大事にしたいから
銀次は困っていた。それはもうめちゃくちゃ困っていた。俯いて制服の裾を掴むソラは、明らかに怒っている。しかし、女子に泣かれた経験なぞ小学生の時に、目つきが悪いと相手を怖がらせて泣かせてしまったことくらいしか思い浮かばない。そもそも銀次はなぜソラがここまで怒るのかその真意を計りかねていた。愛華のことか、澪に体勢を崩されたことか、頬をはたかれたことか。どれもそれっぽく、でもなんとなく違う気もする。
「なぁ、ソラ。機嫌なおしてくれよ」
「……」
チラっと銀次を見上げると、プイっと顔を逸らす。ちなみに銀次の頬にはソラが冷シップを貼っている。自転車置き場までの道のりでのソラを説得することは難しそうだ。
とか言っている間に自転車置き場についてしまう。ここまで来たら、正面から行くしかないと銀次は覚悟を決めた。
「何で怒っているのか正直はっきりとわかんないからさ、腹割って話そうぜ。今日は俺んちで飯だよな」
「……話すなら、二人きりがいい」
やっと喋ったソラに銀次は安堵する。しかし、二人きりというなら家には弟がいる。
「じゃあソラの家行くか。ちょい待ってろ、テツに伝えるわ」
ソラから少し離れてスマフォで連絡すると、すでに家にいたのか哲也はすぐに電話に出た。
『もしもし、どうしたの?』
『おぉ、悪いな。実は今日なんだが、ソラを怒らせちまってな。ソラの家に寄るから、飯を任せていいか?』
『いいよ。兄貴とソラ先輩が喧嘩なんて珍しいね』
『喧嘩っつうか、まぁ、色々あってな。いまいちどのことに対して怒っているのかわからねぇんだよ』
『へぇ、心あたりはないの?』
『……まぁ、迂闊に抱き着かれたのは間抜けだったかな?』
『……なんて?』
『いや、女子に抱き着かれてな』
『ソラ先輩はそのこと知ってるの?』
『知ってるも何も、ソラの目の前で起きたことだぞ?』
『……兄貴が悪い、今日はソラ先輩にしっかり謝ってきてくれ』
『え、おいテツ』
電話が切られる。……なんか最後アイツまで怒ってたな。
銀次がソラの元に戻り、二人乗りで坂道を降りる。
背中に感じるソラの温度がいつもより高い気がした。
「ごめん……銀次」
背中でソラが謝る。
「何でソラが謝るんだ? つっても俺も謝ることがわかんなくてよ」
「ボク、とってもやな奴だ。自分が嫌になる」
「違ぇよ。俺の為に怒ってくれてんのは伝わってるよ。俺は嫌な気持ちじゃないぜ」
「……うん」
夕焼けと生温い風を切って進み。ソラの家に着いた。
玄関から入り二階のリビングに行くと、ソラは銀次の手をとって二人でソファーに座る。
しばし、無言で過ごし銀次が口を開く。
「何で怒っているのか、教えてもらっていいか?」
コクリと頷きソラがクッションに顔をうずめながら話し始めた。
「銀次が葉月さんに抱き着かれたように見えた時に、そうじゃないってわかっていても胸が苦しくなって、銀次が叩かれた時はどうしようもないほどに辛かったんだ。ボクが叩かれた時がずっとましなくらいに、辛くて、苦しくて、それでこんな態度を取って……こんなはずじゃないのに、本当はありがとうって言いたいのに、自分でもわかんないんだよ」
クッションを抱きしめて、銀次にもたれながらソラは胸の内を吐露した。
ヘーゼルアイが濡れて揺れている。銀次はソラの頭を撫でた。
「……そうか」
それは親友に抱く感情ではない。銀次もまた、今の距離感が特別なものであることは自覚しつつあった。その上で、大事にしながら歩み寄りたかった。
「これで謝れるな。悪かった、俺もソラが男子に抱き着かれていたら嫌だ。怒っちまうかもな。だからおあいこだ」
「……銀次は優しいね」
「そうでもないさ」
「ねぇ、銀次?」
「何だ?」
「今日は『尽くしたがり』じゃなくて、甘えてもいい?」
すがるようなその目、この広い家と学校でずっと一人でいたソラがその言葉をいうことに勇気が必要なことを銀次は知っていた。だからこそ、大事にしたいから。
「ほどほどにな」
そう言って強がって。ソラはそんな銀次が好きで、大好きで、ポロポロと泣きながら抱き着いた。
ずっと一人でいた少女には、それはあまりにも温かで、夢のような出来事なのだ。
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