翌日の朝(ソラの場合)
朝、ソラはめちゃくちゃ早起きをしていた。というか眠れていない。銀次に触れた唇の感覚が残っており、さらにキスした瞬間の銀次の表情を確認せず逃げてしまったために。
「もし、嫌がられたら……死ぬ」
と、鏡の前で髪型をセットしつつ、死んだ魚の眼をしていた。それでも朝のケアして、最後にリップを取り出し……塗らずにしまう。
今は、まだ感覚を覚えていたいから。
そして、ドスンとお重を用意して昼ご飯を入れ続ける。昨日のことを思い出しながら、手はよどみなく動いている。百面相をしながら、手だけ高速で動かしている状態である。
弁当を作り終えると、姿見の前で全身をチェック。気合を入れて、カバン二つ(大きすぎて学校鞄に弁当が入らない)を持って家を出る。普段よりも30分ほど早く家を出ているが、これは早めについて心を落ち着かせる為だった。待ち合わせ場所で心を落ち着かせる作戦である。
「よぉ、ソラ。いつもこんなに早いのか?」
そして先に待ち合わせ場所にいる銀次を見て作戦は瓦解した。
「……何でこんなに早くにいるのさ!」
フラッシュバックする昨日の記憶、唇の感触だけではない、腕に抱き着いたことも、可愛いと言ってくれたことも、ソラの頭は完全に再現して思い出させる。
「あー、なんつうか。落ち着かなくてな」
頬を掻きながら少し照れる銀次を見てソラはフリーズし、そしてよろよろ近づき、丁寧に鞄置いた後、銀次に縋りついた。
「可愛すぎかっ!」
ソラの心からの叫びだった。幸い周囲に人はいない。
だって、自分と同じように色々考えて早めに来ていて、自分と同じで嬉しいとか、照れてるとかヤバいんじゃ、とか思考が加速するソラ。
「どうした?」
「いや、だって銀次が……可愛い、ぷぎゃ」
グルグル目で再び叫ぶソラの顔を銀次が手で挟む。
「お前、男子に向かって朝から何言ってんだよ……」
「ムガ、銀次が悪い……顔、クリーム塗ってるから……」
「おっと悪い。その荷物、昨日は画材かと思っていたけど、やっぱ弁当か……ほい、これ金」
ポンと封筒を差し出す。
「いらないけど、僕もご飯を銀次の家で食べてるし」
「弁当も入れたら明らかに俺がもらっている分が多いだろ。受け取ってくれ」
正直、父親からの仕送りを潤沢にもらっているのでお金には困っていないのだが、銀次なりの誠意だと感じたソラは素直に封筒を受け取る。ここは遠慮よりもその気持ちに応えたい。
「美味しいご飯を作るね」
笑顔で答えるソラに、銀次は顔を逸らす。無言でソラの鞄をカゴにいれて、弁当は手に持った。
「『尽くしたがり』も結構だけどよ、たまには俺も弁当つくるからさ。ソラの好きなもんとか教えろよ。俺の好物ばっかじゃソラが飽きるだろ?」
昨日の去り際のことは話題には上がらないけど、それでもこの距離感が答えで、ソラにとっても銀次にとってもそれが心地よかった。
「そうでもないよ」
『だって、銀次が美味しそうに食べてくれることがボクの好物だから』
と言いたくなる。だけど、今それを伝えたら登校前に真っ赤になってしまう。
「あん?」
「別に、じゃあ一緒に帰りに買い物行こうよ。お弁当を一緒に作ろう」
「おっ、いいぜ。じゃあ、帰りにスーパー寄るか。テツにお使いを頼まれてるからよ。今日はトンカツを作るってさ」
「ボク等で作ってもいいんじゃない?」
「俺もそう言ったけどよ。たまには腕を振るいたいってな」
「本当にできた弟君だね」
「まったくだ」
歩調を合わせながら横を見るとやっぱり銀次は少し緊張していて、それ以上に自分も緊張して、ドキドキする胸の鼓動がそれまでと少し違う関係を教えてくれて、くすぐったかった。
あぁ、今日はどんな『尽くしたがり』をしたげようかなぁ。
次回の更新はできたら明日。銀次メインの視点です。
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