放課後デート
昼に寝たおかげで午後の授業を乗り切れた銀次は、学校の掃除をしていた。この学校ではホームルーム後に掃除の班ごとで割り当てが決まる。実は掃除好きな銀次は真面目に廊下の掃き掃除をすまし、モップに取り掛かっていた。そんな銀次に同じ掃除班の女子が話しかけてきた。
「ねぇ、桃井君。ちょっと聞きたいんだけど?」
「……悪いが、今は掃除中だ」
「いや、しながらでいいから。えっと、髙城さんなんだけど……なんていうかさ、私らのことチクったりしないよね?……SNSとかでなんか言うとか、先生に相談とか……」
そこで、銀次は女子のことを見た。ソラが男子の格好をしている時に心無い言葉をぶつけていた女子だとは思うが銀次の記憶に残っていない。ソラの人気が出たことで、これまでの自分の行いが公にされることを怖がっているようだ。愛華は自分ではソラを攻撃せず、それとなく周囲の女子のヘイトをソラに向けていた。その為、愛華の誘導に乗せられソラを虐げたクラスの女子達は、人気が出たソラにやり返されることを怖がっているようだ。
「ソラはそんなくだらねぇことしねぇよ。掃除しろ」
「……きも、マジメ君じゃん」
「ハッ、不真面目より上等だろ。お前も一度真面目に掃除をやってみろよ、サボるより気持ちいいぞ」
「……」
モップを洗い直しながら、朝の女子もそういう事かと納得した銀次は再び廊下掃除を続ける。手持無沙汰になった女子はそれでも掃除はせず、無言で銀次から離れて行った。
掃除時間を終えると銀次はバケツを片付ける為に、外の水道(学内の流しだと汚れる為)へ行くと、ソラが鬼気迫った形相で銀次に駆け寄って来た。
「銀次っ」
「おう、ソラかどうしたそんな顔して」
「ハァ……ハァ…廊下で、なんか女子と話してなかった? こ、告白とか」
中庭から窓ふきをしていたソラは、廊下で銀次が話しかけられているのを目撃したらしい。
「……されてねぇよ。やっぱ、俺はモテねぇからな」
「ならいいけど……何を話したのさ」
嫉妬全快でズモモモモと陰のオーラを出すソラを見て、銀次はカラカラと笑う。
「アッハッハ、ソラを見てたら忘れた。それよりも帰りにどこか寄らないか?」
「寄り道? いいよ。生徒会の雑用が無くなって時間あるもんね。今日は僕の家でご飯だし、何か買いながら帰ろうよ」
パァと、途端に上機嫌になるソラの頭を銀次は撫でる。
「わ、何?」
「ソラは可愛いな」
「きゅ、急に何を言うのさ!」
そのまま用具を片付けた二人は教室に戻り、鞄を回収する。下駄箱で靴を履き変えて自転車置き場に行くと、運動場で野球部が活発に声を上げているのが見えた。
「やってんな」
「野球部? 興味あるんだ?」
今まで見たことのない、懐かしむような表情をする銀次をソラは不思議そうに眺める。
「……斎藤とか知り合いが多いからな。合宿は飯の手伝いもする予定だ」
「あぁ、おにぎりの差し入れとか言ってたもんね。ボクも手伝うから」
「そりゃ喜ぶだろうぜ。あそこマネージャーも男子だしな」
銀次が自転車にまたがると、ソラは慣れた様子で座布団付きの荷台に横乗りをして銀次にしがみつく。勢いよくペダルを踏み、自転車が進み坂道を下っていく。
「商店街で買い食いとしゃれこもうか」
「賛成。実は画材とか工具を買う以外で商店街を利用したことないんだよね。食材はスーパーがほとんどだし、あっ、でも食べ過ぎたら晩御飯が食べられなくなるからほどほどだよ」
「わかってるって。今の時期だと、ケーキ屋でアイスクレープとかあるぞ。俺は昔から商店街は利用しているから結構しってるんだ」
「……ほほう」
坂道を下り、工場が多い地区と住宅街の間にある見知った商店街に入る。
自転車から降りて、二人で歩いていると、精肉店前で話を掛けられた。
「おう、銀ちゃん。今日は可愛い子を連れてんねぇ」
恰幅が良く、人の良さそうな笑みを浮かべる男性の店員は銀次を知っているようだった。
