甘やかしたがり
少し落ち着いた銀次は、自身の空腹に気づく。腕時計を確認すると時計の針は12時を回っていた。
「腹へったな。どっか並ぶか? って急に人が増えてきたな」
二人がいるフードコートは人気の場所らしく、元々多かった人が急に密度を増していた。
「……」
幸いここはフードコートで大概の物ならあると銀次は思ったのだが、ソラからの返答はない。
横を見ると、ホッペを膨らませて何かを我慢しているような表情でプルプルと震えている。
「ソラ?」
「……酔った」
「は?」
数分後。赤かった顔を青白くしたソラが銀次の腕に寄りかかるように外に出ていた。
「大丈夫かソラ? 俺も配慮がなかったな」
「いや、まさかボクもこうなるとは思わなくて……うぅ、折角のデートなのに……ゴメンね」
どうやらソラは人ごみに酔ってしまったようだった。普段から人見知りで引きこもって絵を描いている生活を続けていることに加え、人の流れや音を記憶し続けるソラとってショッピングモールはやや情報過多で処理能力がパンクしてしまったのだ。通常ならば大丈夫だが、銀次とのデートが楽しすぎて気合をいれすぎたことも原因だろう。自覚無しに溜まっていたストレスが昼時の喧噪で表に出てきてしまった。
「謝るなって、ほら、帰るまでがデートだぞ」
「うん、ってなんかそれ遠足みたい」
力なく笑うソラを見ながら銀次は内心は自分を殴りたい気分だった。
ソラの記憶力が諸刃の刃のようにリスクを持つことは承知していたつもりだったが、気が回らなかったと歯噛みする。しかし、そんな様子を少しでも出せばソラはすぐに気づいて自分を責めるだろう。それだけは避けたかった。とにかく、今はソラを家まで送っていくのが最優先だ。
幸い丁度に出発する電車に乗ることができ、座ってしまえば休憩できる。
「落ち着いたか?」
「うん、大分楽になった」
スポーツドリンクをチビチビ飲んで、銀次に持たれるソラ。血色は大分良くなったようだ。
駅につくと、自転車を取り出し二人乗りでソラの家に向かう。
「無理すんなよ。タクシー呼ぶか?」
「大丈夫だから」
横乗りで銀次に抱き着くソラは、やってしまったという後悔で泣きそうだった。
今日は彼女として頑張るつもりだったのに空回りばっかり。ショッピングモールでは良い雰囲気だったのに自分で台無しにしてしまった。どんよりと黒いオーラを纏いながらそれでも銀次の背中が心地よくて申し訳なくなってしまう。
「ついたぞ」
「ふぇ、もうついちゃったの?」
「普段より大分ゆっくりだったけどな。っと」
自転車から降りてふらつくソラを銀次が支える。
「今日は、ゆっくり休まないとな」
銀次の言葉を聞いてソラはズーンと心が重くなる。本当はもっと色々考えていたのだ。
それが中途半端なままに終わって、そして家に帰ると一人になってしまう。
「……うん、でも、もっと一緒にいたかったな」
「何言ってんだ? ほら」
銀次がソラの手を引く。急かされるままにソラは家の鍵を開けた。
「えと、銀次?」
「調子の悪そうな彼女をほおって帰れるかよ。今日は俺の『甘やかしたがり』だ」
「え?」
ニカっと笑って、ソラの家に入る銀次。慣れた様子で居間のソファーにソラを座らせると、冷蔵庫からお茶を取り出してくる。
「汗かいたからな。しっかり水を飲んで、シャワーでも浴びてこい。俺が夕飯作ってやるよ」
コップから冷たい麦茶を飲んでソラは一息をつく。自分も料理を手伝おうとするが、今は白いワンピースだし、汗を掻いているのも事実だ。
「……うん、待ってて」
頬が緩むのが止められない。三階の自室から着替えを持ってきて、二階の浴室へ入る。脱衣所に置かれている洗濯機を前にワンピースを脱いで慎重に処理をしてネットにワンピースを入れると、弱水流に設定した。ぬるめのシャワーを浴びると頭もさっぱりして、すっかり調子もよくなる。ゆったりめの下着にシャツと短パンに着替えて、スキンケアもそこそこに洗濯機で回っているワンピースに手を合わせる。
