誰にも渡さない
ひとしきり泣いた後、落ち着いたソラが着替えをしているうちに銀次は冷蔵庫にあるもので料理を作ることにした。思えば、銀次が一人でソラの家で料理をするのは初めてだ。野菜と肉を切って、圧力鍋に入れて煮るだけの簡単なポトフを作り始める。半袖のパーカーに短パンの部屋着に着替えたソラが手伝おうとするが、銀次はソラを椅子に座らせる。ほどなくして完成したポトフをテーブルまで運んだ。
「なんか、銀次にしては珍しい料理だね」
「たまには胃に優しい料理もいいだろ」
スプーンではなく、より食べやすそうなレンゲを出すあたりが雑な銀次らしくて、ソラはクスリと笑う。
「詰めが甘いなぁ」
「楽なんだよ、食べやすいだろ?」
「……あーん」
ソラが口を開ける。いつもとは逆の立場にたじろぎながらも銀次は掬ったポトフを冷ましてソラに食べさせる。
「甘えさせてくれるんだ?」
食べさせる時よりも恥ずかしそうにソラは目線を下げる。
「ほどほどにな」
「ほどほどにね」
あやふやな線引きは笑い合う二人の関係のようで、その後も食べさせ合ってポトフを食べきった。
いつもなら、夕ご飯を食べて後片付けをしたら銀次は帰るのだが、なんとなく銀次はソファーに座る。すぐにソラが横に座った。
「ゲームでもする?」
「なんかあるのか?」
「RPGばっかりだけど……オンライン系の対戦ゲームもあるよ」
「コントローラー一つしかないな」
「……ボッチだし」
ポカリと肩パンが飛んでくる。
「今は違うだろ? 今度コントローラー持ってくるよ」
「うん、じゃあ、映画とかみる? サブスク入っているから」
「いいな、なんか見て帰るか」
その言葉を聞いたソラがリモコンを操作する。
「……じゃあ、イン〇ース〇ラー見ようか」
「深夜になるわ」
ソラが選択した三時間近い映画を拒否する。
「ぶっちゃけていい?」
まだ少し赤い目を銀次に向けて、ジリジリとソラが近寄る。
「お、おう。腹割って話すってのは俺が言ったしな」
「泊ってかない?」
「アホ」
チョップがソラに炸裂する。流石に女子の家に泊るのはダメに決まっている。
「だって、なんか離れたくないし」
「落ち着けソラ。今日は色々あっておかしくなってんぞ」
「銀次が悪いんだよ。葉月さんを可愛いとか言うし、本当にキスとかしてないんだよね」
余裕が出てきたのかちょっとだけ頬を膨らませてソラが銀次の腕に頭を寄せる。
ソファーと腕の間に顔をうずめているので表情は見えないが、耳は赤い。自分でも恥ずかしいのだが、今は銀次に少しでも気持ちをぶつけたい。
「してねぇよ。向こうだってする気はなかっただろうしな」
「……でも、可愛いって言った」
ここまでくれば、流石の銀次にもソラの欲しい言葉がわかる。
「ソラも可愛いぞ」
ぴくりと反応する。なんか面白くなって銀次はニヤリと笑う。
「ソラは可愛い」
ピクピク。
「めちゃくちゃ可愛い。ちっちゃくて、料理は上手いし、話しやすいし、頑張り屋だ」
ギュウ~とソラが腕に抱き着く。足指を丸めて羞恥に耐えているようだ。
「気も利くし、マッサージも上手いしな。他には……」
銀次は言葉に詰まる。顔を隠していたソラが顔を上げてポーッとしたどこか酔ったような表情で銀次を見つめていた。
「他には?」
ソファーに膝をついて、顔を寄せる。触れるような距離で、ヘーゼルアイが揺れる。
長い睫毛に薄い唇、整った鼻筋と透けるような肌には紅が差していた。
「……ほどほどだぜ」
ポンと頭に手を当てて銀次がソラを止める。名残惜しそうに一撫でしてソラを押し戻す。
「むー、銀次のバカ」
あまりに直接的な言葉に銀次は苦笑する。
「週末に絵を見せてくれんだろ? ソラのことを知ってから……そっからだな」
「……うん」
流されるんじゃなくて、二人で歩み寄りたい。銀次はそう思っていた。
二階を出て、一階の玄関でソラは銀次を見送る。
「じゃあ、明日な」
「うん。また明日」
銀次が振り返ろうとする前に、ソラは手を伸ばして銀次の襟を掴み引き寄せる。
つま先立ちで背伸ばして、頬に唇が触れる。
「んっ」
そのままソラはダッシュで階段を駆け上る。外に出た銀次は頭を抱えた。
「何がほどほどだよ。ったく、意識すんなってのが無理だろ……」
夜の風はアルファルトの熱を運び、夏の到来を予感させる。
そして、二階に戻ったソラは……。
「は、ふぇ、ぼ、ボクはなんてことをっ! だって、他の人に銀次を盗られるから、うぅ、でも、でもぉ。うわぁああああボクのバカぁあああああああああ!!」
ソファーにダイブして足をひたすらバタバタさせていた。
次回の更新は明後日になりそうです。
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