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皮肉なすれ違い

 銀次が帰った髙城宅、ソラは自室にてぬいぐるみを抱えてゴロゴロしていた。


「んにゃあぁああああ、眠れない! 銀次に鬼IINEしたいっ! ……しないけど」


 二時間ほど前に『帰った。また明日』と銀次から連絡があり、お休みのやり取りを一時間ほどしたばかりなのだ。

 電話の一つでもしたいけど、いくらでも話をしたくなりそうなので必死で我慢していというわけである。


「だめだ。眠れない……ちょっと、描こうかな?」


 生徒会の業務をして頭を使ったはずだが、銀次とのキスのせいで熱っぽくて眠れず時計を見る。針は夜の11時を指していた。むくりと体を起こして、パジャマを脱ぐ。下着姿のまま二階に降りて、室内に干していたツナギを手に取った。足を入れてチャックを上げる。下着だけだと、少し肌にすれるがちょっと描くだけなら大丈夫だろう。一階は絵の保存の為に過度に熱くならないように温度が保たれているので、やや熱い程度だ。冷房をつけて、スケッチブックを取り出す。


「……こういう時は妄想全開だよね。スティームパンクっ!」


 モチーフは頭の中にある工場やら歯車を取り出す。気分転換なので、漫画的なスケッチにしよう。

 デスクスタンドを持ってきて、鉛筆をガリガリと走らせ始める。噛み合う歯車に時計塔、蒸気の質感。煤の舞う街。マスクを被り、外套を羽織った人々。

 描きながらも、銀次のことが頭でグルグルと回っている。明日のお弁当や次のデートのこと。大好きな絵を描きながら大好きな人のことを考える。それは、ソラにとってとても幸せな時間であった。


 一方、銀次は自宅のリビングに突っ伏していた。ソラと同じく眠れない様子。短パンにシャツで頭を抱える兄を見て弟の哲也は、ため息をついて麦茶を入れて前に置いた。


「……なんかあったの?」


「彼女が可愛すぎる」


「……」


 しばしの沈黙の後、大きくため息をついた哲也は無言でその場を後にしようと立ち上がるが。銀次に制止される。


「何?」


「いや……ちょっと質問なんだけどさ」


 麦茶を一気飲みした銀次が、真剣な表情で座り直す。


「ソラ先輩との惚気なら遠慮したいんだけど」


「違ぇよ。……もし、発想力があってバイタリティに溢れてた野心強めの上司と、その上司の仕事完璧にこなせる処理能力を持った部下がいたとする。この組み合わせどう思う?」


「……理想的なんじゃない?」


「上司と部下が逆の能力なら?」


「何その質問……まぁ、野心ある部下のことを上司が認めるなら上手くいくだろうね」


「だよなぁ。じゃあ、これが上司と部下じゃなくて同僚だったらどうなる?」


「協力すればいいんじゃない?」


「……ライバルで、優劣がつく場合なら? 片方は絶対に相手には負けたくないって具合だ」


「そりゃ……場合によっては、競合するかもね。もういい? 俺は寝るよ」


「あぁ、変なこと聞いて悪かったな」


 哲也が部屋に戻った後、居間で銀次はゴロリと横になった。ソラのことを生徒会の人間が知った時、銀次にはソラのことを周囲が知ったことによる嫉妬と、もう一つ疑問が浮かんでいた。

 それは、どうして愛華はソラを切り捨てたのかということ。ソラが優秀なら手元に置いておけばよかったのだ。生徒会の状況を見ればそれは明らかだろう。それをせず、無駄な仕事を与えて最後には切り捨てた。ソラは愛華の下でも満足できただろうに、愛華はそれを良しとしなかった。


「……皮肉なもんだな」


 ソラは愛華の下で満足して、愛華の方が優れていると本気で思っていた。

 しかし、愛華は違った。ソラのようになれない自分を認められずソラを切り捨てた……。

 銀次はそれを『皮肉』と表現した。もし二人が自分の得意な違う分野で助け合うような関係を持てていれば、今のようにはならなかった。『絵』という同じ土俵で向き合ってしまったからこそ起きてしまった不具合。


 ソラは愛華を支える立場で満足していたというのに、愛華はそれを受け入れられなかった。

 誰よりも、本人よりも、対等なライバルとしてソラを評価していたからこそ、ソラが同じ分野で見せつけた才能に恐怖し、自分から遠ざけた。自分を変えることができず、ソラを変えようとして男装までさせてソラを否定した。


 理想的な関係になれる未来もあったはずだが、こぼれた水は盆には戻せない。愛華はもう、ソラを敵視するしかなくなっている。生徒会でのことはすぐに広がるだろう。自分の優位が崩れた時、愛華がソラに対して最も恐れている『絵』に対してどのような行動にでるかわからない。少なくとも、愛華はソラの絵を破り捨て、絵を発表する場所をずっと奪っているのだから。


「俺が、幸せにしてやんなきゃな」


 天井に伸ばした手を見上げた。ソラの笑顔を守って見せる。


「っし、そうと決まれば。作戦考えるか」


 勢いをつけて起き上がると、ピロンとスマフォの通知が鳴る。画面を開けると、ドヤ顔でスケッチ持つソラの自撮りが映っていた。


『配管、めっちゃ描いた✧ド(*,,ÒㅅÓ,,)ャ✧』


 とコメントが添えられている。


『いかすじゃん。明日、実物を見せてくれよ。あと、疲れてんだから寝ろ』


 とコメントを返して、能天気な彼女にそれでいいと思いながら画面を閉じると欠伸して自室へと向かった。

次回更新は明後日です。頑張ります。


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[良い点] 本当にオッサンになると愛華嬢が 憐れでなりません。 天才と秀才の間にある壁か溝かの何か それに気付いたらもう愛華嬢は まともではいられなかったんでしょうね。 ソラちゃんもまた天才側であるか…
[良い点] 弟に惚気なかった銀次はえらいと思う。ソラだったら長時間惚気てたな。 [気になる点] ソラが銀次で頭いっぱいになってる時に、銀次はソラ以外のことを考えてるとは……。ソラが恋愛脳すぎるのか、銀…
[一言] そもそも愛華には芸術家としての才能があったのか?技術的な意味では勿論あるんだろうけど、センスの面では一般社会で優等生やってられる感性を持ってるから怪しい。芸術って確かな技術は土台でしか無くて…
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