祈りに似ている
銀次に自転車で送られて、帰宅したソラはまずは二階へ行ってリボンを外し胸元を緩める。
皺にならないように、制服をハンガーにかけて、冷蔵庫から紙パックの牛乳を取り出して飲みながら下着姿のまま一階へ。
「……どこだっけ?」
ツナギを探してゆっくりと着替える。しばらくゴソゴソと探し物を行い、棚から金属製の箱を取り出した。
ゆっくり開けると折りたたまれた、光沢感のある細目生地のキャンバスが置かれている。
取り出し広げると、×に布が切られている。そこに書かれていたものを見て、ソラは目を閉じる。
「銀次……」
瞼の裏に浮かぶのは、忘れられない恐怖の記憶。
でも、それに負けないくらい強く輝く好きな人の姿もそこにはあった。
丁寧に破かれたキャンバスを折りたたんで、新しいキャンバスを取り出す。
道具を使い時間をかけて木枠に取り付けて、イーゼルと呼ばれるスタンドに置いた。
週末に自分の絵をかく時間を見られる。その為の準備……。なぜだろう、少しくすぐったい。
「何描こうかなぁ」
愛華に強制されない時は、好きなものを描くようにしていた。
目を閉じれば、いつも無数のお気に入り瞬間が脳裏に出てくるのだが……。
浮かぶのは、銀次の姿ばかり。
尽くされて照れる銀次や、笑いかけてくれる銀次、抱き着くと少し照れてそれでも自分を引き離すことはしない様子。手の感触、匂い、低い声、体温、どれも鮮明に思い出せる。一生死ぬまで忘れない。
「うぅ、重症かも……」
それならいっそ、銀次に伝えたいことを描けばよいのだ。心をぶつけるから絵は意味を持ち、喋るのが下手な自分の想いを描き出す。この胸の高鳴りは伝える為にある。
少し頭が茹だったのでブレイクタイムが欲しくなった。
一階にも置かれているケトルでお湯を沸かし、待ち時間に鉛筆を削る。カッターで鉛筆を削るとプンと木の香りがして、ソラはその匂いが好きだった。
湯が沸いたので、マグカップにコーヒーを淹れる。ミルクたっぷり、砂糖少し。銀次はブラックが好きだったな。テーブルにマグカップを置いて、銀次を想いながら椅子に座り、鉛筆を持った。
誰かの為にではなく、自分だけの為でもなく、好きな人の為に絵を描く。
どうしよう、めちゃくちゃドキドキする。
コンクリートの壁で覆われた小さなお城の中心で、ソラは真っ白な世界に向き合う。
その姿は祈りに似ていた。
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