銀次はボクの!!
朝、いつもの場所で二人で合流する。制服姿のソラが大きな欠伸をしていた。
「寝不足か?」
「うん……ちょっとね」
週末の為に準備をしている絵に熱が入りすぎて、やや寝不足なのだが根を詰めると徹夜も辞さない質であるソラにとってはこの程度慣れっこだった。
「無理すんなよ。昨日のこともあるし、注目はされてんだろ。四季が何かしかけてくるかもしれないし……」
「ジー……」
思案する銀次の袖をソラが引く。銀次がソラの方を向くと、『見れ』ととでも言うようにおでこが突き出される。しばらく観察したのち、鈍感男は相手の意向に気づいた。
「髪留め、可愛いぞ」
前髪を止める髪留めが追加されていた。よく見ればメイクも少し違うような……気がする。
「遅いんじゃない?」
といいながら。ソラの口の端がニマニマとしている。
「すまん、次はすぐに見つける」
実際の所、ソラを直視すると何かが沸き上がってきそうなので視線をそらしている銀次だった。
「それならいい。愛華ちゃんがボクを意識して何かするなんてことあるかなぁ?」
ソラとしては、愛華は自分がいなくても大丈夫だと思っている。自分本位な愛華がリソースを割いて何かをするとは思えない。銀次は愛華や澪の様子から警戒をしているようだが。
そのまま二人で、期末テストについて話し合っているとちらほらと他の生徒の姿も見えてくる。
女子用の制服姿のソラは昨日の件もあり、それなりに注目を集めていた。しかし二人はいつも通りの雰囲気で歩いていく。そうして学校に着くと……。
「……本当に何かやってるね」
「……言っただろ」
そう言う銀次も驚きを隠せない。校門前で生徒会メンバーが挨拶をしていたのだ。
その中には愛華と澪の姿もある。
丁寧にノボリまでついていた。『生徒会挨拶活動』だそうだ。
「今日の挨拶運動はできそうにないね」
「別にいいんじゃねぇか。目的は達成できてるよ」
銀次の言葉の意味が分からないままに自転車置き場について行く。すると、遠目から斎藤がやって来た。
「お、髙城ちゃんおはよう」
「『ちゃん』はいらないよ。斎藤君おはよう」
「おい、俺に挨拶はないのか?」
「あん? あぁ、銀次いたのか」
「野球部への差し入れ無しな」
「それは勘弁!!」
「あはは、ボクも手伝おうか?」
「マジか! 頼む、皆も喜ぶと思うんだ!」
「銀次の手伝いならいいよ」
「安請け合いすんなよ」
「いいじゃん。ねっ、斎藤君?」
片手をあげて応じると、斎藤は一瞬フリーズしてそのまま去っていった。
そしてその流れは止まれない。自転車置き場から昇降口へ移動中だけでも数人の男子がソラに挨拶をしていた
「髙城ちゃんおはよう」「た、髙城ちゃん……」「髙城さん。今日は挨拶しないのか」「対象を確認、ルートCで待機。あっ、髙城ちゃんおはようございます」
やや緊張しながら、挨拶を返すソラ。そして生徒会が活動している昇降口へ行くと愛華と澪が二人に寄って来た。
「……まだ、女子用の制服なんか着ているのねソラ。気持ち悪い子ね」
銀髪を描き上げる愛華、銀次が見るに少し疲れているように見える。昨日のことがあり眠れていないのだろうか。澪は敵対的な視線を隠すことも無く愛華の後ろに立っている。
「愛華ちゃん……うん、ボクはこの姿でいたいんだ」
その言葉が言い終わらない内に、愛華は踏み込んで後ろの銀次に顔を寄せる。
「桃井君。貴方がしていることは無駄よ。誰もこの子を見ない、私だけが皆に注目されるの」
その言葉は周囲の人には聞こえない。ちなみに、ソラはポカーンとしていた。
「……なんとなく、お前のことがわかってきたぜ。どうしてそうなったかはわからねぇけどな」
真正面から愛華の青みがかった目を見る銀次はどこか憐れんでいるようだった。予想外の反応にたじろぐ愛華が一歩下がる。
「しゃー!」
その隙に再起動したソラが猫化して二人の間に入り込む。そのまま銀次のお腹に抱き着いた。
「なっソラ!?」
「……何を?」
とっさのことに銀次も愛華も、なんなら周囲の生徒すらも停止する。遠目にソラを観察していた『髙城ちゃんを見まもる会』の男子の面々はなぜかハイタッチをしていた。
「銀次はボクの!」
その日、桃井 銀次は学校で最も注目を集める生徒になった。
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