ドキドキしてくれたら嬉しいな
少し目を赤くしたソラがメイクを直したいと言ったので近くの喫茶店に入る。和菓子がメインのお店らしく二人分の抹茶ケーキセットを頼んで銀次は座って待っていた。
「女子ってのは大変だなぁ」
銀次からしてみれば別に変わっていないよう見えるのだが、ソラにとっては付き合ってから初めてのデートということもありちゃんとしたいらしい。冷たい緑茶を飲みながら外の景色を見ながらのんびりと待つ。
一方、トイレのソラは顔を洗ってメイクを簡単に直していた。元々、汗をかくことを考えて薄目のナチュラルメイクなので、クリームを塗ってリップを塗り直す程度だ。どちらかと、泣いてしまったことが恥ずかしくて仕切り直したかったという意味合いの方が強い。
「……うぅ、嬉しくて泣いちゃった。銀次がかっこいいから悪いんだ」
ニマニマと鏡の前で頬に手を当てるソラは先程の銀次を思い出していた。付き合ってから初めてのデートは嬉しいことがいっぱいだ。今日のこともきっと大事な思い出になる。今日のことを思い返しながら髪の毛を整えていると、あることに思い当たる。
「あれ? 今日は銀次に彼女として意識させるはずでは?」
老師が言うには、銀次はこれからモテる可能性があるらしい。だからこそ今日は気合を入れてワンピースを着て哲也に挨拶をして、お気に入りのお店に行って……。オタク感バリバリでお店を紹介した後、なんか泣き出しちゃって……。
「や、やばいよやばいよ!」
鏡の前で顔を青くする。銀次に甘えてばっかりで彼女らしいことを全然できてないのでは? 脳内でポワンという擬音と共に雲に乗って付け髭をした老師が出てくる。
『別にそれでいいんじゃね?』
老師まさかのOKサイン。
「ダメだよ老師っ! ちゃんと彼女っぽくしないとっ!」
老師を振り払い気合を入れ直す。初デートなんだからボクだって銀次に何かしてあげないと。
気合を入れ直して鏡に向き直るソラなのだった。そして、髪の毛を整えてトイレを出て席に向かうと、銀次がこちらを見つけて手を振る。
「待ってたぜ。ここの茶はけっこう旨いぞ」
ニカっと笑う銀次を前にすると気合が霧散して胸がドキドキして言葉につまる。
「銀次が悪いんだぁ……」
「急にどうした?」
付き合う前から大好きだったのに、もっと好きになっていくんだから、余裕なんてあるわけがない。
どうすればわからないソラは、とりあえず憤りを抹茶ケーキにぶつけて紛らわせるのであった。
ケーキを大きく切り分けて口に入れる。ソラが食べるのを見て銀次も自分の分のケーキを食べた。
「……美味しい」
「茶も上手かったが、ケーキもイケルな」
苦味が層によって変わり、口の中でお茶の風味がしっかりと香る。
その苦味が甘味を引き立てる仕組みになっていた。上品で落ち着いた味わいのケーキだ。
ケーキに落ち着けと言われたかのようにソラは感じた。
「うん、お茶も美味しい。買って帰ろうかな」
「いいな。ここの雰囲気も悪くないが、ソラの家で飲む茶の方が落ち着くしな」
「エヘヘ、そう?」
すっかり上機嫌のソラである。コロコロと表情の変わるソラを見ながら銀次はケーキをもう一口食べて味わった。二人で店を出ると、ソラから銀次の手を握る。横目で銀次の反応を見ると、目が合う。
照れくさくて二人で少し笑い合った。
「じゃあショッピングモールいこうか、食洗器使える安いお皿が少しあれば便利だからね」
「そうだな。時間があればゲーセンとか見てもいいな」
来た道を戻り、ショッピングモールへ入る。店内に入ると肺に染みわたるような冷房の涼しさに二人でため息をついた。
「涼しい~」
「生き返るな。適当に見て回りながら、皿を買いに行こうぜ。家具の店なら多分あるだろ。ソラはなんか他に買いたいものはないのか?」
