桃井家の桃カン
「……ズビッ」
「ほら、ティッシュ。鼻かめよ」
「ヂーン。うぅ、ありがと」
部屋で泣いてしまったソラの涙を拭いて、鼻水をぬぐった銀次が胸を撫でおろす。昼ご飯を持っていったら天井を見ながら泣いているソラを見て焦ったがどうやらマイナスの感情で泣いているわけでは無いようだ。
「ボク、風邪ひいても一人でなんとかしてたから……銀次に看病してもらってたら色々思い出しちゃって……なんていうか、今まで見て見ぬふりしていた寂しさを実感してしまったのです」
心に蓋をしていた部分が開いた気分だ。こんな嬉しいことが自分にあっていいのだろうか。
風邪を引いた自分の夢ではないかと熱っぽい頭で考えるソラだったが、かいがいしく食事の準備をする銀次は紛れもなく現実だ。
「尽くしたがりの癖に変な所で甘えるのが苦手だよな。俺はソラの彼氏だぞ、全部任せるくらいでいいんだよ」
「ダメ人間に……ダメダメ人間にされてしまう」
「日頃の俺の台詞だからな。ほれ、お粥だちょっと冷ましているけどまだ熱いから気をつけろ」
プラスチックのお椀のお粥とレンゲが渡される。
「卵入ってる……」
「あぁ、そっちの方が好きだろ?」
「うん……こういう時は食べさせてくれるのがお約束なのでは?」
熱っぽく頬を赤らめたソラがムムムと口を結びながら渡されたお椀とレンゲを銀次に渡す。
「……いい調子だ。そうしてろよ。まぁ、普段から弁当とか食べさせ合ってるけどな」
お粥を受け取った銀次が少な目にお粥を掬うと息で冷ましてソラに差し出すと少し照れながらソラが口を開ける。なぜか、二人共睨み合うようにしているせいで妙な緊張感があった。
卵粥は少し出汁を効かせており、負担にならない程度に薄く味付けがしてあった。
「……結構なお手前で」
「お粗末様です……っていうか、ほとんどソラが作ったんだけどな」
「次、お野菜。ばっちこい」
「おう、そのままでいくか? 一応ゆずポン酢持ってきたぞ」
「ポン酢inでおねしゃす」
「なんで運動部みたいになってんだ? ほれ、あーん」
レンゲから箸に持ち替えて小さめにカットされたブロッコリーをソラに食べさせる。
「……普通に美味しい。これが銀次の実力なんだね……」
「いや、ヘル〇オの力だろ。満腹になるのは逆に負担罹るから腹八分目で、水もしっかり飲めよ」
スポーツドリンクを飲みながら用意された食事を半分ほど食べた所で食事を終えると食器を下げた銀次が今度は小皿を持ってきた。中は缶詰でよく見る桃のシロップ漬けのようだ。
「ほれ、冷たい桃カンだ。桃井家では伝統的に風邪には桃カンって決まってんだよな」
「桃井だけに?」
「桃井だけにだ」
ニヤリと得意気な銀次がおかしくてソラも笑う。
桃のシロップ漬けを食べた後は、ソラは寝かされる。ご飯を食べて水をしっかりのんだおかげか、体が休む準備を整えたようだ。正直眠たいが、銀次に看病される時間が惜しくて、眠気をを我慢する。
「お粥は次食べる分を小分けにして冷蔵庫いれてるから温めて食べろよ」
食器の片づけを終えた銀次が部屋に上がって来た。
「うん、銀次ってさ。看病、手慣れてるよね」
「あぁ、テツが昔は体が弱かったからな。母さんや親父が家にいない時は俺が看病したんだ。まぁ、親父の見様見真似だけどな」
「そこはお母さんじゃないんだ」
「……うちの母親は家事が壊滅的にできないんだよ。逆に風邪が悪化しかねん。お袋っていうとキレるしな……困ったもんだぞ」
「そ、そうなんだ」
目を逸らす銀次の反応を見るに相当な家事オンチのようだ。
「まぁ、そんな母親のせめてもの看病が桃カンってわけだ。これなら失敗する要素がないだろ?」
「なるほど……」
「ちなみに俺が風邪ひいた時はテツが看病してくれるんだが、凄いぞ、俺が何か要求する前には準備されてるって具合だ」
「ムム、ボクだって負けないし。銀次が風邪ひいたら、もう完璧に看病するからね」
「どこに対抗心燃やしてんだよ……さて洗濯物は、洗濯機に入れて乾燥かけとくぞ」
「あっ、大丈夫だよ。そこまでは……」
「起きた時に寝ぼけたら、足を取られてこけるだろ。風邪で面倒なのはわかるから任せとけって」
「いや……部屋はいつもこんなんだし」
「なんとなくなわかってたけが、飾るのは好きでも、整理は必要が無いタイプか……」
そっぽを向くソラ。一階の作業場も無秩序に散らかっていたことを銀次は思い出す、なまじ記憶力が良い為に適当に物を置いても無くすことが無いソラは、人に見せないパーソナルなスペースは散らかし気味なのである。そのくせ、食器やインテリアはしっかりと形を揃えてこだわったり、美しさを優先する質でもある。
「ほ、本気を出したらちゃんとできるもん」
「知ってるよ。まぁここは俺に……」
銀次が無造作に掴んだのはグレーの布切れ。脳が処理を終える数秒後に銀次はそれがブラジャーだと気づいた。
「す、すまん」
「にゃぁあああ、もっと可愛いのあるのにぃいいいいい」
しばらくすったもんだして、結局洗濯物は部屋の隅にまとめることにして話は落ち着いた。
再び横になったソラがジト目で銀次を睨みつける。
「はぁ、疲れちゃったな」
「これに関しては俺が悪い。つい、いつもの調子でな」
申し訳なさそうに正座で謝る銀次。思えば女子の部屋に入るのに配慮が足りなかったと今さらながらに猛省していた。そんな銀次を見て、ソラはニヘラと笑う。
「冗談だよ。恥ずかしかったのは本当だけど、別に銀次になら見られてもいいし……次はもっと可愛いのを配置しときます」
「いや、しまっとけよ」
「というか買ってもらうのもありかも?」
「言っとくけど男子高校生が下着売り場にいたら彼女がいても普通に変な目で見られるからな」
「まぁ、ボクも下着はいつもネットで買ってるし、今度一緒に選んでよ」
「勘弁してくれ……」
多少バタバタしたが、落ち着いた二人はいつものように話をして、しばらくするとソラが大きな欠伸をした。
「眠いんだろ」
「……眠くない」
そう言いながら、すでにソラの瞼は半分おりている。銀次はソラの額に手を当てた。
「熱も下がってるっぽいし、しっかり寝たら治るだろ」
「……銀次とお話ししたい」
ソラが伸ばした手を銀次は優しく掴む。
「また、明日でもできるさ。寝るまで見といてやるよ、おっと鍵どうするかな?」
「二階の靴箱の奥に鍵の予備があるから持って帰っていいよ」
「……やむを得ないか。明日返すぜ」
「うん……ゴメン、寝そう」
「おう、しっかり寝ろ」
ほどなくして寝息を立て始めたソラを見て銀次は立ち上がろうとするが手は握られたままだ。
多少揺するがソラは例え無意識でも離す気はないようだ。
「ったく」
苦笑した銀次は座り直し、結局ソラが数時間後にトイレに起きるまでベッドの脇にいたのだった。
次回の更新は多分月曜日です。
この作品が気に入ってくださったら、ブックマークと評価をしていただけたら励みになります
感想も嬉しいです。皆さんの反応がモチベーションなのでよろしくお願いします。




