一人じゃないから
放課後、鞄を持って待つ銀次にソラがパタパタと走り寄る。
「ちょっとやることがあるから、先に自転車置き場で待ってて」
笑顔でそういうソラを見て、銀次は何かを察する。
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫じゃない……だから、待ってて。ご褒美あるなら頑張れるから」
「あぁ、なんかあったらすぐに呼べよ」
「うん、じゃあ……やらいでか」
銀次が拳を差し出し、ソラも合わせてグータッチをする。
そして、下駄箱に行く銀次を見送って自分は生徒会室へ向かった。
深呼吸して三階ノック。同学年の男子である吉田が出てくる。彼は生徒会役員ではないが、来年は役員を目指していると朝の挨拶で二人に言っていたので、手伝いに来ているのかもしれない。
「あ、愛華ちゃんはいる?」
やはり銀次がいないと少し緊張して声が上ずってしまう。
「四季さん……いるけど、あ~手伝いか? 正直助かる。今、かなり大変らしくって」
「手伝いじゃないんだ。いるんだね」
「あっ、おい」
小柄な体を使って、するりと吉田の脇をする抜けてかって知ったる生徒会室をソラは進む。
副会長の机でノートパソコンを使って作業をしている愛華の姿があった。その横には澪と数人の女生徒がおり、慌ただしく動いている。他の役員もファイルを机に積んで作業をしていた。特に生徒会長の男子はかなり大変そうだ。
「……愛華ちゃん」
愛華はソラを見て、目を見開いた。そしてその後ろも見るが銀次の姿もない。自分の前に一人でソラが来たことが信じられなかった。唇の端を震わせるが、すぐにいつもの自信に溢れた表情に戻る。
「あら、ソラ。言っておくけどあなたの居場所はないわ。他の子に頼んだから。でも、どうしても手伝いたいっていうなら、来賓に出すお茶菓子の準備と雑務があるからすぐに取り掛かって――」
「断りに来たんだ。書記に言ったけど、やっぱり愛華ちゃんにも直接言っておきたくて。これからは生徒会の仕事を手伝うのを辞めたいんだ」
一息に言ったソラの膝は微かに震えていた。その恐れを見つけた愛華は笑みを浮かべ、立ち上がり蛇のようにソラに近寄る。
「強がって、どうせあなたは理解されないわ。私なら多少は上手く使ってあげたのに……どうせまだ怖いんでしょう? 女の子なのに変なものばかり描いて、才能も無いくせに調子に乗って、また台無しにするのよ貴方は、前みたいにね」
言葉のナイフはソラの心の傷を抉るはずだった。俯いて、涙を浮かべるはずだった。
「ボクが怖がっても、進めることを信じてくれる人がいるんだ」
ヘーゼルアイは真っすぐに愛華を見据えていた。かつて奪ったはずの姿。背筋を伸ばし、髪を整えてありのままの姿で立つソラは懸命に恐怖と戦っていた。それが愛華には気に喰わない。
「変な男子に騙されているのよ。裏切られるわ」
「裏切らないよ。銀次は裏切らない。ボクが……離さない」
自分以上に信じられる人がいることがどれだけ助けになるか。
この後、デートするんだ。待っててくれてるんだ。
そう言って自慢したくなるほどに、自分は支えられている。
「……言いたいことはそれだけ? 作業の邪魔だから手伝う気が無いなら消えて欲しいんだけど」
押せば崩れそうなのに、これまでと違う芯の強さがあるソラに愛華は邪魔だと告げる。これ以上は自分の仮面が剥がれそうだった。
「うん、じゃあね。……でも、その前に」
「……」
背伸びして愛華に自分から寄ったソラは一瞬だけ震えを止める。これだけは銀次のいない場所で言いたかった。彼は自分に標的が向いていることを良しとするだろうから。
「銀次へ迷惑メールするように指示してるでしょ? くだらないことしないで」
言い切った後にはまた膝が震えて、それでもまだ崩れるわけにいかないとソラは踵を返して生徒会室から出て行った。
ソラが出て行った後の生徒会室をしばし沈黙が支配する。
「あ、愛華様……」
澪が声を掛けると、愛華は指先で目の前のカップを指ではじいた。
「澪、紅茶が冷えたわ。入れ直してきてちょうだい」
「は、はい」
そうして、生徒会は作業に戻る。役員の机のファイルは一向に減ることはなかった。
自転車置き場では、自転車にもたれながら銀次がスマフォをチェックしていた。
ここ最近増えたメールの件名は、全て銀次への人格攻撃だった。恐らくはどこかでメアドを入手した愛華が女子達を使って嫌がらせをしているのだろう。ぶっちゃけ、全然気にならない。スマフォを全然使わないソラへ攻撃がいかないことが、むしろ助かるほどだった。
しかし、昼休みにソラの前でそれを確認したことは失敗だったと反省していた。聡いソラのことだ、何かに気づいたかもしれない。そして、その結果ソラは一人で愛華の元へ向かっている。
「……」
正直、こっそりついて行きたいほどだったが、それはソラの気持ちをないがしろにしてしまう。
ソワソワと昇降口を見ていると、ソラが出てきた。銀次を見てソラは小走りこちらに寄って来る。
「おう、大丈夫だったか? ゲフ……」
小走りから加速したソラがタックルするように銀次の腹に抱き着く。
そのままグリグリと頭を擦りつけた。
「……雑務、断って来た。褒めて」
「そうか、一人で言えたじゃねぇか」
「一人じゃないでしょ?」
「……あぁ、そうだな」
答えた銀次はメールのことを聞くか悩んだが、先にソラが顔を上げて少し恥ずかしそうに口を開く。
「じゃあ、デートの予定……立てる?」
「そうだな。頑張ったんだろ? ご褒美、やんなきゃな」
「うんっ!」
全部言葉にする必要は無い。ワシワシと柔らかなソラの髪を撫でて銀次はソラを労った。
次回は明後日更新です。
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