彼女ができたんで
銀次と美沙と呼ばれた女性がタブレットで注文を終え、すぐに前にオムライスが置かれる。
去り際に、店員は対面式のテーブルでなぜか横に座っているソラとスズを訝し気に見ているが、ソラにはそれを気にする余裕は無い。そして別の意味でスズにも余裕は無かった。
「…………」→ソラ。
ファーストインパクトが終わり、落ち着いたソラは可視化できそうなほど黒いオーラを出していた。
瞳孔が開き、実際には浮かんでいないが青筋が浮かんでいそうなソラを見てスズは冷や汗を掻いた。下手につっついたら爆発しかねない。
「そ、ソラち、大丈夫だって。よくわかんなけど、バイトの用事なんでしょ? 明らかにラブな雰囲気じゃないじゃん」
「……そうだと思うけど、仕事にかこつけて銀次に変なことするようなら……」
「するようなら?」
「色々する」
「お、落ち着こっ、ね?」
トーンがガチだった。とりあえずスズは、フォークやナイフが入っているカトラリーボックスをそっとソラから離す。背中でそんなやり取りが行われていることなんぞ知る由もない銀次はのんきにナイフと箸を持つ。
「冷めるんで、話の前に食べていいっすか?」
「そりゃそうでしょ。ここはホワイトソースがオシャレなのよねぇ。……銀ちゃん、ナイフとお箸で食べるのね」
「この方が卵を包みやすいんで……行儀悪いですかね?」
「フフフ、そんなことないわよ。お母さんと同じ食べ方なのが面白くってね。燈花さんもそうやって食べていたわ……もっとも燈花さんなら、皿を持って掻っ込むでしょうけどね」
「いくら母さんでも流石に外食でそんなことしない……マジでそんなことしてました?」
「昔の話よ。ほら、食べましょ」
二人がオムライスを食べ始める。銀次も特に緊張したという雰囲気はなく、お互い知った中といった感じだ。その様子を見て、ソラとスズも緊張を緩める。
「慣れた感じだし、大丈夫そうじゃん。話しかけてもいいんじゃない?」
「バイトなら邪魔したら悪いし、今は止めとく……安心したし、ボクらも注文しようか」
「だねだね。折角だしこのまま横に並んで食べようよ。自撮りしやすいし。ピース」
「写真はオムライスが来てからでいいんじゃない?」
何となく小声で話しつつ、二人で笑い合いながらタブレットでメニューを確認する。
「アタシは、王道のキノコソースかなー。ソラは?」
「うーん、ビーフシチューオムライスとサラダにしようかな。小盛りにもできるのありがたいね」
「それも良さそうだよね~。じゃ、頼もうよ」
ほどなくして運ばれた、オムライスを並べてスズがソラと自撮りをする。
「いえーい、ソラ、これアップしてもいい?」
「よくわかんないけど、別にいいよ」
「ソラちはSNSやらないの?」
「興味ないかな。それよりも食べようよ。いただきます」
待ちきれないと、ソラがスプーンをオムライスに差し込む。
「いただきま~す。ん~、美味し~。このバターライスがいいよね~」
豪快にオムライスを食べていくスズとは対照的にソラはビーフシチューやバターライスだけで食べたり、チビチビと吟味していく。
「ご飯は味濃い目……甘味強めにして卵に合うようにしてるっぽいのかな? 今度、家でも作ろっと」
「作るって、いやいや、このフワトロ感は難しいでしょ」
「味はともかく卵だけなら意外とできるよ、銀次もトロトロのオムライス作れるって言ってたし」
「マ˝ッ? ソラはともかく銀次にまで女子力で負けてるかも……」
二人が食べているうちに銀次はオムライスを食べきってしまったようだ。
スプーンを置いて、鞄からノートパソコンを取り出す。
「先、資料の準備していいっすか?」
「早いわねぇ。デザートも頼めばいいじゃない。あっ、この店コーヒーゼリーがお手製なんだって、私が葡萄ゼリー頼むから食べさせっこしちゃう?」
ピタリとソラのスプーンが止まる。
美沙と銀次が呼ぶ女性の年齢が何歳か厳密にはわからないが、傍から見ても美人なことには違いない。なまじ年齢差があるために、大人の女性からの誘いは生々しい現実感がある。
一瞬でも見れば記憶が可能なソラの脳裏にははっきりと美沙が銀次にアーンをしている光景が浮かんだ。思わず立ち上がろうとするが、先に銀次が口を開いていた。
「からかわないでください。彼女もできたんで、そういうのは困るっす」
ストン、とソラが座る。
「えっ! 銀ちゃん彼女できたのどんな子なの? 可愛い? 綺麗系?」
「えっ、いや、まぁ……どっちかって言ったら可愛いっすけど。それだけじゃなくて、芯があるっていうか、根性のある凄い奴ですね。綺麗だって思うこともよくあるし、見てて飽きないっていうか癒されるし、元気貰えるって感じですね」
「銀ちゃんがそんなこと言うなんてねぇ。よっぽど好きなのね」
「……心底惚れてます。美沙さんから見たら子供の遊びかもって思うかもしれないけど、俺は……本気であいつを幸せにしてやりたいって思ってます」
力を入れたような口調ではなく、落ち着いた調子で、静かにはっきりと銀次は言い切る。
ソラが手で顔を隠しながら湯気を出し始め、スズがとりあえずメニューからブラックコーヒーを注文する。
「おぉ! ベタ惚れじゃん。あの丸刈りだった銀ちゃんが……いやぁ私も年をとるわけだわ」
「中学の時の話はやめてくださいよ……美佐さんもまだ若いじゃないっすか」
「この界隈の平均年齢が高いだけよ。デザート食べながら彼女のこと教えなさいよ。というか彼女のこと燈花さんはどんな反応だったの?」
「まだ、母さんには話してないっす。……まぁ、近々帰って来た時にさらっと言うつもりですけど」
「あら、じゃあ私が一足先なのね。ちょっと優越感。彼女ちゃんの写真とかあるの?」
「仕事の話をしましょうよ……」
「い~や~。こんな甘酸っぱいイベント逃したくないわ。ほらほら、教えなさいよ。バイト代追加するからっ!」
「勘弁してください……」
それからデザートを食べ終わるまで、銀次は美沙によってソラのどこが好きかを説明することになり、ソラは嬉しさを処理できず、顔を真っ赤にしてプルプル震え始め、スズは三杯のコーヒーを注文することになったのだった。
次回の更新は月曜日です。
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