現状確認と悪人顔
工場が近くあるせいで金属が運ばれる鐘のような音が低く響く部屋の中、銀次とソラは向かい合う。
「えっとね。何から話したらいいかわかんないや。銀次は何か知りたいことある?」
「山ほどあるが……じゃあまずは、ソラと四季は本当に親戚なのか? 四季が従兄弟だって言っているらしいが……」
銀髪と青い眼をしている四季 愛華。黒髪に茶色の眼と普通の日本人の風貌のソラ。二人の容姿はかけ離れていると専らの評判だった。
「あはは、なんか自分のことを話すの恥ずかしいね」
「その分責任は取る。さっきも言ったが言いたくなけらば言わなきゃいい」
無責任に首を突っ込まないと銀次は言う。その愚直さにソラは何度も胸が熱くなるのだ。
「ううん。ボクも決めたんだ。勇気、かしてくれるんでしょ?」
「あぁ、半端はしない」
「愛華ちゃんとボクは確かにイトコだよ。お祖母ちゃんがハーフなんだ。愛華ちゃんはお母さんも海外の人だからより日本人離れしているってわけ、僕は両親共に日本人っていうかお父さんがクォーターって言う感じかな?」
「そうか、ええとお前の親父さんと……」
「愛華ちゃんのお父さんが兄弟。ちなみにボクのお父さんが愛華ちゃんのお父さんの兄だよ。一応、ボクもちょっとだけガイジンっぽい部分があるんだけど」
「へぇ、どこだ?」
「瞳だよ。見てみて」
黒縁のメガネを取ってソラが前髪を上げる。普段隠されているその瞳はよく見れば確かに薄い茶色の瞳中に緑の色合いが交じっている。細い顎に大きな目、髭も生えてないし、こいつ本当に男かよと銀次は思った。
「へぇ、確かに不思議な瞳だな。……あん? どうした?」
自分から顔を差し出したソラは顔を真っ赤にして机にツップしてプルプル震えている。
「……自爆した」
「何やってんだ? 綺麗な目じゃねぇか。前髪で隠すの勿体ねぇぞ、絶対モテるやつだ」
「ヘーゼルアイっていうらしいよ。恥ずかしいから秘密にしてね」
「あぁ、とにかくお前と四季が親戚ってのはわかった。次の質問だ」
「うん」
仕切り直して、質問が再開される。
「親父さんは、海外だっけか。今のソラの状況を知ってんのか?」
「……知らないと思う。お父さんは海外で個展とかを専門にするイベントプランナーをしていて忙しいから」
微かに揺れる瞳。ソラが言った『話したくないことなんて……ちょっとしかないかな』、そのちょっとがあるように銀次は感じた。
「連絡を取ることもあるだろう?」
「たまにね。だけど、基本的にテレビ電話で愛華ちゃんもとなりにいるから」
「余計なことは言えないか。こっそり連絡することは?」
「前提として言いたくないかな。お父さんに助けを求めることはしたくないんだ」
「わかった。じゃあ親父さんを頼るのは無しだ。その様子だと四季の親父にも言うのは無しか?」
スッパリと言い切る銀次。ソラは驚いた表情で銀次を見た。
「う、うん。お父さんとは別の理由で叔父さんに助けを求めるのも無しかな。叔父さん夫婦は愛華ちゃんを溺愛しているからボクの言い分なんて聞かないと思う。二人の前でも愛華ちゃんがボクの面倒を見ているってことになっているから。えと、あっさり退くんだね」
「保護者に言って解決する問題なら、こんなことになってないだろ。四季も対策しているだろうしな。それくらいは俺にでもわかる。今の質問は俺とソラの認識がずれてないか確認しただけだ。他にもガンガン聞いてくぞ」
「ば、ばっちこい」
「仕送りの金とか生活費は四季に押さえられてないか?」
「ないよ。画材代も含めて不自由はないかな」
「今ままであったイジメの内容を細かい物でもいいから教えてくれ、誰にどこでやられたかもだ」
「え、どれがイジメかわかんないけど。陰口はいつもで、暴力みたいなものは今日みたいに男子を呼ばれたのは初めてかな? 愛華ちゃんのことを色々しているから、それが滞ることはないようにされているっていうか」
「物を盗られたり、壊されたことは?」
「あるよ。でも愛華ちゃんとは関係ない所で女子達が組んでいると思う。指示を出してリスクを負うほど愛華ちゃんはボクにこだわってないから」
「その女子達には心あたりがあるな。次に、四季にされていることだ。あいつの仕事をほとんど押し付けられていることと、お前がほんとうはデキる奴ってことを隠すように強制されているってことか」
「……デキる奴って、ボクは……」
「……四季はソラにこだわってないっていうが本当か? 俺が見るに四季はお前がいないと色々破綻しそうだけどな」
「愛華ちゃんはすごいよ。絵も上手いし、可愛いし、運動もできるし、ボクがいなくてもある程度はできると思う。ボクができるんだから、誰にだって出来るだろうし」
そんなことはない、喉まで出た言葉を銀次は飲み込んだ。この妙に卑屈な部分がソラを押さえつけている。今の自分ではなんと声を掛けてやればいいかわからない。
「お前は、どうして四季の言うことを聞いているんだ?」
「……どうしてなんだろうね」
ここにも壁がある。当たり前だ、自分を変えるほどの決断をしたとしても、ほとんど話したことない相手に全部話すことはできるわけがない。これから分かり合うしかない。
「……できることをするしかないか」
「できること?」
「四季から任されていることを、教えてくれ。まずはソラの負担を減らす」
「愛華ちゃんの仕事を辞めるってこと……えと、急に全部は難しいと思う。また、ボクのせいにされるし」
「俺もそう思う。四季は上手いことやっている。ここで『俺達』が反抗しても取り巻きを利用されて潰されるのがオチだ。だから……」
「だから?」
「俺がソラを手伝う」
銀次のドヤ顔をソラはジト目で睨み返す。
「それ問題の解決になってないような……」
「そうかもな。だけど、大事なことだ」
「二人で愛華ちゃんの仕事をすることが大事なの?」
「いいや、お前に余裕ってやつを作るのさ。俺達の手札で唯一の切り札は『ソラ』なんだ。こいつを使うための場面をおぜん立てしてやる。だから、今は任されていることを話してくれ。明日からどう動くか具体的に詰めていこうぜ」
ニヤリと笑う銀次は持ち前の人相と相まって悪い顔をしていた。
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