第6話 異変
「すごいですね。これ、本物ですか?」
「さあ。試してみればわかる」
ハンドガンを一つ手に取り、弾が入っていることを確認。そして、ためらわずに床に向かって発砲した。
パン!
床に残る深い弾痕。それは、これらの銃が間違いなく本物であることを示している。
「本物だな」
「……桃弥さんって」
「なんだ?」
「いえ、何でもありません」
試すにしても、こうも躊躇なく引き金を引くか? その感想を月那は胸の奥にしまっておくことにした。
「何本か持っていきますか?」
「……どう思う?」
「え、わ、私ですか? えーと、何本か持っておくべきだと思いますけど……」
「……だな。ただ、化け物共相手にどこまで通用するか、検証が必要だ」
「え? 銃が、ですか?」
「ああ、無財餓鬼ならともなく、多財餓鬼や馬頭、もしくはもっと強い敵には決定だとはなりえない可能性が高い」
「どうしてですか?」
「銃器が通用する相手なら、とっくに救助隊が来ているはずだ」
「あっ」
そう。世界が崩壊してはや7日。それなのに、救助は一切来ず、さらには水道電気ガス通信のあらゆる設備が停止している。
それらは銃器ではどうしようもない相手の存在を示唆している。
「それに、安定して弾丸を供給できない以上、頼りすぎるのは危険だ。だがまあ、手札の一つとして持っておくのもあり、か……よし、好きに選んでいいぞ」
「え? いいんですか?」
「あぁ、俺も銃に詳しいわけじゃないからな。好きに選んでくれ」
結局、桃弥はサイレンサー付きのハンドガンを一つ。月那はショットガンとハンドガンを一つずつ選んだ。
いくつかのマガジンとショットガンのスラグ弾を確保した二人は、地上へ出る。
夜更けということもあり、出発は次の日の朝となった。
◆
翌日早朝、2人はサバイバル店を発つ。
桃弥は全体的に黒っぽい迷彩服を身に着け、リュックを黒の大容量バックパックに取り換えた。さらにはサバイバルナイフも複数入手し、万全の態勢を整えていた。
一方月那の方は、桃弥同様黒っぽいショートパンツとウェアに加えて脛当てやひじ当てもを身に着けている。さらにその上からタクティカルベストを纏い、防御力を高めていた。下にはヒートテックを着込み、肌の露出を防いでいる。
武器は手ごろな鈍器がなかったため、牛頭の落とした刃渡り1m以上の大鉈を使うことにした。
機動力を重視する桃弥と、肉弾戦をメインとする月那。その違いは装備に如実に表れていた。
装備を充実させた二人は、引き続き北上する。スーパー、サバイバル用品店と続いて、3つ目の目的地は北にある貯水池である。
ーー安定した拠点の確保
中長期目標の一つとして掲げられたそれには、安定した水の供給が不可欠である。
現在、ほとんどの水道は停止しているため、きちんと水を利用したいのなら貯水池などに向かうしかない。
そのため二人は、貯水池へ向かって北上するのだった。
◆
道中で逸れ餓鬼を狩りつつ、二人は順調に目的地に近づいていた。とはいえ、さすがにスーパーやサバイバル用品店のような近場にあるわけではない。そのため、移動にも時間がかかる。
その道中で、それは急にやってきた。
「危ない!」
「っひ、うぅ!」
月那が路地裏から顔を出した瞬間、とてつもない速さで近づいてくる羽音を、桃弥の聴力強化は捉える。
そしてすぐさま月那の手を引き、路地裏へ引き戻す。驚いて声を上げようとした月那の口を塞ぎ、壁に背を預け、さらに空いている手でナイフを握りしめる。
ブーン、ブーン、ブーン!
次第に大きくなる羽音。そしてそれは、姿を現す。
「蜂?」
現れたのは、オオスズメバチ顔負けの巨大な蜂。人間のこぶし大はあるその蜂は、桃弥達に針の狙いを定める。
ブーーン!
急加速で桃弥達に近づく蜂だがーー
「大きくても所詮は昆虫か。動きが単純すぎる」
その突進を桃弥は容易く弾き、逆にその胴体にナイフを突き刺す。
胴体を貫かれた蜂はボロボロに崩れ落ち、中から青色の色珠が現れる。
「色珠を落とすってことは、こいつらも餓鬼たちと同類か。どう思う、つき、な?」
緊急事態だったため、桃弥は月那の口を塞ぎ抱き寄せたが、危険が去ったことで月那の異変に気づく。
月那は両目に大粒の涙を貯め、今にも泣きだしそうに震えていた。
「あ、すまん、つい」
いきなり男に抱き寄せられ、口をふさがれるのだ。怯えるのも無理はない。
「ぁ、ひっく、ぃ、いぇ…………」
桃弥に背を向けながら、月那は肩を上下に震わせる。そして十数秒が経過すると、月那は改めて当夜に向き直る。
「……す、すみません、お見苦しいところを」
「いや、今のは俺が配慮に欠けていた。今度は気をつける。すまなかった」
「ぃ、いえ……」
なんとも気まずい空気が流れるが、それも一瞬のこと。
「ふぅ……こ、この蜂? のような生き物は……ただの推測ですが、恐らくは畜生道由来の生物ではないでしょうか」
「畜生道……三悪趣の一つか」
「はい。まあ畜生と言っても、ほとんどが虫らしいですけど」
「今まで遭遇してこなかった敵だな。たまたまか? それともーー」
ーー新たに侵入してきたのか?
