衝撃……走る!!
眠ったソラが起きて、その日のデートは終わることになった。玄関まで見送るソラはまだ少し眠そうだ。
「ふぁ……気をつけてね。また、明日」
「そっちこそ、疲れてんのは事実なんだから、知恵熱で学校休まないように気をつけろよ」
「あい、また明日……」
半分寝ているソラに苦笑して銀次が背を向ける。柔らかな感触。ソラが銀次の背中に抱き着いていた。
「ソラ?」
「あと、10秒。そしたら、今日は我慢できる」
たっぷり20秒は銀次を抱きしめたソラは銀次を解放する。振り返った銀次が頭を撫でで、銀次が自転車に乗り見えなくなるまでソラは見送った。
「寝る……前に、ケアしなきゃ」
昼間のダメージからくる疲労も銀次の為ならなんとやら、可愛いは一日にしてならず。鏡を取り出しナイトクリームとリップクリームをぬりぬり。
塗り終わった後に、クリームのケースをジーッと見つめる。それは、愛華の為にソラが選んだものだった。ソラと同じく肌が弱い愛華は、刺激の少ないものでないと受け付けない。
「愛華ちゃん。ちゃんとケアしてるかなぁ。まっ、リストは知っているだろうし。やってるよね」
この辺で限界が着てしまい。寝る前に牛乳をコップ一杯飲んでソラはベッドにダイブした。
翌朝。
いつもの、待ち合わせ場所に銀次が自転車で向かうと、今日も今日とてお重を持ったソラが待っている。すぐに銀次に気づいたようで、ブンブンと腕を振る姿に銀次は足を速めた。
「あいつ、ちゃんと寝たんだろうな?」
お重の迫力に圧倒されながら銀次は苦笑する。俺の彼女が可愛すぎると思ってしまうのは惚気すぎか。
「おはよう銀次」
「おはようソラ、髪型変えたか?」
近寄ったソラは、ショートの髪の先が外にハネていた。いつもはまっすぐなのだが、ちょっと違うだけで印象は随分違う。女子っぽさが増しているように銀次は感じた。
「……寝ぐせ。時間が無くて、しょうがないからハネた髪に合わせてセットしたんだ」
目線をそらして、恥ずかしそうに前髪を触るソラ。
「ハッハッハ、よく寝たならよかったぜ。可愛いと思うぞ」
「うぅ、せっかくお付き合いして初めての登校なのに……」
拗ねるソラのの肩をポンポンと叩いて、お重を受け取ってカゴに入れる。そうして二人は歩き始める。
「そういえば、連絡きたんだけど、そろそろスマフォのカバーできそうだよ」
「おっ、楽しみだな。おそろいって奴だな」
「エヘヘ、だよね」
いつもの同じようで、どこか違う少しくすぐったい雰囲気。何よりもソラの表情が目に見えて柔らかくなっている。ありのままの自分を受け止めてくれる、でもそれじゃあ物足りない。もっと好きになってもらいたい。もっと、一緒にいたい。もっと、『私』を知って欲しい。それは強くとも、穏やかで芯の通った感情。その芯はソラを強く支え、魅力の一端として少女の存在感を溢れさせる。もっとも、本人は一切の自覚がないのは、浮かれているからかもしれない。
「いい眼だな」
銀次はそれを端的に表現した。
「……視力はいいと思うよ?」
「知ってるよ」
?マークを浮かべて首を捻るソラとカラカラと笑う銀次の二人が学校前の坂に到着する。
一気に周囲の生徒の数が増える。周囲の視線が二人、主にソラに集まるがやはり悪感情は減っているようだと銀次は感じた。
「今日は、生徒会の挨拶はしていないみたいだね」
「ああいう活動は一週間単位だからな。久しぶりに挨拶やってみっか」
「やらいでかっ。以前のボクとは一味違うと言うことを見せてあげよう」
「へぇ、いいじゃねぇか」
自信満々に胸を張るソラ。実際、人見知りはするもののクラスの男子にはそれなりに慣れているし、注目されることも苦にはならない。銀次と付き合ったことで絶好調という心持ちである。
自転車を置いて、校門に戻る。見知った顔を見つけたら元気に挨拶しようとソラが構えていると。
予想外の方向から声が掛けられた。
