有能な二人
渡された資料を持った二人は、隣の準備室へ入る。
「久しぶりだな……埃っぽい」
「掃除してなかったみたいだね。ここ換気最悪だから、定期的に掃除しないと埃っぽくなるんだよね」
机にドサドサと資料を置いて、資料室の鍵を閉めると慣れた様子で換気扇のスイッチを入れるソラ。
銀次もノートパソコンとプリンターの電源を適当につけることで準備を終わらせる。
「で、何をするんだ?」
「予算のチェックでしょ? 資料が揃っているなら、全部読んで結果との違いを見つければいいんだよ。なので、銀次には大切な役目があります」
ファイルを一冊手に持ったソラがズイッと銀次に身体を寄せる。
「なんだ? 打ち込みなら得意だぞ」
「チッチッチ、もっと大事な役目だよ。まずソファーに座ってください」
「……別にいいけどよ」
そういえばなんで鍵を閉めたんだとか考えながら、銀次がソファーに座るとソラが銀次の膝に乗って来る。
「お、おい、ソラ何してんだ!?」
「銀次はボクがスムーズに仕事できるように励まして」
体重を預けてくるソラに銀次はため息をつく。こうなったら下手に逆らうよりもいう通りにした方が実際に成果を上げるのがソラだと銀次はわからされていた。
「……ちゃんと仕事しろよ」
「もっちろん。やらいでかっ!」
ニコニコでソラがファイルを開いて、今年度分の生徒会業務の支出の欄と結果を読んでいく。
ずらりと並ぶ数字のページをわずか2.3秒で読んでめくっていく。数分で一冊のファイルを読み終わったソラは次のファイルに手を出す。
マジかよ。
と銀次は冷や汗をが出ていた。今となってはソラがしていることを理解できる。ソラは全ての資料をまず頭に入れてから違いを見つけようとしているのだ。見たものを写真のように記憶できる能力を持つソラだからできるインプット作業。それを目の前で実践しているのだ。
「……次」
集中したソラがファイルをめくっていく。持ってきた5冊のファイル10分足らずでめくり終え、提出された領収書と請求書を確かめ終えたソラは背伸びをして銀次を見上げた。ヘーゼルアイが揺らめている。
「全部覚えた。今から頭の中で全部のページの数字を確かめるから銀次は頭撫でて」
「……ほらよ」
ワシワシと頭皮をマッサージするように撫でられると猫の様に目を細める。
埃の舞う静かな部屋で目を閉じて頭の中で作業を進めるソラ。偶に撫でるように催促をしながらの30分後。ソラが目を開けた。
「終わった。全部直せたよ」
「お疲れ様。どう違うか教えてくれるか?」
「うん? 普通にこのまま生徒会の人達に直接伝えたらいいんじゃない?」
「嫌な予感がするんだよ。いいから俺にも教えろ」
首を捻ってわかっていない様子のソラに銀次は説明を促す。
ソラは銀次が言うのならとノートとペンを取り出してファイルを広げた。
「えーと、まずは、この文化祭用の費用なんだけど部活で必要な経費を纏める時に単純に部費とごっちゃになっている部分があるんだよ。えーとこれとこれとこれ、だからまとめた時に事前に用意された予算と違うんだよね」
ファイルの一行に印をつける。銀次が確認すると運動部でいくつか間違った提出があるようだ。
「これくらいなら、気づきそうなもんだけどな」
「だよね。これが部費と文化祭の経費の紙だよ、見れば違い何てわかるけどね」
ソラが示した資料を読むと銀次が眉を顰める。
「ん? これ、どれがどれに対応してるんだ」
「提出の紙の下二行がこっちのまとめの中の二行だね」
「行がずれてんのかよ。これは間違えるな」
「……そうなの?」
「ソラ、今まで押し付けられた雑務の中で資料の間違いがあったらどうしてた?」
「そのまま直して報告してたけど」
「……四季が頭を抱えるわけだ」
常人とはことなる記憶方法を持つソラには、行が違うから数字を勘違しやすいという感覚が理解できない。なにせ頭の中で数字を確認できるのだから。その結果、なぜ他の人が間違えるのかその過程がわからないのだ。二枚の資料の行が違えば対応する数字を間違えやすくなるという当然のことを説明しないままに、これまで結果を伝えてしまっていた。資料の引継ぎを受けた相手がソラのように作業できないことは自明であった。
「お前『も』悪い。俺に勉強を教える時は筋道立ててできているのに、どうしてこんなことになってんだか」
「いてっ、どういうこと?」
優しくソラの額にデコピンをした銀次がパソコンを立ち上げる。
「そこのプリンター読み込み機能あったよな」
「あるよ。どうするの?」
「どうして間違ったのか伝えて、次から同じ失敗がしないようにしないとまた仕事を押し付けられんだろ」
「なんか、銀次仕事ができる人みたい」
「母さんがソラと似たような一人でなんでもするタイプだからな、親父に頼まれてバイトでフォローしてんだよ」
読み込んだ資料の形式を変えて対応する資料の行と列を揃えて、色を付けることでわかりやすくした後に訂正箇所に印をつけていく。
「おぉ、凄いわかりやすいよ」
「ふっ、パソコン検定二級だからな」
「……やっぱり似合わない資格だね」
「めちゃくちゃ勉強したんだからな。いいから、他の部分を教えてくれ」
「えっと、間違いと言うか他校との交流会をするときに、反映ができていない請求書があるんだよね。多分何かの調整をしているんだと思うんだけど、これを表にいれてないから差額がでてるんだよね」
「四季が増やした仕事で把握できていない支出があんのか、後で調べるようにしないとな」