口には出さなかったが、二人ともそう懸念していた。というのも、世界が崩壊してはや一週間。餓鬼の数が一向に減らない。その上、馬頭や牛頭との遭遇も増えつつある。
それはつまり、強大な化け物たちが何かしらの方法で次々とこの世界、「人間道」に侵入してきているということになる。
「まあ、悩んでも仕方ない。ただ、急いで力をつけたほうがよさそうだ」
「同意です。餓鬼を狩るペースを早めますか?」
「……いや」
周囲の耳を澄ませる桃弥。意識的に使用することで、聴力強化の範囲はさらに広がる。
(蜂の習性から考えて、一匹だけ逸れたとは考えにくい。であればーー)
「ビンゴだ」
「??」
近くには蜂の巣がある可能性が高い。
「月那、蜂を狩るぞ」
「っ!? は、はひ!」
「ん? 虫は苦手か?」
「い、いえ、だ、大丈夫で……すみません、やっぱり物凄く苦手です!」
一瞬強がりそうになった月那。しかし、いざになって戦えないようでは桃弥に迷惑をかけてしまうと思い、素直に打ち明けることにした。
「なるほど。まあ、別に構わない。直接戦闘するわけじゃないから、俺一人で十分だ」
「直接戦わない、ですか?」
「あぁ。月那、そこら辺の車からあれを取ってきてくれ」
さあ、蜂退治と行こうか。
◆
桃弥たちが襲われた場所から1km程度はなれば場所で、それは鎮座していた。
普通の蜂の巣は大きさにして10cm程度、さらには木の上になどに作られることが多い。
しかし、その蜂の巣は違った。遠目ではあるが、桃弥の身長の倍はある巨大な巣。
それほどの大きさとなると、高所に作るのはかえって危険なのだろう。それゆえか、堂々と道路の真ん中に鎮座していた。
さらには、その中からは蜂蜜ではなく、血のようなものがにじみ出ている。
「不気味な色しやがって……それじゃあ、行ってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」
両手いっぱいにガソリンを抱え、脚力強化を最大限発動させる。
瞬間、時速100kmを優に超える速度で桃弥は飛び出す。
(はっや! やっぱ前より走りやすいな)
実は能力値が1000を超えたことで、桃弥の体にある変化が生じた。
脚力強化で開かれた心象門の縁の一部が、光ったのだ。その光は、縁の最下端。全体的およそ10分の1。
そして縁が光ったことで、桃弥は自身の肉体強度が上がったことに気づいた。
早く走るとその分体にも負担がかかる。強靭な体あってこそのスピードだ。能力値が1000を超えると、それは超人の領域。その強化に人間の肉体のままでは到底ついていけない。
だからこそ、1000を超える能力値に適応できるように体は進化を遂げたのだろう。
至れり尽くせりといった感じだが、そんな変化よりも桃弥は気になる桃弥は気になることがあった。
ーー能力値が1000を超えた途端、門の10分の1が光る
桃弥は直感していた。
それはーー
ーー能力値が10000を超えると何かが起こる
なんの根拠もないただの勘だが、それでも桃弥は確信していた。
(とはいえ、10000って遠すぎだろ)
そんなことを思っていると、一瞬で蜂の巣まで到着する。しかし、蜂たちはまだ桃弥の襲来に気づかない。
走り抜く勢いのまま、桃弥はガソリンを巣にぶちまける。
その衝撃に、蜂たちは一斉に騒ぎ出す。
しかし、時すでに遅し。
「巣を作るなら来世は高所にしろよ。蜂公ども」
着火。
火種はガソリンに点火し、ぐわっと火柱が立ち込める。
ピ~ピ~! と喚く蜂たち。
何匹かが燃えながらも巣から飛び出るが、それを桃弥は狩っていく。
10分もしないうちに蜂の巣は燃え尽き、地面には大量の青い色珠と1つの黄色の珠が転がっていた。
「大漁大漁」
すぐに近くにいる月那を呼び、戦利品の分配を行うのであった。
◆
「す、すごい数ですね、これ」
「ああ、ざっと500はあるだろうな。半々でいいか?」
「え? そ、そんな!? 私、何もしてませんし、全部桃弥さんが使うべきです!」
「俺も別に大してことはしてないから気にするな。ほれ」
適当にバッと半分にわけ、無理やり月那に差し出す。
「そんなーー」
「だったら、今までの食事代だと思って受け取れ」
「えー、そんな強引な……す、すみません。では、ありがたく」
その場で色珠を消費し、能力値を上げていく二人。
強化後の桃弥のステータスはこのようになった。
ー聴力強化 1060→2020(+980)
ー脚力強化 1260→3000(+1740)
ー体力強化 780→1260(+480)
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大幅強化。下手したら今まで得てきたすべての能力値を超える強化である。
まだいまいち新しい体には馴染まないが、そのうち慣れるだろう。
そう思って桃弥は立ち上がる。同時に月那も強化を終わらせたのか、こちらを見上げる。
「さて、この騒ぎに他の化け物共が寄ってくる前に離れ、る……ぞ」
唐突、あまりにも唐突に。
それは、音もなく現れた。
それは、拳を振り上げた。
それは、雄たけびを上げた。
『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
「っ!?」
「っ、桃弥さん!?」
颶風を纏いし深緑の悪鬼ーー地獄の底から這い出た一体目の原初鬼が今、降臨する。
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