第5話 武器調達
スーパーを出たしばらく進むと、桃弥は月那の手を放した。
「悪かったな。無理やり手を引いて」
「い、いえ……」
二人の間に、気まずい沈黙が流れる。そのわずかな間を、桃弥はこう捉える。
「……戻りたいか?」
「え? い、いえーー」
「あまりお勧めはしないが、戻りたいなら引き留めはしない。好きにするといい」
「そ、そんなことはありませんし、ありえません! 私だってあの人たちには思うところがあります! ただ……また私のせいで桃弥さんに迷惑を……」
「避難民を受け入れたことなら、気にする必要はない。あれは俺のミスだ」
「……どうして桃弥さんはいつも、全部自分のせいにしたがるんですか」
「……はぁ。したがるのではなく、ただの事実だ。元をたどれば、あれはバリケードの設置を決断した俺の判断ミス。あれのせいで避難民が寄ってきたわけだから、俺の責任だ」
「でも! 提案してのは私です!」
「決断したのは俺だ」
「だとしても!ーー」
「月那。俺は、他人を信用しない」
「……え?」
「たとえ誰だろうと俺は信用しないし、できない。何をしても、何を決断しても、それは他者に依存しない俺個人の判断だ。俺は、俺しか信用できない。だから、あらゆる場面で俺が信用し、信頼するのは俺自身の判断だ。何故かわかるか?」
「……」
「その決断の結末どんなものであっても、俺自身の判断なら受け入れられるからだ。信頼とはーー諦観だ。もがき苦しむ未来への諦めでしかない……月那、あえてここで教えよう」
ーー俺はお前を信用していない
「っ!? なん、え?」
「それはお前が特別だからというわけではない。誰でも同じだ。俺にはその生き方しかできない。俺にとって無条件の信頼は裏切らない保証ではなく、裏切られても仕方ないという諦めだ。だからもし、俺がお前を信用する時が来るのなら、それはーー」
ーーお前に殺されてもいいと思える時だけだろう
桃弥がそう告げると、一陣の風が二人の間を通り過ぎる。二人の髪が舞い乱れるが、それでも桃弥は視線はそらさない。
「……話がそれてしまったが、要するに俺にまつわる出来事の責任はすべて俺にある。俺に迷惑をかけるという行為は、はなから存在しない」
「……」
長い沈黙。目を伏せ、下唇を噛みしめる。
「わかりました……」
「……そう、じゃあ先に進もうーー」
「桃弥さんがとぉーーーってもめんどくさくて不器用な人だってことが、よぉーーーくわかりました!」
「……は?」
「ええ、ええ。いいでしょう、いいとも、上等だとも。やってやりますよ」
「なにを言ってーー」
月那はバっと右手を天に向け、そして振り下ろす。人差し指を桃弥に向け、親指を立て銃のジェスチャーを取る。
「いつかきっと、あなたにーー私に殺されてもいいって思わせます!」
その宣言は、桃弥にとって初めての経験だった。そもそも、月那と出会ってから初めての経験ばかりだ。
命のやり取りのなか、自身の判断とはいえ他者に結末を委ねたこと。
こうして心の内を吐露すること。
何より、たった一人の人間にかつてないほどの執着をみせていること。
ーーお前が特別だからというわけではない
この桃弥言葉は、巨大な矛盾を含んでいる。
桃弥は自身も気づかないうちに、月那に狂わされていくのだった。
◆
「そういえば、桃弥さんはどうしてあの時あんなことを言ったんですか?」
「あの時?」
「スーパーを出る前の『言うこと何でも聞く約束だろ』とか、『つべこべ言わずさっさと来い』とかのことです」
「あー、あれは押し問答が面倒になったからな。あの場所に残っても使い潰されるだけだ。かといって普通に言ったところであの連中は俺たちを手放すとは思えない。時間の無駄だと判断した。それだけだ」
「へぇ」
適当に相槌を打ちつつ、月那は心中でこう考えていた。
(自分にヘイトを集めて私を守ってくれたってのもありそう。本人は絶対認めないだろうけど)
「でも次からはやめてください。桃弥さんを悪く言われると、私もムカッときちゃうので」
「それぐらい聞き流せ。人間の醜悪さはあんなものでは済まないぞ」
「……桃弥さんって本当に20歳ですか? なんか時々物凄いおっさんみたいなことを言いますが」
「正真正銘の大学二年生、だ」
他愛ない会話を繰り広げながら、二人は進み続ける。目的地は既に決まっている。
二人が目指しているのはーーとあるサバイバル用具店である。
「桃弥さんがサバゲ―をしていたなんて意外です」
「別にやってたわけじゃない。ただ一度、知人に連れていかれたことがあっただけだ」
二人の目的は、武器の確保。包丁をという武器は確かに有用だが、如何せん耐久性が低すぎる。もともと戦闘用に作られたわけではないから、当然と言えば当然だが。
そこで桃弥が目を付けたのが、サバイバル用品。
