偽の告白
放課後、帰りのホームルームが終わると部活動に行く生徒達で学内は騒がしくなる。
銀次が鞄を担ぎながら立ち上がる。ソラも無言で立ち上がり二人は別々の方向に歩き出した。
美術室というものは放課後は美術部が使うことになっている。ちなみに愛華も形だけは美術部であることを銀次は知っていた。形だけといったのは、生徒会役員である愛華は美術部に顔を出さないし、そもそも絵はソラが描いていたのだから、美術室で絵を描いていないのだ。
「鍵は……開いてんのか」
銀次がドアを開けると、遮光カーテンが閉められた室内は真っ暗だった。
パチリと音がして部屋が明るくなる。
「来てくれたのね。桃井君」
「……やっぱモテたわけじゃねぇか」
ため息をつく銀次の前に立っていたのは転校生の葉月 澪だった。
ショートの髪をかき上げて銀次に近寄る。
「そうかしら、見た所髙城さんからも好意を持たれているし、私からのラブレターだってもらっているじゃない。モテていると自惚れたらどう?」
銀次を睨みつけながらドアを閉めて後ろ手で鍵をかけた。
「へぇ、アンタが俺を好きだなんて想像もしなかったぜ。告白っていうんならちゃんと聞くけどよ」
すれ違う形で銀次は進み、教壇近くの木製の作業机に腰かける。
「そうね、告白よ」
緊張した顔で、澪が再び銀次に近寄り顔を寄せた。
「おいおい……どういうつもりだ?」
「こういうことよっ!」
困惑する銀次の襟に手を置いて、引き寄せた。机に座っていた銀次は引き寄せられ体勢を崩す。
「グッ」
飛び降りる形で踏ん張る。前かがみになり目の前には澪の顔があった。
太目の眉、嫌悪感で歪んだ表情、息遣いが近い距離で銀次に伝えられる。
「十分よ、離れなさい」
今度は突き飛ばされ、机に身体をぶつけられる。
「痛ぇな。もう一度聞くけど、何がしたいんだよ?」
「フン。思い上がりの髙城に身の程を教えてあげるのよ」
「ソラに? どういうことだよ」
澪は教壇に昇り、職員用の準備物の影からスマフォを取り出した。
そして銀次画面を突き付ける。
「私が背になっているから……いい感じね」
そこには、見方によっては銀次が前のめりになって澪をキスしているような画像だった。どうやら動画を一時停止しているようだ。
「俺を痴漢にしたいのか? そんな事件の当事者になったお前だって苦しいだろ?」
「違うわよ。これを髙城に見せるの、あの子はそれだけで崩れるわ。否定したってかまわないわよ。そのやり取りをすることで、あの子の居場所を奪う時間が増えればいいもの」
眉を『へ』の字にする澪を見て、銀次はのそりと近づく。
その表情は明らかに怒っており、澪はたじろいでしまう。
「な、何!? 乱暴するなら声をあげるからっ!」
今度は澪が机にぶつかる番だった。これ以上は下がれない、前を見ると銀次が肩を強く掴んだ。
殴られる、と目をつぶった澪だったが想像した衝撃はこない。目を開けると、銀次は澪を見ていた。
怒っていると感じたその表情は、よく見れば……悲しそうだった。
「そんな痛々しい顔で人を脅す奴があるか、この馬鹿野郎っ!」
「え?」
「嫌なら嫌だって言えばいいんだ。どうせ四季に頼まれたとかそんなんだろ? お前、人を脅すのに向いてねぇよ」
軽い音が美術室に響いた。澪が銀次の頬を打ったのだ。しかし、銀次は怯むことなく澪から視線をはずさない。
「うるさい! 違うわ、勝手に私がやったのよ! 髙城のクセに注目されて……愛華様が困っていたから。あ、愛華様は関係ないわっ!」
「……お前こそ関係なかったんだよ。ソラっ!」
「うぅ……銀次ぃ」
美術室の後方の石膏像の影から、ソラが顔を出した。そのまま走って銀次に駆け寄る。
「髙城っ! どうして……」
「だ、大丈夫銀次? は、腫れてるし、冷やさないと」
澪を無視して、ソラは銀次の頬に手を当てようとしている。
「露骨だったからな。先に連絡してたんだよ。ソラは美術部だし、生徒会の手伝いで鍵を借りたりしてたからな。俺が入室してから、隙をみて後ろの扉から様子を見てもらった……おい、ソラ泣くなって。大丈夫だから……えーと、どこまで話したか、そうそう、四季の奴には上手くやったって伝えたらいいぞ。それでそっちも面子が立つだろ。俺達も黙ってやるからよ。ただし……」
呆然とする澪の手にあるスマフォをひょいと奪い、動画ファイルを消去する。
そのままスマフォを投げ渡した。
「こんなの四季に渡したら、お前が脅されるぞ。ソラ、離れろって、鼻水つけんな」
「うぅ~」
完全に泣き出したソラが銀次に顔を擦りつけて泣いていた。銀次は頭を撫でてあやすが今日ばかりは効果が薄いようだ。ソラの注意に澪は入っていない。その事実が澪をイラだたせる。
「じゃあな葉月、お前、わりと可愛いんだから変なことすんな」
「……馬鹿にして!」
叫ぶ澪だったが、それ以上何かができるわけもない。美術室を出る二人を見送ることしかできなかった。
ちなみに最後の銀次の言葉を聞いてソラは廊下で脛を蹴り、銀次は頬を叩かれた時よりも悲痛な声をあげることとなった。
投稿時間の日付を間違えていました。すみません。
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