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永遠の牧歌 を読んで

最近、メルカリで全五十巻にも及ぶ『日本文学全集』なるものを買いました。そこには今はもう絶版されて、神保町の古本屋にしか置いていないであろう至極の短編や、編集者または著者の知人からなる制作秘話などが克明に綴られている、まさに『文学』と呼ぶに相応しいものが、いっぱいに詰まっているものでした。


二葉亭四迷、国木田独歩、森鴎外などの文豪から、大江健三郎、北杜夫、石原慎太郎といった近年の作家まで。二十キロもするダンボールを開け、空いた本棚にそれらを並べると、僕は第一巻の二葉亭四迷から読み始めようか、それとも五十巻目の曽野綾子倉橋由美子河野多恵子集から読もうかと迷いました。


『文学』と聞くと、僕はなんとなく過去へ遡るような歴史的な感じがして。あとはまあ二葉亭四迷の文章が、小説ではなく半ば批評的な評論が多いような気もして、僕は五十巻目から順に降りるやり方に決めました。


分厚い背表紙を開くとカラー写真が拡がる。曽野綾子の旅した箱根や富山の写真(といっても、出版された昭和四十年台の、褪せた写真なのだけれど)

それからひらひらとカラー写真が続き、下に曽野綾子の人物紹介。生い立ちや創作論がつらつら。ようやく目次に辿り着く。



一本目は『遠来の客たち』彼女のデビュー作であり芥川賞候補作。二十三歳。それも女性で候補に上がったというには、それだけに素晴らしい文章なのだろうと期待して読み進める。短編なのでスラスラと読了。うん、これは芥川賞だ。素晴らしい作品。僕は諦観な心持ちで次の作品を読み始める。





『永遠の牧歌』は1970年に刊行された曽野綾子の短編小説である。主人公の「私」は、港区の貿易会社の社長秘書である松本雪子に会いに本社へ赴き、そこでミス・バーバラフォースターという太った中年オーストラリア婦人に出会うところから物語は始まる。


貿易会社の日本支部社長であるミスター・ジョージフォースターは、バーバラフォースターと同様オーストラリア出身の中年で、同じ「フォスター」だが二人は従兄弟でも夫婦でもない。けれど幼い頃から互いに面識があるらしく、二人の間には互いを信頼し切った時が流れている。


彼女たちは社長室で他愛もない談笑を始める。それは誰々の干支がどうであるといった調子の軽いものだった。



社長のミスター・ジョージフォースターは「猪年」バーバラフォースターは「羊年」であった。



二年後、「私」はオーストラリアへ行く機会が訪れジョージフォースターに紹介状を書いてもらおうとオフィスを訪ねると、そこには販売主任のバーバラフォースターがひとりでソファに座っていた。


彼女はオーストラリアに行くのなら、頼みたいことがあるといって、蓼科に住む友人の別荘で採った桔梗の押し花を「私」に見せる。


これをわたしの故郷にあるアレックススカイプという名の墓に添えて欲しい。彼女の願いはそれだけであった。


「私」は牧草がいつまでも続いているオーストラリアの山並みを移動し、バーバラ氏の生まれ育った小さな町へ着くと、白い墓地へと赴き花を添える。


アレックス・スカイプス

一九一三年八月十五日生まれ

一九四一年八月十五日死す



「私」がホテルへ戻ると、ミスター・ジョージフォースターから長文の手紙が届いている。内容はアレックススキペスのこと、彼の名前は「スカイプス」ではなく「スキペス」という名のギリシャ人であった。


バーバラフォスターの父の牧場で、家畜番をしていたアレクサンドルス・スキペスはギリシャ移民の青年であり、バーバラはその男を愛していた。


周囲のものは強く反対し父は怒り狂った。バーバラとスキペスが身分違いだったこと、それにギリシャ正教のスキペスと英国国教のフォースター家との宗教上の対立もあった。



二十歳になったバーバラは愛のために全てを捨てスキペスと駆け落ちをし、二人はメルボルンで幸せな結婚生活を送る。



二年後のスキペスの誕生日である八月十五日。二人は彼らの少ない友人と夕食をとっていた時のことであった。


入り口のベルが鳴った。スキペスが確認しに行くが外には誰も居ず、彼は何気なく空を眺める。


<ごらんよ、きれいな晩だ>



そう言いながら彼は死んだ。心臓麻痺だった。


あれから二十五年が経つが、バーバラの透明な愛の結末と、スキペスの誇らしげな生き方をあなたに伝えたい。この平和で平凡なオーストラリアの小さな町に神が立ち会ったその奇跡を。


手紙の内容はあらましこのようなものであった。


「私」はその時、バーバラ氏が一九一九年の羊年だということを思い出す。


アレクサンドロス・スキペス 一九一三年 丑年。


それはオーストラリアの小さな町の、平凡な牧場風景であった。








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