第8話 嵐の後
「……ここは?」
桃弥が目を覚ますと、そこには見知らぬ天井と月那のウトウトした寝顔があった。
体の傷はいつの間にか手当され、血は滲んでいるが命に別状はないだろう。
「いたたた」
しかし動くと激痛がするため、しばらく安静が必要だろう。
それはともかく、なぜ視界に月那の顔が映っているのか。自分の現状に気づく前に、月那が桃弥の目覚めに気づく。
「あ、桃弥さん!! 目、覚めたんですね! 良かったぁ……」
「これは……」
これはいわゆる、膝枕という奴だろう。
眼球を動かし辺りの情報を取り込むと、どうやらここはカラオケの一室だとわかる。その座席上に桃弥は寝かせられており、さらには頭を月那の膝に乗っている。
「すみません、近くで休めそうな場所はここしかなくて」
「いや、助かった。ありがとう」
すぐに状態を起こそうとする桃弥だが、月那はそれをさせなかった。
「ダメですよ、安静にしてないと」
「……この体勢じゃなくても安静はできるだろ」
「首、痛めますよ」
「……」
一理あるが、二人してこの場から動けないのは安全上どうなのか。
「周囲の安全は確認していますので、しばらくは大丈夫ですよ」
「……すまない、もうしばらく借りるぞ」
「はい、存分に借りてください」
多少むず痒い部分もあるが、それよりも現状把握だろう。
「俺はどれぐらい気を失ってたんだ?」
「うーん、ざっと5時間ぐらいでしょうか。傷の深さを考えると、異常な速さですよ」
「……そんなに状態がひどかったのか」
「それはもう! 手当した時は肋骨丸出しでしたからね!」
「そうか……ありがとう、助かった」
月那から返事はなく、しかしなぜか優しい顔で桃弥の頭を撫でる。
「……お前のほうは大丈夫なのか? 目、出血してただろ?」
「え? あー、はい、大丈夫ですよ。ちょっと目を、酷使しただけ、ですから……」
少しだけ気まずそうに目を伏せる月那。その理由は桃弥も分かっているが、あえて何も言わない。
「そうか……あまり無茶はしないでくれ」
「……桃弥さん、ブーメランが刺さってます」
「それは大変だ。すぐに手当てしないと」
「……」
適当なこと言ってはぐらかすが、月那の顔は晴れない。
長い沈黙の後ーー
「……なにも、聞かないんですか? 気づいてますよね」
「……なにをだ? 人間、秘密の一つや二つあって当然だろ」
「でも、私、能力を隠してて……」
「それを言うなら俺は能力を一つも教えていない。お互い様だろ」
「それとこれとは違います。私……嘘をついてたんですよ?」
「嘘の一つや二つ、誰だってつく。それに、能力云々に関していた前から気づいていたからな」
「え!? そうなんですか? いつからですか!?」
「最初からだ」
「うそぉ!? 私、そんなに信用ないですか?」
「前も言ったが、俺は他人を信用しない。それだけだ」
「むぅ、これに関しては私が悪かったんですけど、なんかムカつくぅ」
頬を膨らませてプリプリする月那を、桃弥不覚にも可愛いと思ってしまった。しかし、本人はそれに気づかない。
「はぁ、なんだか悩んでたのが馬鹿らしくなってきました……」
大きい溜息を溢し、月那は語り始める。
「……最初は、桃弥さんが怖かったんです。なんでもするって言っちゃいましたし、何をされるのかとドキドキしたんです。それでつい、能力を隠しちゃいました」
「当然の対応だ。俺でもそうする」
「でも、だんだん桃弥さんのことが分かってきて……それで、いつか言おうって決めてたんですけど……タイミングがなくて、そのまま……本当にすみませんでした!」
「気にすることはない。俺は全部隠してるしな」
「え? あれで隠してるつもりだったんですか?」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙。
「…………」
「……っぷ」
それを破ったのは、月那の笑い声だった。
「っぷは、はははは、桃弥さんって、そういうところありますよね。あはははは」
「……どういうところかさっぱり分からん」
「なんかこう、不器用と言いますか、偽悪的と言いますか……大丈夫、私はちゃんとわかってますよ」
「……俺はなにも分かってないんだが」
「大丈夫です。私は分かってますので……そう、私だけが……」
要領を得ない月那の発言。しかしなぜだろうか。不思議と心地よく感じるのは。
◆
嵐鬼戦から、一週間が経過した。
桃弥の傷の経過は良好であり、動き回っても問題はいほどに回復していた。とはいえ、まだ無茶ができる段階ではない。
遠出をしてリスクを冒すよりも、先に能力値を上げたほうがいいと二人は判断した。
そのため、この一週間はひたすら餓鬼、さらには馬頭なども狩っていた。
そして一週間が経過した現在、嵐鬼戦のせいで延期になっていた貯水池への移動を再開した。
のだがーー
「やっぱ天候はいまいちだな」
「いつ降り出してもおかしくはないですね」
