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灰色の城

 土曜日の朝。目覚ましが鳴る前に銀次は起きる。シャツを脱ぎ捨てて、熱いシャワーを浴びた。

 髪を整えて、シャツとジーパンに着替える。自室に飾ってある、ソラからもらったバイクの絵を入れた額の角度を調整して部屋を出て、玄関の扉を開ける。


 朝の7時だと言うのに、肌を焼くような日差しだった。


「うっし!」


 気合を入れた銀次は自転車のスタンドを蹴った。商店街の横を抜け、住宅街に入りコンクリート造りの無骨な家に到着する。呼び鈴を鳴らす……前にソラが飛び出してきた。髪はボサボサでグルグル目でパニックになっている。


「お、おはよう銀次。ご、ごめん。ちゃんとした格好に着替える予定だったんだけど、絵を描いていたら朝になってて」


「おぉおい! なんつう恰好してんだ」


 銀次は手で顔を覆う。ソラはグレーのツナギを半脱ぎして袖を腰に巻いたスタイルで、上半身は白いシャツだった。汗を描いていたのか白いシャツ体に張り付き、グレーの下着が薄っすらと透けている。


「へっ? ぬぅわあああああ。着替えてくる、作業場で待ってて、布を取っちゃダメだからね!」


 ドタバタと色んなものを倒しながら階段を上がるソラに銀次は頭を抱えた。


「しまらねぇ……」


 銀次は、靴を履いたまま扉をくぐり、作業場に入る。外よりは涼しく空調も効いているが効きすぎていると言うほどでもない温度だった。前に来た時よりは少し片付いている気もするが、やはり物で溢れている。積み重なったキャンパスとスケッチブックは城壁の様で、筆はさしずめ槍衾のように乱雑に何十本と筆入れに立てられていた。その城の中心だけは綺麗に片付けられており、布がかけられたイーゼルスタンドと椅子と几帳面に絵の具が並べられた比較的綺麗な机がある。


 机には大きな箱が置かれていた。アルミの箱のようで、かなり大きなものだった。


「……」


 椅子に座り銀次は瞼を閉じる。この空間でソラが過ごしてきた時間を思う。

 20分ほど座っていると、足音が聞こえた。


「お、お待たせっ!」


 背後からソラの声がして振り返る。シャワーを浴びて髪を整え、服装はツナギだが、気合を入れたのか絵の具の染み一つ無い新しいツナギだった。それでもツナギなのがソラらしい。


「ワンピースを着るのかと思ったけどな」


「汚れるじゃん……」


 銀次のからかいに頬を膨らませるソラが、ゆっくりと銀次に近づく。


「えっと、じゃあ……ボクが……『私』が絵を描くところを見てくれる?」


「あぁ、見せてくれ」


「うん、といっても。つまらなかったらゴメンね」


「そんなことねぇよ」


「そっか、じゃあ今書いているのはこれだよ」


 ソラが椅子に座り、キャンパスに掛けられていた布を取る。そこに書かれていたのは街の風景だった。銀次にはその光景がどこかすぐにわかった。学校からの帰りにいつも見る、坂道から見た街の夕焼けだった。絵の手前には頭と肩が描かれ、街の風景は少し角度がついている。


「綺麗だな……ソラから見た街か」


「うん、『銀次の背中と街の夕暮れ』。ボク達が出会って一緒に自転車に乗った時の光景だよ。もう、少しで完成だから見てて」


「あぁ、ゆっくり描いてくれ」


 絵とは反対に銀次がソラの背中を眺める。小さな背中からキャンパスが覗く。その絵は写真のように風景を切り取ったものではない。夏の温い風にその時、ソラが感じた不安と期待。記憶と気持ちが折り重なってそこに描かれる。銀次はずっとソラと絵を見ていた。ひとたび筆を握れば、ソラの集中力は圧巻だった。細かな線の一本一本まで意味を持ち、銀次から見れば魔法のようにソラの記憶が形づくられていく。天才だと思っていた。しかし、目の当たりにすると感じ方も違う。明らかに自分とソラでは世界の見え方が違うのだと実感させられる。


 絵の中の銀次の背中は力強く、頼りがいがあり、銀次が照れてしまうほど視線の主から信頼されていた。

 

 銀次はバイクの絵を見た時から感じたことがあった。それは、ソラは感情すらも絵に表現し描くことができるということだ。

 

 人の感情には鮮度がある。驚き、怒り、喜び、悲しみ、それらは時間が経てば冷めたり色褪せる。しかし、ソラは違う。日々一緒にいることで銀次はソラの異常な記憶力に薄々気づいていたが、街の絵を見て実感した。ソラは目で見た映像に付随する自身の感情も決して忘れない。でなければ、こんなにもあの時のソラの感情を感じ取れるわけが無い。


 クラスメイトの女子はソラに対してしたことを、無かったことにしようとしていたがソラは『忘れられない』と言った。当然だ、ソラにとって記憶に刻まれた心の傷はずっと残り続ける。愛華に絵を破られた時のことも、その痛みを完璧に思い出せてしまうのだろう。


 その事実に気づいた時、銀次は自分の中の胸が疼くのを感じた。

 昨日愛華に言われた言葉。


『あなたソラが怖いのね』


 それは、ある意味では的を射ていたのだ。

 絵の中の銀次はソラから見たヒーローのように描かれている。忘れることができないソラに対して、自分がもしソラを傷つけるようなことがあったら、自分はそのことに耐えることができるだろうか。


 銀次はそれが恐ろしかった。  

次回の更新は明々後日の予定です。


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