「こんちはっす。ソラ、この人は肉屋のササキさんだ。ここのメンチカツ旨いんだぜ」
「知ってる、美味しいよね。こんにちはササキさん」
「ええ……ウチのメンチ食べたことあるのかい? 参ったなぁ、人の顔を覚えるのは得意なんだがなぁ。お嬢ちゃんくらい可愛い子を忘れるとは俺も耄碌したもんだ」
単純にその時のソラとは恰好が違うから気づかないだけなのだが、あえて説明するのも面倒だ。
頭を掻くおじさんの後ろからこれまた恰幅の良い女将さんが出てくる。
「あんた、あんまり生徒さんに絡むと迷惑だよ。って銀ちゃんじゃないか、久しぶりだね。彼女さんかい?」
「久しぶりっす。えっと、ソラとは……」
「……」
いい淀む、銀次を見て女将さんはカッと目を見開く。
「なるほど、おばさんに任せない。ちょっといいかい?」
「わわっ」
店から出てきた、おばさんがソラの腕をとって銀次に背を向けてこそこそ話を始る。
「おばさん、ソラは人見知りなんで」
「銀ちゃん、ごめんなぁ。アイツ、ああなると止まんねぇから。メンチ奢るよ。どっちが迷惑かけてんだが」
「……買います、ハーフ二つください」
男二人をおいてけぼりにしておばさんはソラに顔を寄せた。
「あんた、銀ちゃんは優良物件だよ。母親似でちょっと顔は怖いけど、優しいからね。付き合うならおすすめだからね」
どうやら、銀次がソラを誘ったと思いお節介をしているようだ。
「えと、はい。ボクも銀次のことは……その……」
照れるソラを見て、おばさんは油ギッシュに笑顔になる。
「なんだい、脈ありかい! 目出たいね、あの子、商店街のボランティアにもよく来てくれるからねぇ。昔はお母さんと一緒にここに来たもんだよ。銀ちゃんはお母さんの荷物を持ったり、自分の分のコロッケまで弟君にあげたりしててねぇ」
「へぇ、昔からテツ君のこと大好きだったんだ。優しいのも知ってます。周りをよく見ているし、ボクも助けてもらったんです。あの、銀次の昔のこと知りたいです」
銀次の昔話でテンションが上がり、むしろ自分からおばさんに話しかけるソラ。
「脈ありどころか、ぞっこんじゃないか! そうだね、じゃあ銀ちゃんが中学の時に――」
盛り上がりつつある女性陣に男二人が近づいて、おじさんが女将さんの肩に手を置く。
「そこいらにしとけ、二人にも用事があるだろう」
「ソラも、店のことがあるから行くぞ。というか、聞こえてんぞ。女将さん、昔のことは恥ずかしいんで」
照れる銀次がソラをずるずると引っ張っていく。自動販売機横のベンチに腰掛けると、銀次が袋からメンチカツをソラに手渡した。
「ほい」
「ありがと、いくら?」
「いいよ。弁当の礼だ」
「弁当代ももらってるけど、アム……美味しい」
二人でメンチカツを食べていると、不意にソラが手を伸ばし銀次のホッペについていた衣のカスをとって自分の口にいれる。
「オベント、ついてた」
「……人に見られんぞ」
「別にいいもん、銀次は?」
「別にいいけどよ」
照れながら返す銀次が可愛くてソラは足をパタパタと振る。
「フフフ、メンチカツ美味しいね。前に食べた時よりもずっと美味しい」
「だな、これくったらケーキ屋いくか」
「賛成。でも、銀次の昔話も気になるなー」
「そんなの、俺が話してやるよ」
「うん、じゃあボクのことも話さないとね。ちゃんと話すから、聞いてね」
週末、絵を描くところを見せて、自分に何があったのかを銀次に伝える。
そして……これからのことも話したい。
「あぁ、聞くよ。俺も、伝えたいことがあるしな」
「……そうなんだ」
一人で食べるよりもずっと美味しいメンチカツを二人で食べながら、ちょっとくすぐったい空気を味わったのだった。
次回の更新は明後日の予定です。
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