「とはいえ、もう二日もこの調子だ。これ以上待つのは得策じゃない」
「私としては、もう少し桃弥さんの傷が癒えてからでもいいと思うんですけど」
「もう十分治ってる。昨日は牛頭相手に問題なく勝てただろ?」
「……またあの風の鬼みたいな相手と遭遇したらどうするんですか?」
「あれはイレギュラー中のイレギュラーだ。どこにいても危険度は変わらんだろ」
「……まあ、それもそうですね」
「カッパは持ったな?」
「はい、ばっちりです」
「よし、じゃあ出発するぞ」
一週間生活した拠点をすて、二人は再び北上を開始した。
しかし、三時間後。
「よりによって今日降り出すか……」
「仕方ありません。お天道様は気まぐれですから」
土砂降り、というほどではないが、弱くない雨が降り注いでいた。
二人はカッパを纏い前に進むが、雨のせいで桃弥の聴力強化は著しく効果を失う。
今まで以上に慎重に進む必要がある。
さらに、30分ほど進むと突然、桃弥が足を止める。
「?? どうしたんですか?」
「……なにか来る」
「敵、ですか?」
「いや、これは……」
聴力強化が微かに捉えたのは、餓鬼のうめき声ではなくーー
「人だ」
「人、ですか? しかし、私たち以外にこんな雨の中を歩き回る人なんて……」
「ああ、相当の実力者だろう。少なくとも、餓鬼程度は簡単に狩れるほどの……油断するなよ」
「……はい」
数分が過ぎると、前から人影のようなものが姿を現す。
向こうもこちらに気づいたようで警戒態勢を取るが、餓鬼の類ではないと分かった瞬間、こちら駆けよる。
見たところ、人数は5人ほどだ。
「おい、あんたら大丈夫か!?」
「こんなところにまだ避難民が取り残されてたのか?」
「二人だけか。大変だったろう。だがもう大丈夫だ」
「こちらチームB2。避難民2名を保護。区役所へ移動します」
出会い頭に矢継ぎ早に言葉をかけ、二人を保護する動きを見せる。手慣れたその動きは、避難民の保護は初めてでないことを示す。
「……」
そんな相手の行動を注視し、桃弥は分析する。
ーー区役所、避難所の人間といったところか
ーーチームBってことは最低2チームはあるとみていいだろう
ーー今の言い方だと、ここら一帯の避難民はすべて受け入れているようだ
ーーその分、食料と戦力が揃っている可能性が高い
ーーそれに……
この五人はーー銃を装備している。ハンドガンではなく、アサルトライフルの類だ。
なるほど、これほどの装備があれば餓鬼は問題なく退治できるだろう。雨天で外をうろつくのはそれがあるからだろう。
ーー総じていえば、危険な連中だ
この5人は今のところ好意的だが、区役所にいるすべての避難民が好意的とは限らない。
むしろほとんどが敵対的ではないだろうか。ただ飯ぐらいが増えるのを喜ぶ人間はいないだろうしな。
それに、今更集団に混ざって上手くやれる気もしない。
区役所行きはデメリットの方が大きい、そう桃弥は断ずる。
しかし、区役所行きの話を断ろうとした、その瞬間ーー
「桃弥さん、行ってみましょう」
月那が小声で待ったを掛けた。
「私たちの目的は安定した拠点の確保。であれば、これはチャンスと捉えるべきです。大勢が集まる場所はそれだけ資源も豊富です。食料の心配をする必要がなくなれば、能力の強化に専念できます。それにーー」
桃弥を説得するように、月那は次々と言葉をかける。
それを受けて桃弥は少し考える素振りを見せーー
「……わかった」
「っ! ありがとうございます」
区役所行きを決断した。
「ほら、こっちだ。化け物共が来る前に離れるぞ」
5人に先導されるにように、2人は区役所へ足を運んだ。
しかし、桃弥の内心は計画の修正を図っていた。
ーーやはり月那は純粋だ
ーー他人に接するときは良い面ばかりを捉えたがる
だが、桃弥は違う。
ーー相手の出方次第で、うまく付き合うこともできるが
ーー最悪の想定はしておくべきだろう
ーーまあ、この状況も捉えようによっては利用できる
ーー人が集まる場所には情報も集まる
ーー弾丸の安定供給が可能ならその方法を探っておきたい
ーーあぁ、後地図も欲しいな
ーー標識便りに進むのもさすがに限界だ
人の悪意は底を知れない。だから桃弥は決して、他人を信用しない。
桃弥のステータス
ーー風纏 0 →1210(+1210)
ーー聴力強化 2020→2020(+0)
ーー脚力強化 3000→3000(+0)
ーー体力強化 1260→1260(+0)
ーー■■■■
いかがだったでしょうか。
これにて「一章 怪物を喰らう怪物」は終了となります。主人公とヒロインの距離が徐々に近づいているように感じますね。
餓鬼道、畜生道、地獄道関連の者達は登場しましたが、まだまだ強者は後ろに控えていますので、是非ともお楽しみに。
明日より、「二章 醜悪は世か人か」が始まります。
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ではまた、次の章でお会いしましょう!