「その足りない分を愛華ちゃんが接待用のお茶代を使って当てているから、いつもの問屋さんからのお茶を買えてないってわけ」
「別の予算を当てたら全部グダグダになるだろうに。破綻するわけだ……ソラと同じようにできないことくらい理解してただろうにな」
銀次が適当な様式をファイルから抜き出して、マニュアルを作って加えていく。
何枚もの資料の間に計算や表を入れてようやくわかる作業をソラは全て頭でやっていたわけだ。常人には絶対にできないが、パソコンを使えば簡単に代用ができる。表計算ソフト使って、数字を入力するだけで別の業務と紐づけできるように銀次が業務を整えていく。
下校を知らせる17時のチャイムが鳴ると、準備室のドアが控えめにノックされた。ソラが鍵を開けると生徒会書記の大井と庶務の及川が立っていた。
「あー、一応申請しているから学内には残れるが今日中に終わりそうか?」
「……何か手伝えることがあれば手伝うけど?」
「え、えと、銀次っ、どうする?」
二人に話しかけられたソラは銀次の背中まで移動した。
そんなソラを押し出しながら銀次はノートパソコンを抱えたまま立ち上がった。
「間違いの指摘ならもう終わってるっす。引継ぎ用の資料を作ってました。今から説明する時間ありますか?」
銀次の言葉に大井と及川は顔を見合わせた。生徒会室へ戻ると一年組もまだ残っていたようだ。
大井はドカリと来賓用のソファーに座り及川は用意された丸椅子に座る。どうやら大井と並んで座りたくないようだ。
「じゃあ、何が間違えていたか教えてもらおうか」
「チラッ」
人前で話したくないと銀次を見るソラだが、銀次はソラから説明するように促す。
「『チラッ』じゃねぇよ。お前が説明しろ。手助けはするから」
「むぅ、銀次のケチ。……じゃあ説明しますね。まず、部費関係の間違いは文化祭の部の費用の申請と混ざっていたことが原因で――」
ソラがファイルを開いて次々と指摘していく。
「えっちょっと待ってくれ」「メモを取るから……」
及川や他の一年が寄ってきてメモを取り出そうとするが、ソラはどんどん指摘を進めていく。
「ここの数字とここの数字と、あとこのページって去年のままで増えた業務の分が反映されてないですね」
ほとんど確認せずにファイルをめくるソラの異常性を徐々に生徒会のメンバーはわかって来ると同時に青ざめていく。それはソラに頼り切っていた事実とこれを自分たちができるのかという不安が入り交じった表情だった。
「……」「えっ、全部覚えてるの?」「この短時間で?」
その後もソラがつらつらと間違いを指摘し、銀次がどうして間違えていたかを補足することで説明はすすんでいく。最後に予算の修正案をソラが説明したところで間違いの指摘は終えた。
ここまでくれば誰でも、いままでの愛華が増やした生徒会業務が回っていたのはソラによるものだったのだとわからされる。
「髙城さん、君は容姿だけではなく頭も良かったのか。及川達が呼び戻すように言っていた意味がわかった。是非これからも力を貸してもらいたい」
「髙城さんが一人で仕事をしていたのは私や一年生は知ってたから……でも、ここまでできるなんて思わなかった」
大井が目を輝かせ及川が俯く。その後ろで、吉田と室井の一年生コンビはソラの指摘を必死でまとめようとして諦めていた。吉田が口を開く。
「いや、こんなの無理ですよ。僕らにはできません」
「今言われたこともまとめることができなくて……」
二人の言葉を受けて銀次が深く頷く。
「いや、それが普通だと思うぜ。ソラのやり方をするのは無理だから、わかりやすいようにマニュアルを作ったぞ。むしろこっちの方が時間かかった」
銀次が印刷した資料とパソコンを机に置く。
「へっ、マニュアル?」
「とりあえず、今の様式に追加して同じ間違いが起きないようにパソコンで表をまとめたからこれ見ながら数字を入力すれば勝手に計算してくれるようにしたぞ。あと、同じミスをしないようにわかりやすくしたチェック表もあるから、多分大丈夫だろ。これ、とりあえず新しい業務を入力する時の注意とマニュアル」
次々と出される訂正済みの資料とマニュアルを受け取る一年生たち。
それをみてソラは誇らしげに銀次を腕を抱きしめる。
「銀次が頑張りましたっ」
「ソラがしたことをまとめただけだ。とりあえず、これで四季が増やした仕事の分は大丈夫だろ。フォルダに資料は入れてるから、これで本当に仕事は終わりだな」
「だね」
立ち上がる二人を大井が引き止める。
「待ってくれ、いやいや、君らがいればすごいということがわかったよ、是非生徒会に……」
「お断りします」
「そういうことなんで、行くぞソラ」
「わわ、待ってよ銀次」
引き止める言葉を意に返さず、退室する二人。生徒会の全員が呆然しながら二人が出て行った扉を見ていた。
廊下にでた銀次がソラの頭を乱暴に撫でる。その表情は悪人面だった。
「どうしたの?」
「これであいつらも、四季とソラ、どっちが本当に凄い人材かわかっただろうよ」
「実は銀次の方が向いている気がするけどね」
「バカ言うな。生徒会の仕事するくらいなら俺はソラの手助けをするね」
ボクの彼氏ってもしかして、めちゃくちゃ有能なのではと危機感を募らせるソラなのであった。
次回更新は一週間ほど先になりそうです。
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