今はデート中だからな
結局、白のワンピースとフレアのスカートを追加で購入したソラはやや疲れた表情で店を出る。ちなみに銀次は安売りしていたチノパンとソラが気に入った黒の七分丈のジャケットを購入していた。
「うぅ、疲れた……」
「お、おう。なんか店の人、凄いテンションだったしな」
ソラが疲れている理由は言わずもがな撮影だった。他の客からも見える位置での撮影だったために、何人かが見物していたのだ。人の視線に弱いソラはすっかり疲れてしまった。
「大丈夫か? ほれ、荷物持ってやるよ」
「ありがと……視線で酔っちゃった」
荷物を預かった銀次は、休憩できるところはないかと周囲を見渡す。100mほど先に、チェーン店が並ぶフードコートがあった。
「とりえず座らないとな。ソラ、そこのフードコートで休んでこうぜ」
「う、うん」
仕切りを背にしてなるべく人を意識しなくて済む席に二人で座る。座れたことでソラも一息ついたようだ。荷物を置いて、銀次が立ち上がる。
「ちょっと待ってろ、ドーナツでも買ってくるからよ」
「ん、ボクも行くよ」
のそりと立とうするソラを銀次が座らせる。
「いいから、休んでろ。ナッツとチョコが乗っている奴でいいか? 飲み物はオレンジジュースだろ?」
「……わかってんじゃん」
「まぁな、行ってくる」
自分の嗜好を覚えてくれていたことが嬉しくて、ちょっとニマニマのソラ。
慣れないことをして疲れていたがそれでも楽しい時間だった。それにしても、今日は自分はまぁまぁ恋人っぽかったのではないだろうか? 所々で銀次も照れていたようだし。これは、銀次に自分を女子として意識させる作戦(途中から自分が甘えたかっただけ)も順調なのではないだろうか。
「エヘヘ、照れているのに、突き放さないところが銀次の優しい所だよね」
頭の中の銀次フォルダは大変賑わっており、家に帰って思い出すのが楽しみだ。
しばらく、目を閉じて待っているが銀次が戻ってこない。ソラが椅子に膝立ちになり仕切りの上からフードコートのドーナツ店の列見る。
「どしたんだろ……ふぁ!?」
貴重品だけ持ってソラは走りだす。列に並ぶ銀次は女子に話しかけられていた。
時間は数分ほど遡る。ドーナツを買いに列に並んだ銀次がパネルのメニューを眺めていると、不意に話しかけられる。
「あの? 桃井さんですか?」
「あん?」
振り返ると、ソラと同じ位背の低い女子二人が少し照れながら話しかけてきていた。
どこかで見たような気もするが、思い出せない。同じクラスでないことは確かだ?
「えーと、すまん。君らのことを思い出せない。どこかで会ったか?」
「はい、学校のボランティアでお見掛けして――」
「あぁ、わかったぜ。思い出せなくてスマン」
そこで銀次も合点が言った。なるほどそういうことかと納得し、態度を和らげて二人の女子に向き直った。そして、列を進みながら話していると背後から凄い勢いでソラが走り寄ってきた。
「ま、待って……ゼェゼェ」
「ソラ!? お、おい、大丈夫か? 何かあったのか?」
銀次が心配そうに息があがったソラの背中を撫でる。グワッと伸びあがるソラ。
「大事件さっ、仮にもボクとデートしているのに他の女子から逆ナンされるなんて、そりゃあ、銀次はかっこいいけどさ。こんなことなら離れるんじゃなかったよ」
目をグルグルさせてパニックになるソラをなだめながら銀次が後ろの女子を指さす。
「逆ナン?」
ポカーンとする銀次とその後ろで銀次をを歓声上げる女子二人、ソラが近い距離で観察すると二人は幼く見える。
「えと、中学生?」
「そうだよ。ナンパじゃないぞ、テツの同級生だ。前に中学のボランティア掃除で親の変わりに参加してな。そん時に同じ班で掃除したんだよ」
「わ、わぁ、可愛い。あの、お兄さんの彼女さんですか? やっぱり、テツ君のお兄さんだけあってモテるっていうか、こんな可愛い彼女さんがいるんですね」
「うん、びっくりしました。高校生って凄いねっ!」
「あぁ……えーと」
「か、可愛いかどうかはわかんないけど、銀次とはデート中だから」
中学生相手に愛華以上に警戒心をむき出しにして銀次の腕を抱くソラ。シャツの上からでもわかる柔らかさと弟の同級生にそれを見られるという状況に銀次も顔が赤くなるのを止められない。
「わかったから。歩きづらいだろ、ったく、自慢じゃないが俺はモテねぇよ」
「でも、同じクラスの女子もボランティアの時にお兄さんがかっこいいっていう子もいましたよ。極一部ですけど」
純朴な中学女子の一言になんとも言えない気持ちになる。
「極一部かよ」
「銀次はニッチな層に刺さるんだよ。ボクがもっと警戒してれば……あと16年早く出会いたかった」
「生まれた時からじゃねぇか。いいから落ち着けソラ。他の客に迷惑だろ」
プチパニックになっていたソラだが、二人が銀次に好意を持っていないことを理解して落ち着き始める。しかし、先日の澪に銀次を盗るようなそぶりをされたことがフラッシュバックしており、銀次から離れたくはなかった。だけど、年下の女子の前で甘えるのもちょっと恥ずかしい。
すると、銀次がソラの手を取った。今まで組んでいた腕でではなく、手を握る。
大きな掌の感触と体温にソラは顔を真っ赤になった。
「ぎ、銀次?」
「落ちついたか? 横入りは悪いから下がるぞ。隣のハンバーガー屋なら並ばなくてもすみそうだ」
そこで中学女子達に向き直って、手を挙げて別れを告げる。
「悪いが、テツのことは本人に聞いてくれ。今はこいつと……デート中だからな」
そう言って謝り、銀次はソラを連れて隣のハンバーガー店に並ぶ。
ソラは銀次から手を取ってくれたことが嬉しくて、気持ちが溢れて銀次を直視できず俯いていた。けれどその手は注文の時も決して離されることはなかった。
その日のドーナツ店では、珍しく甘さが強いドーナツは売れ残ったという。
次回は明後日更新です。
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