苦みを識る者達
デートの翌日、待ち合わせ場所に銀次が到着する。今日も先にソラが待っていた。
前髪を弄りながら立っており、銀次が見えると待ちきれないと近づいてくる。
「悪い……遅れた」
「十分早いけどね。……ん?」
銀次の表情を見てソラが爪先立ちになり、顔を寄せる。
「なんだ?」
「クマが薄っすらある、寝てないの?」
「寝不足かもな」
ソラの記憶力を誤魔化すことはできないと銀次はため息をついた。気合を入れたのはいいが、そのせいかいつもより眠る時間が遅かったのだ。普段寝つきが言い分、寝不足になってしまったらしい。
「ボクもよく徹夜するから強く言えない……でも、ちゃんと寝なきゃだめだよ」
「わかってるって」
「よっし、決めた。今日の尽くしたがりは『睡眠』だ」
フンスと鼻息を出すソラに銀次は嫌な予感を覚える。
「……ほどほどだよな?」
「どうかなぁ」
ニンマリとする、ソラの頭をガシガシと撫でて二人で歩き出す。学校に近づくと、生徒が少しづつ増えてくる、それはいつも通りなのだが、今日はいつもよりも視線が多い気がする。
「ソラ、俺達いつもより見られているか?」
「そうだね。ボク等と関わりが無い人からも見られているかも? 愛華ちゃんが何かしたのかな?」
「……そんな感じでもないけどな」
悪意のある視線ではない、好奇と興味の視線。その向きは二人というよりもソラに向いていた。
学校前の坂道を登ると生徒会の挨拶運動のノボリが見える。今日も愛華はいないようだ。
スルーして自転車置き場に行くと、朝練上がりなのか濡れタオルを被った斎藤が二人に寄って来た。
「おはよう、斎藤君」
「お、おはよう髙城、あと銀次も」
「ついでかよ。どうした、なんか用事か?」
目的を持って近づいているように見えた斎藤に銀次が問いかけると、斎藤はスマフォを取りだして画面を二人に見せた。
「これ、髙城だろ?」
「えっ? そうだね。」
「……」
画面に映っていたのはSNSの画面、ツバの大きな帽子を摘まんでワンピース姿でカメラを睨みつけるソラの姿だった。昨日、ショップで撮影されたものだった。店のアカウントでSNSに乗っている。
「凄いね斎藤君。良く見つけたね。うーん、しかめっ面。写真って苦手だよ」
呑気なソラとマジマジと画面を見つめる銀次。
「ソラ、評価の『いいかな』の数を見てみろ」
「『いいかな』? えーと……8万!! ……って凄いの?」
「知らん。凄いんじゃねぇか?」
「十分凄いぞ。って、問題はそこじゃねぇよ。髙城の画像を見つけた学校の生徒がSNSに共有してんだ。『四季姫』以外にも一年に凄い子がいたってことになってかなり広がっているぜ」
テンション高く二人に詰め寄る斎藤を銀次が押し返し、ソラはゲンナリとした表情をしている。
「また、男子が来るのかな……愛華ちゃんほど可愛くないと思うけど」
首を捻るソラに斎藤は頭を抱え、銀次はようやく状況を理解したと欠伸をした。
「ふぁ……普通にソラの方が可愛いだろ」
「ブフッ……まさかの奇襲。でも、ありがと銀次。エヘヘ、それにしても斎藤君詳しいね」
「野球部は暇さえあれば女子の話題で溢れているからな。上級生の間や他校でも話題になっているらしいぜ。ただでさえ、四季姫のことでこの学校の一年は注目されているのに、もう一人いたのかってなってんだよ」
「わかった。教えてくれてありがとな。今度、おにぎりを差し入れてやるよ」
「本当に大丈夫か?……お前等がちゃんと現状を把握できているのか心配だぜ」
「ボクなら大丈夫だよ斎藤君。基本的に銀次とずっと一緒だから。……というかその話を聞いて離れられなくなったよ」
別にそんな理由が無くとも一緒にいるのだが、ムンと胸を張るソラを見て銀次は笑顔で自分を親指で指し示す。
「そういことだ。ソラは俺が守る。……だけど、やばくなったら俺を助けてくれよな斎藤」
ニカっと笑う銀次とその笑顔を見逃さず見つめるソラを見て、斎藤は深く頷き踵を返した。
「心配は無用だな。助けなら『俺達』に任せとけ……」
朝日のはずなのに、なんとなく夕日を背負っているような雰囲気で斎藤は片手を掲げる。
その手にはブラックの缶コーヒーが握られていた。
「なんで部活終わりに缶コーヒーなんか持ってるんだアイツ? 普通スポドリじゃないか?」
「さぁ? それよりも銀次、ちゃんと守ってね」
「当り前だろ。ほら、行くぞ」
「……(ぎゅむ)」
無言で腕に抱き着くソラに周囲の目があると言いそうになる銀次だが、ソラの表情を見てやめる。それに、逆にこれで自分にヘイトが向くならドンと来いといった所だ。
耳が赤くなるのを感じながら、銀次は歩き出し一緒にソラも進んでいく。視線を逸らす銀次を見てソラは嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。
※※※※※
昇降口に向かうそんな二人に、待ち構えていた上級生が声をかけようと近づくが……。
「おっと、失礼。肩と足と手と胴体がぶつかってしまったなぁ」
「女子以外で、俺達の守備を突破できると思うなよ?」
「一緒に髙城ちゃんの『尊さ』を理解しようじゃないか」
とブラックの缶コーヒーを持った男子の集団に阻まれる。彼等は『遠目から髙城ちゃんを見守る会』改め『オールブラックス』女子以外には鉄壁の守備力を誇り、一年男子を中心に学内で徐々に勢力を伸ばす秘密裏の集団である。
彼らの働きによって上級生の男子は二人に近づくことができず、その後もたびたびブロックされるのだった。
次回は明後日更新です。
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