ご褒美なににしようかな?
朝の衝撃は、SNSを通じて学内に広まった。しかも以前ソラがショップの店員に撮影してもらったワンピース姿の画像付きで広まる。学年で満点一位を取った注目株が交際をしているという年頃の男女にとって垂涎の話題は、時間と共に大きな波となって昼休み前には学園中の注目をさらうことになる。
そして、その話題の二人はというと学校の外にある自転車置き場脇に隠れていた。
「……で、なんで隠れてんだよ」
「だって、知らない人が見てくるんだもん」
一度は収まったソラへの突撃が再燃する流れを敏感に感じ取ったソラは昼休みのチャイムと同時にお重と銀次を掴んでダッシュ、部室棟周りにも人がいることを確認し人気の無いこの場所でお重を広げることになった。石段にハンカチを敷いて座るソラと胡坐をかく銀次。
「しっかし、よくこんな場所知ってたな」
グランドと野球部が使う外の部室の間の通路であるこの場所は、昼休みは通る人がほとんどおらず、稀に昼のグランドの準備に人が数人来る程度だった。なによりも日陰で風の通りがよく涼しい。
「ボッチだったからね。生徒会準備室が使えない時とか、男装のせいでトイレご飯もできないし、一人になりたいときはここを使ってたんだ。まさか、また利用するハメになるとは……」
「いいじゃねぇか。秘密の場所ってのはいくつあってもいいもんだ」
「さっすが銀次わかってるね。さ、お弁当を食べようよ。今日は玉子スペシャルだよ」
手際よく開けられるお重は一段目はチキンライスで二段目はサラダのようだ。三段目はオムレツが二つ敷かれている。
「これを、こうして……」
「おい、まさか……」
銀次は何かを察する。ソラは保冷バックから紙皿と入れ物を取り出しチキンライスを盛り付けた後にオムレツとパセリを乗せ、神妙な顔で個包装されたケチャップを掲げた。
「やっぱ恋人といったらこれでしょ!」
紙皿に乗せたオムレツにハートを複数書いて。ムフーと鼻息を吐いて銀次に差し出した。
画力が高い為に、かなり綺麗な仕上がりとなっている。
「ありそうでないようなことをされた気分だぜ。現実に自分がこれを受ける日が来るとは……」
「嬉しくなかった?」
「めちゃくちゃ嬉しい。ソラのは俺が描いてやるよ」
「わーい」
銀次が真剣にハートを描くが、歪な形となる。しかし、ソラは嬉しくて仕方無いと言うようにオムライスを観察して、二つ並んだオムライスをスマフォで撮影した。
「撮るなよ。ソラみたいに上手く行かないな」
「それがいいんだよ。ありがと銀次。これなら二人で思い出を見直せるもんね」
一人ならば記憶するだけでいいけど、二人で思い出す為に画像に残す。後で銀次とオムライスの画像を一緒にみることを想像してソラはニマニマしてしまう。
渡されたスプーンを持って、銀次が大口でオムレツとチキンライスを頬張る。ピーマン、玉ねぎ、マッシュルーム、鶏肉と具材が盛りだくさんでバターをしっかりと聞かせた強い味は紛れもなく銀次好みだった。
「旨い」
「サラダも食べなきゃだめだよ」
ドレッシングをかけたサラダを銀次に渡すソラ。
「もちろんだ。ソラの飯を残すわけないだろ」
ややぶっきらぼうな返答に笑顔を深めて、自分のオムライスを食べるソラ。
「ケチャップ、ちょっと甘いかも?」
「そうか、ちょうどいいぞ」
「ううん、甘いよ。あっ、銀次口元にケチャップついてるよ」
「うん? どこだ?」
「とったげる」
細い指が頬を撫でる。そのままソラは指を咥える。
「おまっ!?」
「こ、こういうのが恋人っぽいと……ネットで見た」
恥ずかしいのか目を閉じて、指を咥えたままのソラ。精一杯のアピールは、デートを中断してしまったことへのリベンジだったりするのだが、銀次はそんなことを知る由もない。ただ、彼女が可愛すぎてどうすればいいかわからない。
「学校ではしなくていいぞ。……見られたら恥ずかしいからな」
「わかった。エヘヘ、銀次照れてる」
「……バーカ。照れるに決まってるだろ」
横目で見る銀次は頬を染めており、それなりに効果があったとソラは満足げに指を拭いた。
食事は続き、銀次はチキンライスをおかわりしてソラは自分の分を食べ終わったようだ。
「そういえば、四季の奴は今日学校に来てないな」
「そうだね。昼から来るんじゃない? 今日は学生会があるだろうし」
愛華のことを話すソラにはかつての苦手意識を感じない。ソラ自身が強くなっていることを感じた銀次は、いっきにチキンライスをかきこんだ。
「ごっそさん。今日も旨かった。さて、折角だしこれからのことを話そうぜ」
「ん、久しぶりな感じがするね。ボクとしては銀次が傍にいてくれるならそれ以上はないけど」
お重をかたずけながらソラは返す。銀次は腕を組んで石段を降りて空に向き直る。
「そんなこと大前提だ。俺が言いたいのは、今ならソラの好きなように絵を描いて、皆に見てもらえるだろ?」
「……そうだね。愛華ちゃんの絵じゃなくてボク自身の絵か……うん、怖いけど。今なら描けるよ」
「四季にやり返すってわけじゃない。ソラ自身が幸せにになるために、今までの自分を見返してやれ」
笑う銀次を見ていると、何だってできそうになる。
「うん、今までは成果も失敗も全部愛華ちゃんのものだった。ボク自身の成功も失敗もボクの……僕らのものにできるんだよね。それって怖いけど、楽しみだよ」
「うっし、今ならお前が凄い奴だって皆知ってるしな。ソラの好きなように絵を描いていいんだ」
「アハハ、別にボクなんて凄くないよ。凄いのは……銀次なんだけどね。それと銀次、大事なこと忘れてない?」
「大事なこと? なんだ?」
お重をふろしきで包んだソラは、石段から降りてジト目で銀次を睨みつける。
「夏休み前の期末テスト。当然、僕は一位を狙うけど、銀次も十位以内目指してくれるよね? というかとってもらうからね。今日から勉強だよ」
「……いや、俺は別にそんな好成績目指してないぞ」
完全に忘れていた銀次は前回の猛勉強を思い出して冷や汗を掻く。
「ダメだよ。それとも、ボクを一人にするつもり? それじゃあ、ボクは頑張れないなー」
「ッチ、そんな言い方されたら頑張らないわけにはいかないか。いいぜ、俺も男だ。ソラが頑張るってんなら、全力でやってやんよ」
「エヘヘ、ボクの彼氏はかっこいいなー。もし、一位になったらご褒美くれる?」
「ご褒美? いいぞ。俺にできることならなんでもこいだ」
「あっ、今の録音したから」
冗談ではなく、ガチでスマフォを操作していた。
「おい……証拠とるほどか?」
「うん、覚悟しててよね。銀次が十位以内になったらご褒美上げるね」
「ソラがいてくれるならそれが褒美だけどな」
「そこは、こう、凄いことすればいいんだよっ!」
騒がしく今後のことを話す二人から離れた坂道の下で高級車が止まる。スマフォを睨みつけていた愛華が車から降りて、学校を睨みつける。
「ソラの分際で……私から注目を奪うなんて……」
強く握った指が白む。その顔はメイクで隠しているものの、はっきりと隈が浮かんでいた。
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