今向かっているサバイバル用品店はかなり規模が大きい。必要なものは武器から防具まである程度揃うだろう。それこそ救急セットもあるだろうし。
ちなみに、桃弥をサバイバル用品店に連れて行った知人とは、どこぞの自称親友だったりする。
◆
月那と出会って数日。桃弥は少し違和感を感じていた。
月那の能力値について。
基本、化け物を倒して得た色珠は平等に分けている。にもかかわらず、能力の伸びは桃弥の方が速いように思える。
一番わかりやすいのは体力だろう。もともとの体力強化の差を考慮しても、月那と桃弥の体力差は広がる一方だ。
ならば、体力強化ではなく腕力強化にステータスを振っているかというと、そうでもない。
脚力強化を重点的に伸ばしているだからこそわかる。もし、体力に差が生まれるほど腕力にステータスを振っているのなら、この程度の力なはずがない、と。
ならば視野強化か、と考えるが……これは一番あり得ないだろう。軽視するわけではないが、桃弥は視野強化にそれほど魅力は感じない。これを重点的に強化するとは考えにくい。
そこから導かれた結論はーー月那は能力を隠している。
桃弥が知らないような能力をいくつか隠し持っているかもしれない。そう桃弥は考えている。
しかしーー
(まあ、他人を信用できないのは俺も同じだ。人間なんてそんなもんだろう)
桃弥はさほど気にしなかった。それが当たり前だと思っているし、能力を隠していることに腹も立てない。
なにせーー自分は能力の一切を月那に告げていないのだから。
聴力強化は無論、脚力強化も体力強化も一切教えていない。薄々気づかれているかもしれないが、それでも自分の口から正解を告げることはない。
ーーお前を信用していない
その言葉の通り。そして月那もそれを分かっているのか、一切詮索をしない。
その関係が、今の二人には健全な関係だ。
◆
餓鬼を倒しながら半日。二人は目的のサバイバル用品店に到着する。
「餓鬼が居座ってるかと思ったが、そうでもなかったな」
「餓鬼はまず食料を求めますので、サバイバル店に用はないでしょう。でもーー」
「あー、あれは少し面倒だ」
サバイバル店には餓鬼の姿はなかったが、入り口には馬頭と牛頭が一匹ずつ仁王立ちしていた。
「あれのどっちか一匹、一人で倒せるか?」
「時間稼ぎはできますが、倒すのはなんとも……」
「……また夜襲か?」
「……ですね」
馬頭と牛頭。単体では有財餓鬼にも勝る力を持つが、たった二匹で桃弥達の夜襲に対応できるはずもなくあっけなく討伐されてしまった。
◆
「思ったより荒らされてないな」
「表に馬頭たちがいたので、そのせいだと思います。まだあの化け物を倒せる人は少ないでしょうし」
サバイバル店へ足を踏み入れた2人。入り口のすぐ近くに、店長だった男の死体が転がっているが、中は思いのほか綺麗に整えられていた。
「見た限り敵は隠れていないが、油断するなよ。二手に分かれて、自分の必要な物を確保するぞ」
「了解です」
それぞれの懐中電灯を手に、二人は自分の必要物品を漁り始める。
(リュックも新調すべきか。さすがに普通のリュックじゃあもうキツイな)
服、リュック、ナイフ、非常食、照明器具、着火道具など。今まで揃えられなかったものを一気にそろえていく。
その途中で、桃弥はある不可解な隠し部屋を発見した。
(ん? 奥にも何かあるのか?)
隠し部屋というにはあまり隠せていないが、だからと言って客に簡単に見つけられるような設計をしているわけでもない。
そんな隠し部屋は踏み込んむ桃弥。すると、そこには大量の銃器が並んでいた。
しかしーー
「サバゲー用のエアガンか。でもなんでわざわざこんなところに」
店の外にも同じような銃が大量に並んでいる。すべてエアガンだ。
ここに並んでいるエアガンと外のエアガンの違いは何か。手にとった瞬間、桃弥は気づく。
「あー、これ海外のやつか。日本の規格じゃあアウトな威力してるから、こんなところに隠したのか」
だが、桃弥は猛烈な違和感を感じる。なぜなら、この部屋はあまりにも怪しすぎる。
エアガンからマガジンまで、合法的なものは一つもない。ばれたら処分を食らうのは明白だ。にもかかわらず、隠し方が雑すぎる。
「餌にしか見えないんだよなぁ」
これ以上深入りしてほしくない。そんな意図が見え隠れする。
そこからは早かった。違和感の糸を辿っていくだけ。
そして、その糸の先にはこの部屋とは比べ物にならないほど丁寧に隠された地下室への扉を発見した。
その地下室に、桃弥は迷わず踏み込む。
するとーー
「なるほど。ここの店長は、随分とまずい商売をしていたらしい」
辺り一面に、エアガンとは雰囲気が段違いな銃器が並んでいた。
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