二人が一番落ち着くね
一方、校門で銀次に抱き着いて、『ボクのもの』発言をしたソラはパニックになったまま銀次の袖を引いて教室へ向かっていた。
「お、おいっ、ソラ。服が伸びちまうぜ」
「むぅうううううう」
振り返り、やや涙目で銀次を見上げるソラは頬を膨らませていた。
「な、なんだよ?」
「別にー……」
何かわからないが、どうやらソラは不機嫌だ。先程の発言のことが気になる銀次だったが、とても聞ける雰囲気ではない。それに、気になっていることはもう一つあった。
「ったく、せっかく褒めてやろうと思ったのに」
「褒める?」
ポンと頭に手を置く銀次、それだけでソラの心のささくれは溶けて消える。
「四季の奴に一発かましたじゃねぇか。大したもんだ」
「……え? あっ、ボク、愛華ちゃんに……」
「正面から気持ちを伝えたろ。よくやった、気分良かったぜ」
笑いかける銀次にソラは驚いていた。俯いて意見を言うことはあっても、あんな大きな声で愛華に意思を示したことは初めてだった。
「……信じられないや」
「そんだけ、お前が成長してるってことさ。ほら、教室行くぞ。目立っちまう」
踵を返す銀次の横にソラが並ぶ。すでに注目の的ではあるが、誰がこの二人の雰囲気の間に入ることが出来ようか。『髙城ちゃんを見守る会』の男子は缶のブラックコーヒーで乾杯までしていた。
そして二人で歩き出すと、銀次が小声でソラに告げた。
「それと、ああいうのは気をつけろよ」
「『ああいうの』?」
ソラは言葉の意図がわからず、銀次に少し近寄って聞き返す。
銀次は鼻の頭を赤くして、ソラの耳に顔を近づけた。
「いくら、最近まで男子のふりをしていたからって、抱き着くのは止めとけ」
「あっ……嫌だったよね、ごめんね」
ションボリとするソラに銀次はしかめっ面で、前を向く。
「嫌じゃねぇよ。ただ……ドキドキすんだろうが」
「……ドキドキ……したんだ?」
「……」→カッカッカッカ。
ソラの質問に銀次は早歩きで応える。ソラも先程の不機嫌はどこに行ったのか、笑顔で銀次の顔を覗き込もうと走って前に出ようとして銀次がさらに前に出る。そして二人は勢いよく教室に入ったのだった。無論、会話の内容までは聞こえていないがそんな様子を周囲はしっかりと見ていた。
休み時間も銀次とソラは一緒に過ごしており、銀次の友人達がソラの負担にならない距離を測りながらその周りに集まる。愛華の集団よりかは人数は少ないが、クラスを二分する人気であることには違いない。幾人かの女子はそのことに非難するような視線を向けていたが、銀次もソラも一切気にしない為に、それ以上何かする様子はなかった。ただ、澪は他とは違う探るような視線を二人に向け、愛華は興味が無いと言うかのように取り巻き達と談笑をしていた。
そして、昼休み。ソラの『尽くしたがり』の時間である。流石にこの時間は人目を避ける為に、荷物を持って教室を出た後は、周囲の人がいないルートを通って部活棟のいつもの部屋に入る。
「ふぃ~。ちょっと疲れたかも。昨日よりはマシだけどさ」
「無理すんなよ。しんどいようなら、クラスの連中にもう少し距離を置くように頼むからよ」
「大丈夫だよ。悪気がないのはわかるから、気持ちは楽だから。でも、こうして銀次と二人きりの時間が一番落ち着くかな」
机に伸びたままに、銀次の方を向くソラ、どこか甘えたような表情に銀次は歯を食いしばる。
二人きりでいると、朝方にあったソラの『ボクのもの』発言や抱き着かれた時の感触をどうしても意識してしまう。そんな内心の葛藤を必死で抑え込み、普段どおりに会話をしているが、安心しきった表情のソラを見ていると顔が熱くなる気がするのだ。
「そりゃ光栄だな。俺も、二人でいるのが……いい感じだと思うぜ」
「エヘヘ……よっし、じゃあお昼の『尽くしたがり』です。お弁当は持ってきてないよね?」
「昨日の夜にIINEが来たからな。疲れてるだろうに、弁当まで作ってもらって大丈夫か?」
「やらいでか、任せといてよ。むしろたくさん作る方が選択肢増えるもんね。といっても、他にもすることがあったから、品数増やせなかったんだけどね」
ソラが意気揚々と荷物から『それ』を取りだした。
「やりすぎだろ……」
デンと机に3段のお重が置かれたのだった。
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