二人だから向き合える
更衣室から出ると、すでに六限目の授業が始まっていた。銀次がクラスの後ろから教室に入ると、教師に注意され「トイレ行ってました」と答えた。何人かの生徒がクスクスと笑うが、気にもせず席に座り教科書を広げた。ちなみに、愛華は早退をしたようだ。そして、放課後。
「……じー」
「……なんだよ?」
いつものように二人で下校しようとすると、ソラが銀次を睨みつける。
下駄箱で靴を履き替えながら、視線が絡み合う。
銀次はため息をついて、ソラの頭を撫でた、しばらく撫でられるとついふにゃっとした顔にソラ。
「エヘヘ……ハッ、ご、ごまかされないから」
「ごまかさねぇよ。ほら、自転車まで行こうぜ」
二人乗りで自転車で下る坂道。銀次から口を開く。
「体育倉庫で愛華と話した」
「やっぱり……愛華ちゃんは帰ったみたいだし、何かあったと思ったんだよね。何を話したの?」
「ソラから離れろってさ、一緒にいるって答えた。そんだけだ」
その言葉に迷いはなかった。
「……うん」
銀次の腰に巻かれた腕の力が強まる。背中に感じるソラは微かに震えていた。
寄り道はせずにソラの家に着く。明日がソラが絵を描くことを見せると言った日、二人にとっての約束の日だった。いつもは一緒に晩御飯を食べる二人だが、今日はソラが明日の準備がしたいと、別れることになった。
まだ明るい、夏の夕暮れ。
「銀次……」
言葉が出ない。ソラは、頭を銀次の胸に付けた。そこにあるのは不安。ソラが持っていた壁は限りなく薄くなり、それでも確かに二人の間に存在していた。出会った頃にソラが銀次に言った言葉。
『話したくないことなんて……ちょっとしかないかな』
想い合える距離では、そのまま相手を傷つけることもできる。ここまで『好き』という感情に突き動かされ、近づくことで頭が一杯だったソラは愛華が銀次に別れることを告げたことで、怖くなってしまったのだ。かつての愛華がそうであったように、銀次が自分を……それが、怖くなってしまった。
「大丈夫だ、ソラ」
その言葉にはやはり迷いは無い。顔を上げるソラを銀次は抱きしめた。
こぼれるように溢れる涙、一人だった少女はその温かさが嬉しくて、泣いてしまう。
「銀次、銀次ぃ……」
「ほら、涙を拭けよ。ハンカチなんて持ってないからな」
笑みを浮かべる銀次は、指先でソラの涙を拭う。
「う゛ん゛」
「俺達なら大丈夫だ」
ニカっと笑う銀次を見て、ソラは最後の覚悟を固めた。
ソラは自分が傷つく覚悟を持って、銀次に自分が女子であることを告げた。
銀次はソラの為に自分が誰かに傷つけられる覚悟を持って手を差し伸べた。
そして今度は二人で向き合う、銀次はそれをソラに告げたのだ。
二人でなら、怖いけど逃げずに乗り越えられる。しばらく抱き合って、離れる。
「また明日」
「うん、また明日」
ソラは銀次を見送り、作業場に入る。棚から箱を取り出して机に置く。
そしてもう一枚、イーゼルスタンドに描いている途中の絵を掛けた。
そして少女は制服姿のまま、筆を持ち、祈るように想いをキャンパスに重ねて行った。
銀次は、家に帰り。自室で着替えると飯の準備を始める。
鉄鍋を振っていると、哲也が帰宅し台所を覗く。
「ただいま」
「おう、おかえり。すぐに飯ができるからよ」
「今日はソラ先輩と一緒じゃないんだ」
「用事があってな。ソラはその準備だ、たまには兄弟水入らずもいいだろ?」
テンポ良くチャーハンを作る銀次をしげしげと見つめた後、哲也は無表情で冷蔵庫空けて麦茶を取り出す。
鉄鍋とお玉の小気味の良い音が響く台所で、麦茶を飲む弟に目線を合わせず銀次は口を開く。
「明日、ソラに告白する」
言葉を聞いた哲也はそのまま麦茶を飲み干し、もう一度自分の分のコップに注ぐ。
「……どうりで」
「何がだ?」
納得が言ったという哲也の反応に銀次が振り向く、哲也は銀次の分の麦茶も用意して、珍しくニヤリと笑った。
「いつもよりも男前だと思った。頑張りなよ兄貴」
「……ありがとよ」
弟のエールを受けて、銀次は気合を入れて鉄鍋を振るのだった。
次回の更新は明後日の予定です。もしかしたら、明々後日になるかも……。
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