おそろいのカバーだね
「完・全・復・活っ!」
外はまだ暗い早朝。体温計を確認して、ベッドから元気よく起きたソラは歯磨きと洗面を済ませた後、糊のきいたシャツに袖を通し、スカートに足を通すと二階へ降りる。二着あるエプロンのうち小さい方を着てお弁当を作り始める。
「野菜があんまりない……キャベツがあるから……お重の底にキャベツを敷いてメインはから揚げにしよっと」
お弁当を作りながら、余りものをおかずに朝ごはんを済ませたソラはお重を準備して、鏡の前で最終チェック。リボンの位置を確認すると玄関先に置かれていた小包みを鞄に入れて元気よく外へ出た。
『熱は大丈夫だったよ。今日は一緒に登校しようね』
とメッセージを送って、ルンルン気分で待ち合わせ場所に向かう。
結局ソラの夏風邪は少し長引き、火水木と三日間学校を休んでいた。実際のところ木曜日にはほぼ完治しており、ソラ自身は登校しようとしていたのだが、大事を取って休むように銀次に止められていたのだ。銀次は水曜以降も毎日ソラ宅に通い看病をしていた。これまでオーバーワーク気味な生活を送っていたソラとしてはむしろ苦痛なほどで、特に銀次に対しては尽くしたい欲求がオーバーフローしており、気合をいれてるのだ。
「着いた、今日はボクの方が早いね」
待ち合わせで待っていると、銀次が自転車でやってきた。
「おう、早いな。おはようソラ」
「おはよう銀次。ただの夏風邪……というかクーラー風邪なのに三日も休んじゃったよ」
「たまにはいいだろ。無理すんなよ」
まだ少し心配そうな銀次にソラは腰に手を当てて胸を張る。
「大丈夫だよ。というか、人生で一番怠けていた自覚があるよ。今日からバリバリ頑張るからっ。授業のノートもありがとね」
「俺のノートで良いか不安だけどな」
「おかげで、期末テストに向けて銀次がわかっていない部分がよくわかったよ。勉強プラン頑張って考えたからね」
「そっちかよっ! まぁ、ソラが元気ならそれでいいんだけどよ」
肩を落とす、銀次とニコニコのソラが鞄から小包を取り出す。
「これ、前に注文してたスマフォカバー。やっとできたから渡しとくね」
「おっ、楽しみだったんだ。開けていいか?」
「うん見てみて」
時間にはまだまだ余裕があると言うこともあり、銀次が小包を開けて箱からカバーを取り出す。
「んん!? なんか、思ってたやつより凄いんだが?」
出てきたのは、金属性のカバーで背面にはソラがデザインしたギアボックスが描かれており触ってみると場所によっては彫り込んでいるかのように印字されていた。無骨ながら目を引くそのデザインは素人目に見てもかなり上品かつ恰好良く仕上がっていた。どうやらパーツ別になっているらしく、背面はアルミだが、フレームはポリウレタンで組み立てが必要なようだ。
「でしょっ! いやぁ、発色させる場所と掘り込みをする場所を変えることで、金属感が強くなるんだよ。やっぱ歯車だし金属製のカバーにしたかったんだよね。レーザーを限界まで細くしてもらったんだけどやっぱり調整が必要で線を減らしてデザインを変更したんだよね。イメージは車のパーツの刻印みたいな感じにしたんだ。この細工を加工してくれる場所がなくってさぁ。頑張って加工してくれる場所を探したかいがあったよ。満足いく仕上がりだね。これはもう職人技といっても過言じゃないよ。あっ、取り付けはネジを締める必要があるから、帰りにボクの家に寄ってよ。ボク分も作ってもらったからさ」
目を爛々とさせて早口でまくし立てるソラの頭を銀次がガシッと掴む。
「うにゃ、な、なにすんのさ? 気に入らなかった?」
「いや、めっちゃカッコイイ。ネジを使って締めるのも嫌いじゃねぇ。デザインもずっと見てられる。質感もズッシリして手に馴染む……だが、もともとシリコンカバーだったよな。依頼するだけで簡単にやってくれるっつう話の……推測するにこれ、普通のルートで注文してねぇだろ。……いくらかかった?」
「……だって、注文しているうちに、イメージがわいちゃって……」
銀次の問いかけにソラは唇を結んで、頭を掴まれたまま目を逸らす。
「……怒らないから、いくらかかったか言ってみろ」
「……副業で作ってる人に直接お願いしたから……大分安く仕上がってるよ……普通に注文したら二万くらい……かな?」
