私は間違っていないから
昼休みが終わり、五限目は体育の授業だった。体育館に集められ、中央のネットを挟んで男女別にバスケをするという内容だった。
そこそこチームに貢献した銀次は、交代してネット脇に座り込む。横には卓球部の田中が座った。
「おい、銀次。見てみろよ」
田中が首でネットの向こう側を指すと、ちょうど愛華がバスケで華麗にレイアップを決めていた。
こうしてみると、学園のアイドルの面目躍如といった所か。休憩中の男子のほとんどが愛華にくぎ付けになっていた。
「流石、四季姫だよなぁ」
「……だな」
そもそも勝負になっていない。試合とはいえ、もし愛華に激しくぶつかって怪我でもさせたらその女子は周囲から顰蹙を買ってしまう。その為、周囲も愛華に気を使っているし、愛華はそれが当然と得点を重ねていく。タイマーが鳴ってチームが交代する。次はソラが所属するチームだ。
「おっと、次は髙城ちゃんか。男子の姿の時は見学がほとんどだったから、運動できるのかわかんないな。銀次は知ってんのか?」
「運動神経は悪くないと思うが……体力は無いんじゃないか?」
自室にこもるタイプなので、割と疲れやすい質だろう。と思ってみていたが、ソラはパスを受けてレイアップを決めてしまった。まるで、先程の愛華の動きの再現だった。
「マジかよ! すげぇな! あんな背が低いのに」
「……」
ソラはVサインを銀次に送り、銀次は手を振り返す。ちなみにだが、その後は案の定体力切れで動けなくなったソラだったが、ひたすらゴール下からシュートを入れ続けるという固定砲台となりチームに貢献していた。
授業が終わり、銀次が教室に帰ろうとすると体育教師に呼び止められる。
「すまん。桃井、ちょっといいか?」
「うっす。なんすか?」
「体育委員の男子が、体調が悪いらしくてな。得点版とタイマーを倉庫に戻してくれないか?」
「わかりました。でも、なんで俺なんですか?」
「体育委員の女子が桃井が機材の場所に詳しいと言っていたからな。任せたぞ」
タイマーの場所は別に銀次でなくとも、体育館の掃除をしたことのある生徒なら全員知っているのだ。特に疑問に思わなかったのか体育教師は体育館から出て行く。銀次は言われるがままに、得点版とタイマーを倉庫に運んだ。
倉庫の中はカビっぽい匂いがする。窓からの光が差し込んでいるが、やや暗い。銀次が電気をつける跳び箱にに愛華が座っていた。日本人離れした髪色にはっきりとした目鼻の形、差し込む光を受けた愛華は確かに美少女だった。
「……体育委員だったか?」
「違うわ。委員の子に協力してもらったのよ」
無視して銀次がタイマーを所定の場所に置き、戻ろうとするが外から扉が締められる。
ため息をついて、愛華に向き直る。
「話すことはないぞ」
「私はあるわ。あの子と付き合っているのなら、すぐに別れなさい」
「……まだ、付き合ってないけどな」
銀次の言葉を聞いて、愛華は一瞬ポカンとする。その後、跳び箱を飛び降りて姿勢よく立って、手を後ろに組んだ。
「あれだけ一緒にいて、付き合っていなかったの? もしかして、私に気があるとか?」
「笑えない冗談だな。葉月みたいに臭い芝居でもするつもりか?」
扉に手を掛けるが、動かない。外側から取っ手を固定されているようだ。
「私が? 例え演技でも貴方なんかにそんな真似するわけないじゃない。これは善意の忠告よ。あの子と一緒にいると、きっと後悔する。あの子がどんな存在か……貴方は知らないのよ、それを知っていれば……」
「どんな理由があろうと、お前がソラにしたことは間違いだ。ソラのことはソラに聞けばいい」
「視点が違うわ。あの子は自分では気づかない、だから私は『教えてあげた』のよ」
銀次は取っ手を持つ手を解いて、反転して扉にもたれかかる。
「……いいぜ、聞いてやるよ。四季 愛華から見たソラのことを」
「そうね、よく聞きなさい。あの子はいつも、オドオドして、私の影に隠れているような子だったわ。あの子の父親は自分の仕事に夢中で、小学生のころにはソラの母親は家を出て行ったわ。だからソラはお父様がよく目をかけていた……私達は一緒にいて、お互いの親の都合で一緒に絵を描いて、よく比べられていたわ。もちろん私の方が評価されていたけど」
「評価……ね」
自慢げに語っていた愛華が銀次の言葉にピクリと眉を動かす。
「えぇ、実際。私はあの子よりも優れていた。だけど、まぁ……あの子も少しはできることを知っていたから傍にいることを許したの。あの子は私の後ろをずっとついて来ていたわ。私の為に尽くすことがあの子の幸せだったの、それなのに……あの子が中学のコンクールの時にあんな絵を描いたから……」
「絵?」
銀次は悲し気に愛華を見ながら、問いかけた。
「そう、絵よ。中学最後の大事なコンクールの絵。あの子の描いた絵を見て、私は……あの子の恐ろしさに気づいたの。きっと、あなたもいつか突き付けられることになるわ。うふふ、わかるかしら? ソラがどんな絵を描いたのか」
顔を寄せる愛華に銀次は一切ひるむことなく答えた。
「……多分、――――だろ?」
銀次の返答に愛華は目を見開く。そして、壊れたように笑い始めた。
「アハハハハハハハハハ。それがわかるなら、貴方も気づいているのね。納得が言ったわ、貴方、ソラが怖いのね。だからあれだけ一緒にいて付き合わないんだ。アハハハハハ、そうよね。変わらない物なんてないもの、あの子はきっと無自覚に貴方を傷つけ続ける。醜い子、何もできないくせにさっさと一人で潰れればいいのよ」
腹を抱えて嗤う愛華にを見て、銀次はうんざりした様子で静かに告げた。
「もう十分だ。後はソラから聞けばいい。言っとくが俺はソラから離れる気はないぜ」
「アハハハ……は? 何を言っているの?」
愛華が頬を引きつらせて、一歩後退する。
「四季、お前が感じた怖さってのは……少しは理解できる。だけど、お前はやっぱり間違えたんだ」
「私が、何を間違えたと言うのかしら」
「ソラから逃げて、その事実を認めたくない為にソラを否定したことだ」
「……前言撤回するわ。貴方は理解していなかった。私は間違っていない!」
悲痛な叫びは、銀次ではなく自身に向けたものだった。これ以上話すことは無いと銀次は振り返り扉を強く叩く。
「葉月、いるんだろ? 話は終わった。開けろ」
扉がゆっくりと開き、恐る恐る澪が中を覗き込む。銀次は無言で倉庫を出て、愛華はその場で立ち尽くしていた。
次回の更新は明後日の予定です。
この作品が気に入ってくださったら、ブックマークと評価をしていただけたら励みになります。
感想も嬉しいです。皆さんの反応がモチベーションなのでよろしくお願いします。




