとんどここに集まってるからな。ざっと千人は避難してるぞ」
「……すごいですね。資源の方は大丈夫ですか?」
「あはは、心配するこたぁない。ここには食料も水もたっぷりある。なくなったとしても、オレがとってきてやるよ」
「頼もしい限りです」
「そうだろ、そうだろ。オレの小隊以外にもあと9つの隊があってよ、全10部隊で50人以上が食料を確保しにいってのんさ。ここいらの避難所じゃあ最大規模だぜ」
「ここ以外の避難所とも交流があるんですか?」
「あぁ、あるぜ。どこも距離があって、なかなか上手くはいかねぇがな」
「そうなんですね」
森と会話をしつつ、桃弥は聴力強化で周辺の声を拾っていた。森は豪快に言ってのけたが、この避難所の実態はもっと厳しいものらしい。
『森さん、また新入りを連れてきたぜ』
『最近じゃあ全然生き残りとか見かけないのに、一体どこから拾ってきたんだ?』
『いい加減にしてくれよ。ただでさえ食料の備蓄も少ねぇってのによ』
『仕方ない。そういう人だ。私たちもそんな森さんに助けられたんだから』
『あの新入り達、出てってくんねーかなぁ』
『おい、滅多なこと言うな。こんな世界にたった2人で放り出されてみろ。3日経たずに死ぬぞ』
『でもあいつら、生き延びてんじゃん』
『女の方かなり美形だな。男だけたたき出すとかできねぇか』
『だったらてめぇが真っ先に叩きだされるだろうがよ』
『ははは、違いない』
聴力強化を取得していなければ決して聞こえることのない会話だ。森の耳には届いていないだろう。
こんなにも堂々と話ができるということは、この区役所には聴力強化持ちがいない、もしくは何らかの理由で隠しているのだろう。
これらの会話だけでも、この区役所のあやうさを感じ取れる。
そして何より、桃弥が気になったのはーー
(女性割合が少ないな。ぱっと見7:3ってところか。区画が別なのか? いや、だったらここに女の人がいる理由がない)
いきなりきな臭い感じになってきたな。そう桃弥が思っていると、ある一団が近づいてくる。
その先頭に立つ眼鏡をかけた細身の男が、森に話しかける。
「お疲れ様です。森さん」
「おう、酒井くんかぁ。どうかしたか?」
「つ……京極さんがお呼びです。新入りたちも一緒に来てほしい、とのことです」
「おぉ、そりゃいいな。丁度今から京極の旦那に会いに行くところだ。桃弥くん、月那ちゃん、今からうちのトップに会ってもらけど、いいよな?」
「もちろんです。お世話になるわけですし、ご挨拶をさせていただきます」
「わはは、わけぇのにしっかりしてんな。おし、行くぞ!」
さて、ここのトップはどんな人間か。それ次第で、ここでの生活は大きくわかるだろう。
◆
電気が止まっているためエレベータは使えず、3人は階段を利用して区役所のトップがいる部屋へ向かった。
コンコンコン。
「失礼するぜ。京極の旦那」
「失礼します」
扉を開けると、そこには3人の男がいた。
真っ先に目に入るのは、奥の椅子に深々と腰をかけた壮年の男。体格がいいのはもちろんだが、その顔にある大きなひっかき傷がやけに目を引く。
「おう。わりぃな、森さん。忙しいところ」
「いんや、オレもこいつらを旦那に合わせてやりたかったから丁度よかったぜ」
「そういってもらえると助かる。さて、その二人が……」
森の背後にいた桃弥が一歩前に出る。
「亘桃弥です。この度は助けていただき、ありがとうございます」
「水篠月那です。お世話になっております」
「おう、おれはここでトップ張ってる京極だ。二人を歓迎しよう。ようこーー」
「おい、そこのお嬢ちゃん。あんた、その男と付き合ってんのか?」
京極の話を遮るように、もう一人の男が声を上げる。
奥の机から入り口寄りの方に、向かう合うように二つのソファーが置かれており、その片側のソファーでふんぞり返っている男が、話に割って入る。
男の体格は京極と同等かそれ以上。室内であるにもかかわらず、傍若無人に煙草を吸っていた。
「い、いえ、私たちそういう関係ではーー」
「なんだ、違うのか? じゃあさぁ、今晩ーー」
「おい、土田。京極の旦那が話してんだろ? 割って入んじゃねぇ」
今度は大男が話している最中に、森が割って入る。土田と呼ばれた男に、森はひどく嫌悪した表情を向けていた。
「あぁ? あんたには関係ないだろ? すっこんでろや」
「関係大ありだ。この二人はオレが連れてきたんだ。妙なちょっかいかけるようならーー」
パン!