「次はリベンジよろしくね」
そう言ってリビングに向かうとすでに良い匂いがしていた。
「手伝うよ銀次」
「無理しなくていいぞ」
「すっかり元気だから。ありがとね」
「……いいや、元気じゃない」
銀次が横目でソラを見る。ソラは元気だとアピールしようとするが、その目線から銀次の意図を読み取る。キュピーンと電灯が頭上で灯った。
「えっと、ソウダネー、マダチョット、ゲンキナイカナー」
「ハハッ、そうだな。そうしとけ」
棒読みのまま、キッチンを見渡す。
コンロにはスープが温められており、銀次は豆腐を切っていた。
「何の料理?」
「にゅう麺、腹に優しい奴にした」
具材は冷凍のソラマメと卵。準備からさっするに最後に卵をいれてかきたまのようにするようだ。
食欲があまりない今のソラでも食べられるように銀次の工夫だろう。夏場とは少し暖かいものの方がお腹にはよい。ソラはリビングに戻って買い物袋から銀次の食器を取り出す。
「これ洗ってさっそく使おうよ」
「おっと、そうだな。それがいい」
食器を一度洗って、使えるようにして二人で調理を進める。
二人で協力して雪平鍋で作ったかきたまをどんぶりに盛られているにゅう麺にかけて、三つ葉が無かったので冷凍の枝豆を数粒置いて飾り付ける。
「美味しそう……」
「上手くできたな」
買ったばかりの箸で銀次がにゅう麺を食べるのをソラは嬉しそうに横目で見ながら、銀次より小さいどんぶりから麺をすすった。その後は二人で洗い物をした。
新しい食器を乾燥機ではなく、布巾で拭いて乾かしたソラは嬉しそうに食器棚の手に取りやすい位置へ銀次の食器を並べた。
「これ、箸入れ。銀次のお箸はここね。コップはここ」
「おう、って箸入れ手作りか……」
「木材が結構余ってるからDIYしてたんだよね」
片付けを終えた二人はソファーに座る。そっと銀次の腕を抱いたソラは頭をグリグリと銀次にすりつける。
「元気になったか?」
「まだです。お話すれば元気になるかもしれません」
銀次の二の腕に顎を乗せたソラの頭を銀次は撫でる。
「俺も汗かいてるから、あんま引っ付くと臭いぞ。そっちは折角シャワーあびたんだからな」
「臭くないもん。お風呂ならまた入ればいいし。銀次もシャワー浴びてく?」
「いや、流石にそれは緊張するぞ」
「服とか持って来ればいいじゃん、ベッド買う? 寝具揃える?」
「よし、一旦落ち着け」
冗談かと流そうとしたがソラの目がマジだったのでブレーキをかける。
「……なんだろう。今まで自分のパーソナルスペースに他の物が入るの凄い抵抗があったけど、銀次のだったらむしろどんどん増やしたくなる。……新しい扉が開きました。責任取って」
ソラの新しい扉が開かれた。
「まぁ、俺も自分の使う物の中にソラが使う物があっても嬉しい感じはあるな。今日の食器の店もバイト代が入ったらまた行ってみるか」
「うん、次はちゃんと人酔いに気を付けるから大丈夫。今日はごめんね」
ソラが謝ると、銀次から優しくデコピンが飛んできた。
「イテッ」
「俺も配慮が足らないって言ったろ、謝るなんて甘やかしが足りないな」
そのまま銀次が自分の膝にソラの頭のせて膝枕の態勢になる。
「……逆じゃない?」
「たまにはいいだろ? 疲れただろ、少し寝ていいぞ。膝が固かったら枕もってこい。傍にはいるから」
「エヘヘ、これがいい……ありがと銀次。今日は残念な所もあったけど、楽しかった」
「俺も楽しかったぜ」
数分後には穏やかな寝息が部屋に流れ始め銀次は、ソラが起きるまで優しく髪を撫で続けた。
次回更新は一週間ほど先になりそうです。イチャラブしつつ、物語も進めたいと思います。
追記:200万PV言ってましたありがとうございます!!
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