「あっ、髙城さんだー。おはよー」
「えっ、あ、ほんとだー。かわいー、髪型変えたっ!」
日曜のデートで出会った三年の女子二人が、ソラを見つけて寄って来たのだ。
「……」
無言で銀次の後ろに移動するソラ。
「以前と違うってのはどうした?」
「慣れない人は無理」
銀次の背中からシャツを掴んで目線を逸らすソラだが、銀次は容赦なく引き剥がす。
「甘えるな。折角先輩方が挨拶してくれてんだぞ。おはようございます」
「うぅ、おはようございます」
ソラが現れて挨拶すると、二人は黄色い声を上げて寄って来た。
「おはよー。髙城ちゃん。えっ、抱きしめていい?」
「ダメです」
シュバっと銀次に隠れるソラを見て二人は顔を見合わせる。
「アハハ、今日も『彼氏』君とべったりだね。羨ましいー。私も髙城ちゃんに隠れてもらいたい」
「だよねー。昨日も二人で『デート』してたもんね」
ザワリ。周囲の時が止まる。歩いていた生徒が足を止め、自転車置き場、昇降口のあたり、二階、様々な場所から盛大に何かが倒れる音がした。
「か、彼女ですから……」
照れているソラは一杯一杯だが、銀次は周囲の異様な雰囲気を感じ冷や汗を掻いた。
数秒後、時は動き出す。先輩二人も周囲を見渡して困惑していた。
「え、えと。何これ?」
「あーわかった。多分、皆、髙城ちゃんが付き合ったこと……」
次の瞬間。ガシッと三年女子と思わしき(スカーフの色でわかる)複数の影が二人を風のように攫った。
「きゃ、何?」
「凄い力……なんで皆、缶コーヒー持ってるの?」
とか言いながら物陰に連れて行かれる。そして、残された銀次の前にいつも挨拶をする斎藤、同クラスの田中が脂ぎった笑みを浮かべて近づいて来た。
「あっ、おはよー。斎藤君、田中君」
「おう、おはよう髙城……そして銀次もな」
「髙城さんおはよう。あと銀次ぃぃぃもな……」
「どっから出てきたんだお前等……」
見える位置にいればソラが見つけるはず。急に現れた友人二名に後ずさる銀次。
「銀次、少し話をしようか。何、安心しろ。俺達は『現状』が知りたいだけだ。必要な事なんでな」
「わかってる、わかってる、俺達は見守ることに決めた。だがぁ、ダチの幸せは祝福しないとなぁ」
夏シャツをパツンパツンにするほどに筋肉を隆起させる斎藤と、ヤンキー顔負けのガンをつけてくる田中。その手には缶コーヒーが握られていた。
「聞いてたのか。誤魔化す気はねぇよ……ソラと付き合うことになった」
「う、うん。お付き合いしてますっ!」
胸を張り銀次は応える。ソラは嬉しくてそっと銀次の小指と薬指を掴んだ。その赤らめた表情を見て、斎藤の筋肉は隆起を収め、田中は空を見上げる。
「……それなら言うことはない。良かったな二人共。これからも応援してるぜ」
「銀次の口から聞けてよかった。おめでとう髙城さん」
そうして、二人は自転車置き場の方へ歩き角を回り見えなくなる。
「しゅ、祝福してくれたのかな?」
「……てっきり、ノリで殴られるくらいの冗談はしてくると思ったがな。拍子抜けだぜ」
毒気を抜かれた表情で銀次は息を吐く。時間を確認するとまだ余裕はあったが、挨拶をするには微妙だ。二人は教室へ向かうことにした。
ちなみに、二人の視界から消えたは斎藤と田中はというと。
「だれか、二人の戦士に苦いものを! なんてことだ燃え尽きている!」
「メディーック! 朝担当の同志達の被害が甚大。校内のコーヒーでは対応できない!」
壁にもたれかかるように真っ白になって膝をつく二人を始め他多数の生徒が行動不能になり、ホームルームを遅刻する生徒が数名いたという。教師が提出を命じた反省文には『尊い』と書いて再提出を命じられたとか意外と通ったとか。そんなあやふや噂が流れたことを銀次とソラは知る由もない。
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