生徒会への誘い
昼休みが終わり、お重をロッカーに片付けた二人が廊下を歩いていると何やら騒がしい。教室前には人だかりができていた。
「なんだ?」
「見慣れた光景じゃない? 愛華ちゃんが来たんでしょ。でも、普段見ない人もいるかも……あれ? なんかこっちを見ているような……」
「いやこれ、お前を見に来ているんじゃないか? もしくはソラと付き合ってる俺を見に来たのかもな……」
人を避けて昼飯を食べたのは正解だったと銀次は考えるが、予想以上に増えた人だかりにソラはうんざりしていた。妙にきっちりと整列している人ごみは、ソラが近づくと通路を遮ることなく道を空けた。
「な、なんでさ! 絶対おかしいよ! というか怖いよ! 何で休みも終わるのに増えてるのさ」
「まぁ、ソラは可愛いからな」
「うぅ、銀次に言ってもらえるのは嬉しいけど。人が来るのは嬉しくない」
「しばらく我慢すりゃ、飽きられるだろ」
ソラが教室へ近づくと、注目が集まり喧噪が静かになる。
視線を無視して二人が教室に入ると、中は異様な外よりも異様な雰囲気だった。教室の中心にいるのは愛華であり、澪が傍に立っている。十人ほどの取り巻きがいつものように愛華のことを褒めたたえている。その中には男子の姿もあった。
銀次が自分の席に座り、ソラも周囲を警戒しながら横の席から椅子を借りて座る。授業まではあと少し時間があるようだ。ソラは懐からメモ帳を取りだして、鉛筆で適当に頭に浮かんだ情景をスケッチし始める。銀次は欠伸をしながら、ソラの絵を見ていた。
「上手いもんだな」
そこには、この前行った雑貨屋の棚と棚の間の通路が描かれていた。白黒で描かれるとどこか異国のワンシーンのようだ。
「写真もいいけど、絵もいいでしょ」
「あぁ、あの怪しげな雰囲気はこっちのが方がわかりやすい。不思議なもんだな」
これまでは決して人前で絵を描かなかったソラが、楽し気に絵を描いてそれを銀次に見せる。
静かな教室で、ノートを覗き込む二人に割って入る影が一つ。愛華の近くにいた男子生徒だった。
「ちょっといいかな?」
「俺に用か? それともソラか?」
「髙城さんにちょっと頼みたいことがあって」
一年の他クラスの男子のようだ。銀次に記憶は無いが、ソラは覚えているようだ。
「確か、C組の室井君だよね」
「知ってるのか。えと……髙城さん。今日、生徒会室に来てくれないか?」
「……雑務に関しては、もう手伝わないって言っているけど」
銀次の背中に移動しながらソラが答えると、室井は首を横に振った。
「あぁ……そう聞いている。けれど、どうしても足りない資料や引継ぎをしてもらいたいことがあって、それだけでも教えてくれないかな? 正直このままじゃあ、夏休みの他校との交流や文化祭が困るんだ」
「それはソラの責任じゃないだろ。第一、役員でもない一年の生徒が抜けて困っているそっちの体制に問題があると思うぜ。というかそもそも、お前生徒会に入ってんのか?」
「俺は手伝いだよ。役員には二年からなる予定というか……一年で役員は四季さんだけだから……」
銀次がジロリと睨む。元が悪人顔の為にそこそこ迫力があり室井はたじろぐが、チラリと後ろのソラを見てもう一度頭を下げる。
「言っていることについてはわかってる。だけど、これには理由があるんだよ。生徒会長に頼まれててさぁ、この通り」
頭を下げる室井にソラは顎に手を当てて、考え込んでいたが。一度深く頷いて手をTの字に組み合わせる。
「タイム」
そう言って、銀次を連れて教室の隅へ移動した。
「ねぇ、銀次。行ってみてもいいかな」
「行く必要はねぇと思うけどな。また雑用を押し付けられるだけだぜ」
二人で顔を合わせて話していると廊下からのザワつきが大きくなるが、気にする二人ではない。
「今ならちゃんと断れるから大丈夫。それよりも、何がどうなっているのかが気になるよ。僕の仕事って雑務や依頼されたデザインの絵を描いていただけだし、愛華ちゃんならヘルプだって何人も呼べるだろうし、僕がいなくなったからってそんなに困らないと思うんだよね」
一瞬銀次はソラが言っていることがわからなくなったが、すぐに考え直す。
そういえばこいつ、異様に自己評価が低いんだった。
最近の様子を見て忘れていたが、どうにもしていることと自身の評価が噛み合わないのがソラである。この際、ソラがどれだけできるのかわかってもらって、自信をつけてもらおうと銀次は頭の中で計算を立てた。
「わかった。確かにソラが抜けた生徒会が、どう困っているのかみるのも一興だな。前はソラが一人で行ったけど、今回は俺もついていくからな」
「……悪い顔してる」
「元からこんな顔なんだよ」
振り返った。銀次はドカリと椅子に座り直す。ソラは立ったまま、銀次の後ろから室井に答えた。
「行くのはわかったよ。でも、銀次にも来てもらうからね」
「助かるっ! ……というか本当に……その、二人は付き合ってるのか?」
「そ、そうだよ。急になにさ?」
「なんか問題あるか?」
「いや、その、わかった。じゃあ、放課後よろしくな」
逃げるように教室を出る。室井の背中を見て銀次とソラは顔を見合わせる。
「なんだったんだ?」
「ボクが彼女でいいんだよね、ねっ銀次?」
「なんで不安そうにしてんだよ。俺達はちゃんと付き合ってるだろ」
「……エヘヘ」
銀次の返答に安心したソラがふにゃりと笑うと、廊下からため息が漏れて、人だかりが解散していく。どうやら満足したようだ。何人かは入部届のような紙を持って走りだしていたが、二人がそのことを気にする様子はない。
そして、二人の交際宣言を直接聞いた愛華は苛立たし気に髪をかき上げていたのだった。
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