デート開始
朝、銀次が起きるとすでに朝ご飯の香りが微かに漂っていた。
「ん、哲也か」
ソラと約束したデートの為に早く起きて自分が作るつもりだったが、弟に先を越されたようだ。
欠伸をしながら、浴室へ向かい熱めのシャワーを浴びる。朝飯を食べてから着替えればいいかと寝間着替わりのシャツと短パンを着てリビングに入ると、すでに机の上には野菜炒めと野菜ジュースが置かれていた。
「……旨そうだな。テツ、早起きなんだな」
「おはよ兄貴。今日は友達と遊ぶ予定だから早く起きただけだよ」
台所から哲也が米をよそいだ茶碗を持ってきてエプロンを脱ぐ。
「俺もソラと出かける。晩飯は準備しなくていいぞ」
「わかった。あと、スマフォ鳴ってたよ」
「おっと、ソラからかもな」
部屋に戻り、充電していたスマフォを見るとメッセージが来ているようだ。
確認しながらちゃぶ台の前に座り直す。
「ソラ先輩から?」
「おう、待ち合わせをする予定だったんだが、家まで来るそうだ」
「いつ?」
「30分後だな。テツにも挨拶したいとよ」
「いまさら? 別にいいけど……」
兄弟で食事を終わらせ、銀次が着替え終わると玄関のチャイムが鳴る。
銀次が玄関を開けると、麦わら帽子に白いワンピース姿のソラが立っていた。
明るい紫のカーディガンを羽織って、やや汗を掻いていた。背後でタクシーが出発しているので、わざわざ車を呼んだようだ。
「おはよう銀次」
「おはよう、待ち合わせでも良かったんじゃねぇか。もしくは自転車で俺が迎えに行くぜ。それと、ワンピース似合ってんな」
「エヘヘ、ありがと。待ち合わせの方がデートっぽいけど、一緒に銀次と電車に乗りたかったし、それに哲也君に挨拶したかったんだよね」
その言葉に反応したのか哲也がリビングから顔を出す。
「あっおはよう哲也君」
「おはようございますソラ先輩。服、似合ってます」
「……コホン、昨日からお兄さんとお付き合いさせていただいております。こ、これからも何卒よろしくお願いします」
帽子をとって、少しおかしな調子で宣言するソラに哲也はピクリと頬を動かす。
「こちらこそ、兄貴は昨日、安堵のあまり爆睡してたんで詳しく教えてくれなかったんです。良かったな兄貴。じゃあ、俺は出るんで」
「寝る前に報告はしただろ」
「結果なんて聞くまでもないけどな。じゃあ、二人で楽しんでください」
ソラに挨拶して、哲也が出て行く。
「……テツが笑うなんて珍しいな」
「えっ? 笑ったの?」
微かに頬が動いた程度だが、めったにないことのようだ。
「じゃあ、俺達もでるか」
「そだね。でもその前に……」
銀次の前でクルリと回ったソラが体を寄せる。見れば、いつもよりもちゃんと化粧をして、髪も整えているようだ。ジッと銀次を見て、強く訴えてくる。
「ボクが銀次の彼女だからね」
「そりゃそうだろ? 今更違うって言っても受け付けないからな」
普段、男子っぽい格好をが多いソラだからこそワンピースの破壊力はバツグンで、実際銀次は『俺の彼女が可愛すぎる』と思考が支配されていた。銀次の台詞を聞いてソラはパァと顔を輝かせる。
「こっちこそだからねっ」
「うっし、じゃあ行くか」
二人で家を出て、座布団を巻いた自転車にソラが横乗りをして漕ぎだす。帽子を押さえながら空いた手で銀次に抱き着くソラはニマニマが止まらないようだった。
駅の駐輪場に自転車を止めて、券売機で切符を買うとすぐに電車が来る。休日だけあって中はそれなりに混んでいて、銀次は一席だけ空いていた席にソラを座らせようとしたが、ソラは首を振る。
「二人で立っていた方が話せるでしょ?」
「疲れたら言えよ」
「いくらボクでもそこまで虚弱じゃないし」
ツバが当たるといけないので、帽子を取ったソラが指先を銀次の腕にかけた。
今日買う予定の食器に着いて話していると、途中の駅に留まり追加で人が入って来る。
「んっ」
ソラが入って来た人込みから誰かを見つけたようだ。
「どうした?」
「多分、同じ学校の人だよ。校門で見たことある。きっと二年生だね」
視線の先の一団は男女5人ほどのの組み合わせで遊びに行くようだ。
「愛華と関係のある感じの奴がいるか?」
「生徒会の関係者はいないね。まぁ、ボクが覚えているだけで向こうはこっちのことわからないと思うよ」
「まっ、そうだよな」
念のため愛華の関係か確かめたが、違うようだ。それならほとんど無関係だろうと二人が話を再開したのだが、露骨に視線を感じる。どうやら向こうも二人に気づいたようだ。そして、次の駅で人が減ったタイミングで一団が二人に寄って来た。
「わ、わ」
人見知りが発動して、銀次の影に隠れるソラ。銀次はリラックスした様子でソラを庇うように立つ。
ソラよりも少し背が高いショートの女子が笑顔で一歩前に出た。
「あー、えっと、髙城さんだよね」
「……はい」
銀次の背に回りながら顔を出してソラが応えると、ショートの女子は口元を抑えた。
「可愛すぎない……SNSの画像よりもめっちゃ細っ、目がクリクリ、髪の毛つやつや」
「四季さんの親戚とか言われてたけど、ある意味、それ以上の逸材かも。あっ、私達は同じ学校の二年生でいまからライブに行くところ。噂の髙城ちゃんを見ちゃってどうしても話したくって」
さらに後ろのセミロングの髪型の女子もソラに詰め寄り。ソラは完全に銀次の背に隠れた。
女子達の後ろでは男子が気まずそうにしている。どうやら女子達の独断専行のようだ。
「あの、すみません。ソラは人見知りなんでで、あんまり近づくのはちょっと」
「銀次ぃ……」
朝の挨拶で慣れたとは言え、基本的には人と接するのは苦手なソラである。特に学校ではクラスのほとんどが愛華の取り巻きの為、敵視されていることもあって好意的な態度で話しかけてくる女子とどのように接していいかわからないようだ。
「あっ、ゴメンゴメン。つい、遠目で見てもめっちゃ可愛いからさ。あっ、彼氏君とデートだった? お邪魔だったりした?」
キュピンとソラの背筋が伸びて、銀次の背中からおずおずと顔を出す。
「……デートです。『彼氏』と……」
「……そうだな」
これだけは言わねばならぬという謎の決意を持ってソラが宣言し銀次が頬を掻きながら返事をする。顔を赤くして、銀次の腕を掴みながら上目遣いで伝えるソラの表情を見て二人の女子は胸を押さた。
「あぁ、なにこの感覚……尊い。グフッ」
一名はさらに口元まで抑えており、銀次とソラは顔を見合わせる。
「新しい扉が開きそうになったわ。なるほど……私も例の会に入団しようかな……」
「気持ちはわかるわ。色々噂に聞くけど、印象全然違うね……なんか、苦いもの欲しいかも」
女子達は挨拶もそこそこに男子達の元へ戻っていった。
「なんだったんだ?」
「さぁ、でも……ちょっと話せたよ。凄いでしょ」
ソラ的には頑張ったほうであったので、ドヤ顔で胸を張る。銀次は苦笑しながらソラの頭を撫でたのだった。
次回更新は一週間ほど先になりそうです。
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