「高すぎだっての、親父さんの小遣いをそういう風に使うのはダメだって言っただろ……まぁ、ありがとな。大事にするぜ……夏休みのバイト増やしてもらうように母さんに言わないとな」
ため息をついて銀次はソラを離す。自分のプレゼントの為に頑張ってくれた彼女を責める気にはなれない銀次なのだった。するとソラはムンと胸を張ってニヤリと笑う。
「ふっふっふ、その必要はないよ。これはお父さんからのお小遣いとは別だもん」
「どういう意味だ?」
「依頼した人にデザインを複数送ったら、これを商品にしたいって言われたんだよ。デザイン料もかねた試作品扱いでこれをただで貰ったってわけ、でもこれはボクと銀次だけのものにしたいから、職人さんには別のデザインを送ってすでに了承を得てるのです」
そんな上手い話がと喉まで言葉が出かけるが、相手はソラである。高校生のデザインに大手ではないとはいえプロが声をかけないなどという常識が通用する相手ではない。実際、今銀次が手に持っているケースの出来は銀次が今まで見た中でも間違いなく一番といってもいい。気後れするレベルの高級感があり、好きな人は多少高くても買いそうな魅力を感じる。
「黙ってたのはごめん。でも、銀次へのプレゼントだし妥協したくなかったんだ。ほら、ペアカバーって、付き合ってるっぽい感じがして……」
イタズラした猫のように、上目遣いで銀次を見るソラ。そう言われては銀次も降参せざるを得ない。
「わかった。俺も嬉しい……だけど次からは相談してくれよな。こういうのは二人でやった方が楽しいだろ」
「エヘヘ、がってんしょうち」
組み立ての必要があるスマフォカバーを丁寧に箱に戻すと、銀次はソラから鞄を預かり歩き出した。
「今日からテストに向けたお勉強をするからね」
「わかってるって、それが終わったら絵のこともやらなくちゃな」
「うん、描きたいものが溜まってるし……でも、銀次とデートもしたいな」
「もちろんだ。夏休みにどこいくか話し合おうぜ」
「おぉ、工場見学とか行きたいっ!」
「デート先が家の前になりそうだな……」
そんな話をしていると学校前の坂道に着く、時間はまだ早いが朝練をしている部活動の声が元気よく響いていた。
「よっし、今日も挨拶頑張るよっ!」
「……いや、今日は止めてもいいんじゃないか?」
いつもなら、挨拶を強く進める銀次が遠い目をしてソラを止める。ソラはやや不満げだ。
「まだ風邪の心配をしてるの? 大丈夫だってば、今日のボクはやる気に満ち溢れているからね」
「まぁ、ソラがいいならいいけどよ」
煮え切らない態度の銀次を不思議に思いながら、自転車を止めてソラが校門前に待機した数秒後にどこからともなく、男子達が顔を出した。
「ふぁ!? えっ、こっちに向かって来てる? ぎ、銀次……」
「大丈夫だ。……多分な」
銀次が遠い眼のまま答え、ソラが銀次の背に隠れる。
前の前にいるのはどうやら朝練をしていたはずの運動部男子達のようだ。野球部、剣道部、柔道部、陸上部、サッカー部、バドミントン部と統率のとれた動きでソラの前に立つ。
「「「……」」」
そして無言。
「えっ? 何?」
「……とりあえず、挨拶してやれ。先輩もいるから……」
「お、おはよう、ございます?」
「「「しゃあぁあああああああああああああっす!!!」」」
「何なのこれ!! 怖いんだけどっ!!」
野太い挨拶後、部員たちは一糸乱れぬ統率で部活動に戻っていった。
「……ソラが休んでから、野球部を中心に運動部の野郎どもが毎日教室に確認しに来てな……休みなのを知ると廊下で絶望している奴とかいたぞ」
「……なんで?」
「ソラが可愛いからだろ」
「そうはならないでしょ……」
「なってんだからしょうがないだろ。まぁ、基本的には無害なはずだ。ほれ、人が増えてきたぞ挨拶頑張れ」
「し、知ってる人だけね。初対面は無理だから。さっきみたいなのも絶対無理っ!」
「ハハッ、まっ、病み上がりだ。気張らず頑張れ」
「や、やらいでか」
気合を入れ直したソラだったが、久々のソラを見て次々やってくる生徒達を前に早々に心が折れ、銀次を引っ張りながら教室に逃げ込んだのだった。
次回更新は明後日です。間に合わなかったらごめんなさい。
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