「そだね。えーと、そうだ。靴を買いたいんだった」
「靴?」
銀次がソラの足元を見ると白のスニーカーが履かれていた。
「男装してた時の靴しかないんだよね。……実は愛華ちゃんが私服の時に履いてたショートブーツとか欲しかったんだ」
「いいじゃねぇか。靴屋もあっただろ。見て行こうぜ」
紙袋を掲げて銀次がやる気を見せる。
「荷物増えるからロッカー借りる?」
「このくらいなんてことないから心配すんな」
というわけで、二人で食器を買う前に靴屋による。
少し大人びた店で、女性ものの靴を取り扱っているようだ。嬉しそうに棚を見る姿は年相応の女子に見える。間違っても男子ではない、銀次は過去の自分は本当に節穴だったんじゃないかと改めて頭を抱えたくなる。
「見てみて、銀次。これどうかな? かっこいいよ」
ソラが差し出したのはやたらゴツイショートブーツだった。愛華うんぬんの話はどうなったのだろうか。そう言えばソラの玄関に並んでいる靴もゴツイつくりの者が多かったなと銀次は思い出す。なんにせよ、楽しそうに靴を見せてくるソラはめちゃくちゃ可愛い。
「ソラにはデカいんじゃないか? まぁ、似合うとは思うぜ」
「おっきな靴とか好きなんだよね。でもこれ中は小さいんだよ。うーんでも、ワンピースには合わないか。こっちの革製のガーリーなデザインにしちゃおうかな」
黒を基調とした厚底のショートブーツを持って首を傾げて悩む。
結局、涼し気なサンダルとショートブーツを買って満足気に紙袋を抱えるソラ。
そのまま二人は家具店にて使いやすい皿を数枚買って買い物を済ませる。少し疲れたのでフードコートで果汁100%のフルーツジュースを買って二人で座った。時間は昼を少し回ってくらいで飲食店が集まるこの場所には人が集まっているようだ。
二人が座った席には椅子とテーブルがあり、銀次が仕切りを背にしてソラが通路側の椅子に座っていた。
「これで一通り買い物は済ませたな」
「うん、満足満足。でも、ごめんねボクの買い物に付き合わせちゃって」
帽子をテーブルに置いて、前髪を弄りながらソラが申し訳なさそうにすると銀次はソラのおでこを突いた。
「楽しかったぜ。ソラと一緒に買い物すると自分が知らないことを見れるからな」
「……うんボクも。でもさ、今日はお付き合いして初めてのデートだから何かしたかったんだ。でも、彼女として何をしていいかわからなくて……」
「それを言うなら、俺も彼氏として何をすればいいのかわからないな。荷物持ちくらいはできるんだが……今日だってソラに引っ張ってもらっているようなもんだ」
「そんなことないよ。ボクは銀次と一緒ならどこでも楽しいし。落ち着くし……ドキドキするから」
ズズズとストローでジュースを飲み干したソラは、コップをテーブルに置く。椅子を銀次に寄せて横についた。
「どうした?」
「……前向いて」
「?」
言われるがままに前を向く銀次を確認して、ソラは大きなツバのある帽子を使って通路側からは見えないように二人の顔を隠す。
椅子から腰を少し浮かしてソラは銀次の頬にそっとキスをした。
柔らかな感触に真っ赤になる銀次が横を見ると、これまた耳まで真っ赤になったソラが帽子を被り直して顔を隠していた。
ツバを傾けて、少しだけ目線を銀次に向ける。
「これで、デートっぽくなったかな?」
「……十分な」
「エヘヘ、良かった」
照れる二人はその後目線をそらしながら、しばらくは顔の熱が冷めるまで過ごした。
無論、その間もテーブルの陰ではしっかりと手は結ばれていた。
次回更新は一週間ほど先になりそうです。
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