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苦しい胸

 工場地帯から駅の方へ自転車が進んでいく。商店街を通り、住宅街に入ると辺りはシンと静かになる。


「ケツ痛くないか?」


「平気、足掛けもあるし」


 座布団を紐でグルグル巻いたサドルに腰かけてソラは返事をする。

 出る前に銀次が後輪に足を乗せるバーも追加したのだ。多少違和感はあるが、かなり快適にはなっていた。


「その三階建ての家だよ」


「ここか。モダンな家だな」


 ソラの家は鉄筋コンクリート造りの三階建ての家だった。無骨な作りだが、窓は多く設置されている。

 庭もほとんどなく、なんとか物置が一つあるのみ。まさに土地に家を置いたという感じだ。


「土地が狭いから三階建てにしたってだけ。じゃあ、ここで……」


「おうっ、また明日」


「……うん、また明日」


 ママチャリのスタンドを蹴って方向転換して帰ろうとした時。銀次の服をソラが掴む。


「ん? なんだ?」


「あ、あのさ。……言うか迷ったんだけどさ、さっき銀次が『今日は嫌な事があった』っていったじゃない?」


「ん~。あぁ、あれか。嫌な事あったんだから飯を食ってけみたいな」


「そう、それっ! その通りなんだけど、ちょっと違くて……今日は最悪の日だと思っていたけど、そうじゃなかったんだ……あれ、おかしいな? うまく言葉にできないや」


 言葉にすると零れてしまいそうで、喉で詰まって上手く形にできない。

 銀次がワシワシとソラの頭を乱暴に撫でる。


「チャーハン、旨かったか?」


「……うん、美味しかった」


「良かったな」


「うん良かった。本当に、今日は良かった。良かったんだよ銀次……ちゃんと、話せるようになったら……」


「わかった。十分だソラ、じゃあな」


 ゆっくりと商店街の方へ向かう自転車をソラは見えなくなるまで見送った。

 その後、ソラは鍵を開けて家に入る。

 複数のライトが設置された一階の作業部屋はほとんどが画材で埋まっている。学ランのボタンを外しながら、画材の間を通って階段を昇る。二階の部屋を開けて鞄と学ランをほおり投げるとソラはソファーにダイブした。


「ぐぇ……忘れてた……」


 倒れた時に胸が圧迫されて苦しい。ワイシャツのボタンを外すと、矯正用のタンクトップ型の下着を一思いに脱ぐ。大きいとは言えないまでも身長の割にはそれなりにある胸の膨らみがそこにあった。大きく伸びをして背筋を伸ばす。日中、膨らみを誤魔化す為に猫背にしているせいかパキパキと関節がなった。


「うーん。やっぱ、大きくなってる……気がする」


 部屋の姿見で確認すると、ワイシャツを押し上げる膨らみが記憶よりもやや大きい気がする。

 そういえば今日は二人乗りで()()をかなり銀次の背中に押し付けてしまった。その考えを頭を振って散らす。室内の冷蔵庫から牛乳を取り出してガラスコップに注いで一気飲みすると、多少は頭が冷えたようだ。


「愛華ちゃんから頼まれた残りは……文化祭のメインデザインと、叔父さんに渡す記念の絵か……絵の方はシャワー浴びる前にちょっと進めなきゃ……」


 眼鏡を外し、カチューシャで前髪を上げてツナギを取り出す。荒い生地で胸が擦れないように普通のブラを取り出して取り付けた。

 

 姿鏡に一人の少女が映っていた。


 汚れたツナギを着て一階に戻る。ペインティングナイフ、ブラシ、ローラと一見すると工具のような道具が傍に並べられたキャンパスに向かう。


「普通に書いても間に合わないから、ウェットで直書きかな。油絵は完成までの変化が好きなんだけど……愛華ちゃん風にするなら、こんな感じ?」


 軽快に手を動かしながら、その脳裏には今日の出来事がグルグルと回っている。

 そして少女は思うのだ。今日初めて自分の世界に入って来た銀次のことを、もっと知りたいと、もっとボクのことを知ってもらいたいと。ライトの下で絵を描く彼女は、一人ならば声に出して言うことができた。


「銀次、ありがとう……嬉しかった。今度は君のことが知りたいな……」


 いつか、ちゃんと本人に言えるように少女は練習をする。

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奴隷に鍛えられる異世界生活

― 新着の感想 ―
[一言] なんでこんな生活してるのか? 銀次君が活躍して助けてくれるんだろな。 続きに期待大です!
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