銀次のものにしていいよ
生徒会を後にした二人は、自転車に乗って下校の路につく。
「今日はボクの家でご飯だよね?」
横乗りで銀次に抱き着きながら、ソラが銀次の背中に問いかける。
「……あぁ、なんか買っていくか?」
「ううん、大丈夫。宅配で食材が届いているから、家に直でいいよ……少し疲れちゃったし」
「わかった。しっかり掴まってろ」
いつもより少し暗い声、普段から一緒でないと気づけないほどの些細な声色の変化にソラは敏感に反応した。
「うん。銀次も疲れているの?」
「……いいや、ちょっとな」
あやふやな答えと共に、グンと加速して坂道を降りて行き、商店街の前を通り住宅街へ向かう。生徒会の仕事で遅くなったせいか空はすっかり夕方模様で茜色に染まっていた。名残惜しそうに銀次の背中から体を離すソラは自転車から降りた時に銀次の表情を見た。その表情は、学校で見せていたしてやったりといった顔ではなく、どこか憂いを含んだものだった。
「……」
「どうしたソラ?」
「やっぱり、疲れてる?」
「違うっての、ほら行くぞ」
手をヒラヒラと振った銀次が玄関の前に立つ。後ろからソラがカギを差し込み、ドアを開けると二人で二階へ向かう。靴を脱いで入ると、銀次が電気をつけて二人で洗面所で手を洗う。
「じゃーん、今日は鳥の胸肉で、チキンステーキにしようと思います」
冷蔵庫にしまってあった鶏肉を自慢げに持ち上げるソラを見て銀次は笑いながらピシャリと手を打った。
「いいじゃねぇか」
「メインはボクが料理するから、銀次は付け合わせお願いできる?」
「任せとけ。なんかあったかなぁ」
二人でならんで調理を始め、生徒会の業務など他愛もない話をしながらすぐに料理は完成した。
「皮目パリパリのチキンステーキと?」
「ブロッコリーのソテーとニンジンのグラッセだな」
ホカホカの白米と一緒に並ぶチキンステーキはステーキをナイフを入れるとパリッとした皮の後に肉汁が出る抜群の火の通りだった。
「すげぇな。鉄パンじゃないのにこんなにしっかり焼けんのか」
「油加減だと思うよ。むむ、調子に乗って大きいの焼いたけど、食べきれないかも」
「そんときゃ俺が食べるさ」
「じゃあ、先にどうぞ」
そう言って、ソラは切り分けた肉をフォークで銀次の口元まで運ぶ。
「先に食べるもんじゃないだろ?」
「いいからいいから」
「ったく」
あーんと一口食べて、銀次は口元を抑える。
「めちゃくちゃ旨い。ソースがいかすぜ」
「エヘヘ、実はお父さんのアカウント使ってお酒も買ったんだよね。やっぱソースはワインを使った方が絶対美味しいよね」
銀次の反応を見て、自分でも味を確かめるソラ。味は上々のようだ。時々ソラがチキンステーキを銀次に食べさせながら、二人で食事を終える。後片付けをした後、銀次が帰り支度をしようとすると、空が銀次の手を掴んだ。
「ん、どうした?」
「……やっぱり、気になるよ。帰り道で銀次、少し寂しそうな顔をしてたからさ。わけを教えて欲しいんだ」
恐々とソラは尋ねるが、言われた銀次は頬をポリポリと掻いて斜め上を見ている。
これは……照れてる? とソラは首を傾げる。
「まぁ、誤魔化せるとは思ってねぇよ」
「じゃあ、お話して」
そのまま銀次はソラと一緒にソファーに座り込む。ソラは銀次が話してくれるまで腕を離さないと抱き込んでいた。
「ったく……先に行っておくけど、完全に俺の理由だしカッコ悪いことだぞ」
「うん、全然いいよ」
右腕を抱きしめるソラと左に目を逸らす銀次。
「……独占したかったんだよ」
「……何を?」
腕を抱き込んだまま、よじ登るように銀次の肩に顎を乗せるソラ。鼻息がかかるほどの距離では銀次はそっぽを向く。ソラから見える銀次の耳は真っ赤だった。
「……ソラのことを男子だって思っていた時は、こいつの凄い所を皆に知ってもらおうと思ったし、今もそうすりゃいいと思ってたんだかが……なんつうか……付き合って、ソラが俺の彼女になって、それで周りに可愛いことが知れてよ、それで生徒会には仕事ができることを知らせたろ。そうしたらさ、俺だけが知っているソラがどんどん皆にも知られることに……嫉妬したんだよ。ソラのことは俺だけが知ってたのにってな。それでちょっと、モヤモヤしたってだけだ」
「……」
「なんか言えよ……ムグッ」
無言のソラにごうを煮やした銀次が振り向くと、その口を柔らかいもので塞がれる。
覆いかぶさるような情熱的なキス。たっぷりと十秒以上の接触を経てソラは銀次を解放する。ヘーゼルアイからこらえきれない感情が溢れるように涙が零れる。
「プハッ、わかるよ銀次。ボクもボクだけの銀次でいて欲しくて、部屋に閉じ込めて一生身の回りのお世話をしたいとか妄想するもん!」
「……俺はそこまでは思わないぞ」
冷や汗をタラリと流す銀次。明らかにソラのスイッチが入っていた。キスの痺れが体に残り、されるがままにソラに押し倒される。体のわりにある胸の感触も、熱い吐息も、髪から香る甘い匂いも、このままではどうにかなってしまいそうだと、必死に理性を働かせる。
「うぅ、銀次が可愛すぎる。そんなことを考えてたの? 嬉しい。いいよ、ボクを銀次だけのものにしてもいいよ」
「ちょ、落ち着けソラっ!」
そのまま体重を掛けようとしてくるソラを両手で押しとどめる。なんとか起き上がり座り直す銀次。
深呼吸して、動悸を落ち着ける。一方のソラは銀次を離さないと引っ付き虫のようにしがみついていた。
「はっ、思わず理性が飛んじゃった」
「その台詞を言っていいのは、離れてからだ」
ソラを引き剥がそうとする銀次だが、頑なに抵抗される。
「やだもん。銀次に独占されたい」
しばらく問答して、銀次はため息をつく。しかし、その表情は本当に困ったようではなく優し気な表情だった。引き剥がすのではなく、逆にソラを抱き寄せる。
「ソラは俺が悪いっていうけどよ。俺に言わせりゃ、ソラが可愛いのが悪いんだぜ。でも、ありがとな、おかげでモヤモヤも吹っ飛んだぜ」
「吹っ飛ばなくていいのに……」
「ハハッ、たまにはこういうのもいいかもな」
頭を撫でられて、たっぷり甘えたソラは銀次を離す。
「じゃあ、帰るから」
「えっ?」
「いや、えっ? じゃないだろ、そろそろいい時間だし。これ以上は心臓が持ちそうにないからな」
鞄を持とうとする銀次の手をソラが掴む。
「この状態のボクを置いて行くのは有罪かつ実刑だよ」
「いや、流石にこのままだと不味いだろ」
プクーと膨れたソラが、手を離し顎を上げる。
「じゃあ、銀次からキスしてくれたら執行猶予をつけます」
「……バーカ」
おでこに手を当てて、銀次が背をかがめてソラの唇に触れるようなキスをする。顔を真っ赤にして部屋を出て行ていく銀次を見送ったソラはそのままソファーに倒れ込む。
「……デヘヘ、眠れないよ」
茹蛸のように真っ赤になりながら、蕩け切った表情で唇を指先で触れながら、キスの感触を繰り返し思い出すのだった。
次回更新は一週間ほど先になりそうです。
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