「はい、そこまでです。二人とも」
まさに一触即発の雰囲気。そんな二人をハンドクラップで止めたのは、この部屋にいる最後の一人。京極の斜め後ろに立っている男性だった。
男はこの3人の中でも最もひょろく、歳の割に白髪が多い印象を受ける。
「あ、私は司界人といいます。一応ここのNo.3的ポジションにいます。よろしくお願いします」
司によって森と土田の喧嘩は仲裁され、タイミングを見計らって京極が再び会話の主導権を得る。
「土田も、森さんもその辺にしてもらおう。新入りの前であんまりみっともないところは見せないでくれ」
「っはん」
「面目ねぇ」
土田は不服そうに鼻を鳴らすが、一応は納得したようだ。
「さて、改めて二人を歓迎しよう。それで、2人を呼んだのはだな……」
そこで京極は一旦言葉を区切り、司の方へ視線を向ける。
すると、司が一歩前に出る。
「私から説明しましょう。でもその前に、お二人はこの避難所が最後に避難民を受け入れたのはいつか分かりますか? あ、もちろん2人は別として」
急に何の話をし出すのだと、森は困惑した表情を浮かべる。
しかし、桃弥は既にこれからの展開をある程度予測できた。
(あー、なるほどそういうこと。お望みは武器ってわけか)
「その言い方だと、避難民を受け入れるのはかなり久しぶりですよね。そうですね……五日前、でどうでしょう?」
「惜しい。正解は一週間ぶりです。何故だかわかりますか?」
「……このあたりの生き残りが少ないから、でしょうか?」
「はい、今度は大正解です。ほとんどの人は世界が狂い始めて10日までに避難所にやってきますが……10日も過ぎると、生存率は格段に低下します」
「……」
「ゆえに、我々は君たちのような特例から話が聞きたいのです。どうして外の世界で生き残れーー」
「くっだらねぇ」
司の話の途中に、またしても土田が割り込む。
「雑魚が生き残ってる理由なんざどうでもいいんだよ。こんな下らん用件で俺を呼んだのか?」
「おい、土田。いい加減にしろーー」
「あーあ、時間の無駄だったわ」
「お、おい!」
森の静止も聞かずに土田は部屋から出ていく。その背中を、5人はただ見つめる他なかった。
「ごっほん。すみません、お見苦しいところをお見せしました」
「いえ……」
「では話を戻しますが、どうして君たちは生存率の低い外の世界をたった2人で17日も生き残れたのでしょうか? 是非話を聞かせてください」
「……」
しばしの沈黙。
しかし、それは桃弥がわざと作り出したもの。ここであえて、少し迷うふりをする。
そしてーー
「はぁ、実は……」
そう言って、桃弥は懐からハンドガンを取り出し机上に置く。
「司さんのおっしゃる通り、これがあったから、俺たちはなんとか生き残れました」
「これは、拳銃ですか? 一体どこでこんなものを」
「近所のサバイバル用品店でちょっと」
「そうですか……」
驚きながらも、司は考える素振りをみせる。しかし、彼の狙いに気づいている桃弥にはすべて演技のように映っていた。
「……個人の持ち物をどうこう言いたくはありませんが、拳銃となると話は別です。我々はここにいる方々の安全を保証する義務があります。分かっていただけますか?」
「……拳銃を渡してほしい、ということでしょうか?」
「察しが良くて助かります」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、司くん!」
桃弥と司のやり取りに、今度は森が慌てて割って入る。
「いきなりこの子らの持ち物を取り上げるってぇ、そりゃいくら何でも」
「普通の持ち物なら私も何も言いませんが、如何せん武器の類ですし」
「でも、オレらだって武装して歩き回ってんだ。ちょっとぐらいーー」
「それは少し違います。私が問題視しているのは、我々の管理下にない武器が出回っていることです。仮に彼らに悪意がなくとも、盗まれるなりするだけで、区役所は大パニックになります」
「それは……」
森の反論を司は封じ込み、しばしの沈黙が生まれる。
(話に入るなら今だな)
「森さん、庇っていただきありがとうございます。でも、大丈夫です」
「桃弥くん……」
「俺たちの持っている銃器はすべてお渡しします。正直、もうこのいかれた世界にはうんざりしたとこなんです。だから……お、俺たちが銃を入力した場所の情報も教えますので! どうか、どうかここに置いてください!」
思いっきり頭を下げる桃弥。その頭は危うくテーブルの直撃するところまで下げられている。
そんな桃弥に、部屋中の視線が集まる。しかし、その種類は全くの別物である。
月那は驚きたっぷりな視線を、そして森は憐れむような視線を桃弥に向ける。
「桃弥くん……別にそこまでせんでも……誰も君たち追い出そうなんて……」
京極も森同様同情の視線を桃弥に向ける。しかし、司だけは感心したような表情を浮かべていた。
「亘くん、でしたね。どうか頭を上げてください。もちろん、君たちを追い出したりはしない。銃はこちらで預かりますが、代わりに君たちの安全は我々が全力で保証しましょう」
「あ、ありがとうございます!」
2人の会話にひと段落が付いたのを見て、京極が立ち上がる。
「話はまとまったようだな」
桃弥たちの元まで歩み寄り、手を差し出す。
「ではこれからは同じ避難所の住人として、よろしく頼むぜ」
「はい、よろしくお願いします!」
京極の手を握り返す桃弥。しかし、その心中では密かにほくそ笑んでいたのだった。
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