笑みには毒を添えて
ソラの衝撃的な発言後。顔を真っ赤にしたソラが銀次を引っ張り学校に入り、周囲の学生の話題は今しがたの事件に集中した。喧噪は徐々に拡大し、教師たちも異常に気付き始めたようだ。
「あ、愛華様……収拾がつきません」
「生徒会長、挨拶運動はこの辺にしましょう。解散します」
「あ、あぁ。そうだな、皆、副会長の言う通りだ。今日はこの辺にしておこう」
生徒会長が宣言し、生徒会の面々は持ち場を離れる。愛華と澪は生徒会室へ向かった。朝のホームルームまでまだ20分ほど時間がある。今、自分が戻ればソラの勢いに飲み込まれてしまうと思ったからだ。
椅子に座り、いつものミネラルウォーターを取り出そうとして用意がされていないことに気づく。
「……澪、明日から朝のうちに給湯室の冷蔵庫にミネラルウォーターを数本入れて起きなさい。軟水でお願い」
いつもソラが準備していた物の一つだ。細々したことを全てソラに任せていたせいで、ふと気が付くと不便を強いられてしまう。それが愛華のいらだちを加速させていた。
「かしこまりました。顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」
「……大丈夫なわけないでしょ。あの子が、私に意見するなんて……信じられないわ」
愛華と銀次の間に入り、明確に自分の意見を愛華にぶつけたのだ。内容がどうであれ、その行動はソラが愛華に反抗をしたことに他ならない。何年にもわたり徹底的にしつけたはずの上下関係を覆したのだ。腹立たしさよりも驚きが先立つ。一体どうしてあのソラが変わることがあったのか。
「あの、愛華様。髙城 空は一生徒です。ほおっておけばいいではありませんか? 愛華様の方がずっと可愛いですし、優れています」
「当り前よ。だからこそ、ほおって置けないのよ。あの子は私の従姉妹で……昔からお父様もお母様も周囲の人達も私達を比べるもの。だから、潰したのに……ねぇ、澪。貴方はどうして私に良くしてくれるの?」
椅子に座った愛華が銀髪をイジりながら澪を見る。澪は顔を赤く染めて、しどろもどろに答える。
「えと、一目惚れです。愛華様は本当に綺麗で、私の憧れだったんです。だから中学の頃に一緒にいたくて……」
「そう、もっと早くにソラを捨ててあなたを傍に置いておけばよかったわ」
心にもない言葉は、それでも甘い声音と伴い耳朶より澪の心に染み込む。
「ふぁ、ふぁい……」
愛華は立ち上がり、顔を寄せる。数センチの距離に詰められた澪は呼吸すらままならない。
ビスクドールのような現実離れした美貌は男女問わずメデューサのように見る者を石にする。
「……普通はこうなるはずなのにね」
「え、えと? 愛華さま?」
「何でも無いわ。そろそろ、教室も落ち着いたころでしょう。行くわよ」
顔を澪から離し、愛華は思案する。この私が顔を近づけたのに、動じることも無く正面から私を見た銀次を思い出す。憎たらしい、多少照れでもすれば付け込んだものを……まるで、私を憐れむように見るなんて……。
「腹立たしい」
ソラの能力は昔からわかっている。だけど、美しいのは私でしょ?
『全て』譲れないけど、その中でも許せないことの一つだった。あの醜い子よりも私の方が絶対に綺麗なことは事実だ。どの分野でもソラの居場所は存在しない。存在してはいけない。あの子が変わったのは明確だ。『居場所』を求めたから……。まだ頬を染めている澪を見て、愛華は花のように微笑む。
「ねぇ、澪。お芝居してみない? きっと、楽しいわ」
「愛華様?」
その笑みを花に例えるならば、付け足すことが一つ。
その口元には茨の毒が添えられていた。
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