まだまだ加減してるんだからね
銀次の家でタコパをした後、ソラは自転車で家に送ってもらった。離れがたく、家の前でちょっとだけハグをさせてもらう。優しく頭を撫でてもらい、少し満足したのでなんとか別れ銀次を見送った。
そのまま家に入り、扉に鍵をかけた後に作業場で服を着替える。
「もう明日は金曜日だもんね……明後日か」
銀次に見つからないように隠していた一枚の絵は週末に描いている所を見せる為に、少しずつ描いていた絵だった。乾きやすいアクリル絵の具を使い、透明な絵の具を下地に少しずつ重ね、不透明の絵の具を慎重に足しながら作業を進めていた。油絵を描く時と似た技法であり、描きたいものを少しずつ形にしていくこの工程をソラは愛していた。何より、乾くのが速いので待ち時間が少ないのがとてもよい。
「描くのが楽しいなんて、久しぶりだなぁ」
先程の出来事を思い出しながら、絵の具に水を溶かしながら色を作っていく。愛華に絵のことを押し付けられていた時は、自分の絵は合間に隠しながら描いていたので、のびのびと描けることが楽しくてしょうがない。
その筆使いに迷いはなく、ニマニマしながら書いていく。銀次のことを考えながら自分の想いを少しずつキャンパスに重ねていくのだった。
翌朝。
いつもの待ち合わせには二人はほぼ同時で着いていた。ショートカットを揺らして、嬉しそうにソラが銀次に駆け寄る。わざと、勢いをつけて肩を軽くぶつけて挨拶をした。
「おっと、おはよう。今日は同時か、早目に家を出たんだがな」
「どーん、ボクも。まぁいいじゃん。一緒にいられる時間が増えるのは歓迎だから」
「そうだな」
鞄を自転車のカゴに入れて歩き出す。学校に着くと、挨拶運動は開催されていなかった。顔見知りの男子達にやや緊張しながら挨拶をしながら教室へ向かい、教室で二人で喋っているとすぐに予鈴がなってしまう。ソラが自分の席へ戻り、ホームルームを待っていると、ガラリと音がして教室のドアが開いた。制服を几帳面に着こなした愛華とその後ろにいる澪が入って来る。
「おはよう、皆」
「四季さん、おはようございます」「昨日お休みされていたから、気にしていました」「会えてうれしい」等の返答があり、愛華は笑顔で応えながら自分の席へ座る。後ろにはやや疲れた様子の澪の姿もあり、ソラの横を通り過ぎる際に何か恐ろしいものを見る表情でソラを一瞥した。すぐに、向き直り自分の席へ座ると愛華にメモを渡す。愛華はそれを受け取り、下あごに手を当てて微かに頷いていた。
午前中の授業を終え、二人でいつもの漫研跡地の部室で昼ごはんとなる。
「今日は、オーソドックスに揚げ物とサラダだよ。ソースは酸っぱ目とピリ辛の二種類です」
「揚げ物以外も充実してるな。こりゃ食いごたえがありそうだ」
もはやおなじみの三段お重で弁当が出される。一段目は鶏のから揚げと、エビフライに明らかにお手製の鳥ツクネ、彩に厚焼き玉子とミニグラタンが敷かれている。二段目は箸休め的な漬物にブロッコリーときゅうりの和え物、揚げ物用のソースがプラ容器に入れられており、三段目はおにぎりとサラダになっていた。かなりボリュームのあるメニューである。
「から揚げは、冷えてもおいしい工夫がしてあるんだよ。自信作だから食べてみて、あーん」
嬉しそうに椅子を銀次の横に付けて、箸で摘まんだから揚げを差し出してくるソラ。二人の暗黙の了解(尽くしたがり)により、最初はソラが食べさせるということになっていた。まだ少し慣れない銀次が照れながらから揚げを口にする。
「ん、さっぱりしてんのにジューシー。鳥がいいのか?」
「ううん、安い胸肉だよ。調味液に工夫があるんだよね。といっても、料理雑誌で読んだのを試しただけなんだけど。今回ので感じを掴んだから、次はもっと美味しく作るね」
「楽しみだけど、俺も気になるから今度一緒に作ってもいいか?」
「いいよ、次はエビフライ。二度揚げサクサクだよ」
「わざわざ、別ソースなのかよ……旨いな、冷凍のじゃないのか」
「アハハ、銀次の為に作るお弁当にそんなもの使うわけないじゃん。もちろん、その方がいい食材の時は使うけどね」
まるで銀次が冗談でも言ったような反応。どうも最近ソラの尽くしたがりが加速していると銀次は危惧した。実際の所、ソラとしては一人で作っても食べきれない色んな料理を、銀次が美味しそうに食べるからモチベーションが天井知らずなだけなのだが、銀次としてはソラが疲れていないか心配になる。
「いや、冗談でもないからな。弁当何て楽に作ってもいいんだぞ。俺はソラに負担があることが気になるから」
「前にも言ったけど、楽するところは楽しているし、むしろ今までの生活よりも負担なんてないよ。愛華ちゃんに色々仕事をお願いされていた時よりも自由な時間はずっと増えてるしさ、睡眠時間も比べものにならないくらいに取れてるし」
銀次がソラを助けた時が作業量のピークで、実際ソラは倒れる寸前まで追い詰められていたほどだった。その時期と比べれば、ソラはむしろ自分は横着をしているような気がするほどだ。生来、働くのが好きなタイプと言えよう。愛華から押し付けられた異常な仕事量をこなしていたソラとしては、空き時間を好きな人の為に自分から使っているだけという感覚であり、むしろまだ余力すら感じていた。銀次がことあるごとに心配してくれるのでセーブしているほどだ。
「そんならいいけどよ。たまには俺にも『尽くしたがり』させてくれよな」
「……」
銀次の言葉を聞いて、ソラは箸を置いて銀次の腕を強く抱き寄せる。ムニュリと何かが当たる感触と髪から柑橘系の香りがした。
「心配してくれるのは嬉しいけど、ボクとしてはまだまだ加減しているんだからね。それに、言って欲しい言葉は他にもあるんだけど?」
ニュっと頭を突き出しながら、頭を撫でろと催促。
「……ありがとな、ソラ。今日も美味しい」
照れ隠しで少し乱暴に頭を撫でられる。それが嬉しくて、目を細めながらソラは銀次に存分に甘えたのだった。
次回の更新は明後日の予定です。
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