『遠目から髙城ちゃんを見守る会』
部活棟の前で十人近い男子が集まっている。各々が心配そうな顔をしており、一人がゆっくりと一階の階段横のスペースに近づく。
「し、しゃー!!」
隅っこで丸まっていた制服姿の小柄な女子が両手を挙げて涙目で威嚇している。ぶっちゃけそれすら可愛いのだが、明確な拒絶に男子は肩を落とした。そしてその肩に手が置かれる。
「いいから下がってろ……野生化している」
「ぎ、銀次、俺達は……」
「わかってるから、今はソラと二人きりにしてくれ」
入り口に戻るクラスメイトを見送り、隅っこでうずくまっているソラを見て、銀次は大きくため息をついた。
――時は一時限が終わった休み時間に遡る。
週末に過去のことを話す。というこれからのことが決まり、さらに銀次に甘えることができてすっかり満足したソラは上機嫌で銀次と共に教室に戻り……。
「「「髙城ちゃん!!」」」
「ふぇ! な、何!?」
そして男子に囲まれた。一時限目から授業などそっちのけでソラのことを考えていた男子達である。
月末テスト学年一位の男子が実は女子でしかも可愛い。
この事実は授業中だろうがSNSを経由して学年の一部には広がっていた。実際にソラを見ると小動物的な愛らしさに加え、男子として振る舞っていたというなんとなく近づきやすいイメージが相まって、男子達の脳内でソラの人気は短時間で爆発的に高まっていた。
特に、普段女子と会話ができない男子に刺さった。美人といえば他に追随を許さない愛華がいるが、可愛らしさという別ベクトルでソラは人気を集めてしまった。結果としてクラスの男子がソラを囲っていた。一人だと怖いが、皆でならいけるという悲しすぎる心理状態である。
「おい、お前等! キモいぞ!」
同じ男子である銀次には多少は気持ちがわかるが、それでも教師たちに囲まれて恐怖で喋れなかったソラをそのままにする気はなく、男子達の前に立ちはだかる。
「引っ込め銀次、お前には俺達の気持ちなんてわからねぇ」
「俺達は髙城ちゃんと、ちょっと話がしたいだけだ」
「そうだそうだ」
ソラは銀次の服を片手で掴み、どんよりと心底嫌そうにもう片方の手を挙げた。
「あーうん。よろしく、で、でも離れて欲しいかな……」
なんとかそう言って、銀次をつれて席に戻る。
「大丈夫か? まぁ、アイツらも嫌がっているのに近づこうとはしねぇさ」
「うん……びっくりしたけど、怖いって感じはないかな……銀次がいてくれるし」
机にぐでーんと伸びるソラ。ちなみに片手はまだ銀次の服を掴んでいる。
「ま、まぁ、すぐに落ちつくさ」
そんな二人を愛華は睨みつけており、何かしたそうではあるが他の生徒の注目もあり動き出せないように見える。澪も同様である。銀次はこれはこれで愛華達への牽制になっているかと考えていた。
……そしてその考えは甘かった。
校門での挨拶活動もあり、他クラスでも話題になったソラは休憩時間の度に男子達の突撃を経験し、昼休みが始まると他学年の男子もソラを見ていた。
噂には尾ひれがつくものだが、尾ひれ以上に可愛いソラの話題は指数関数的に広まる。結果、集まった注目に対しソラのストレスは頂点に達し、追いかけてくる男子達に対しソラはパニックになりながら銀次を連れて逃亡を図る。部活棟に入り、三階のいつもの部屋へ行く前に他の男子を見てしまい、一階の階段下へ逃げ込んだ後は、近づくもの全てに威嚇するようになってしまった。
そして冒頭へと戻る。
「そ、ソラ?」
「しゃー!」
声に反応して威嚇するソラに銀次は、目線の高さを合わせながらゆっくりと近づく。
「大丈夫だ。ここには俺しかいないぞ」
「ぎ、銀次?」
ソラの瞳に知性が戻る。ゆっくりと近づくと銀次はソラの頭を撫でた。
「落ち着け、辛かったな」
「うぅ、もう女子やめようかな……銀次と二人きりの時だけでいいかも」
銀次に縋りつきながら弱音タラタラのソラだった。もう、ほとんど心が折れそうになっている。
そもそも、人と話すのが苦手なのに慣れない異性に囲まれると言う経験は予想以上にキツかった。
愛華や過去のことと向き合う前に、予想外のダメージを負っている。
「あいつ等にはきつめに言っておく、当分俺が傍から離れないから」
……ピクリと銀次に縋りつくソラがその言葉に反応する。
「ほんと?」
涙目で見上げてくるソラに銀次は笑顔で応じる。
「ああ、休み時間も一緒だから安心しとけ」
銀次としてはソラを安心させるための言葉だったが、ソラはまた顔を銀次の胸にうずめる。
「こ、こわいなー。まだこわいなー」
棒読みであるが、困惑する銀次はつい甘い提案をする。
「大丈夫だ。ほら、俺に任せとけって」
「……尽くしてもいい?」
「いや、それは関係ないんじゃ……」
「……」
無言の圧力。実際、今の状況はソラにとってキツイのは事実。銀次は妥協した。
「期間限定で追加で一回な」
現在『尽くしたがり』は一日一回である。
「もう一声」
チラチラとヘーゼルアイが銀次を見つめる。
「……二回だ」
日に三回の『尽くしたがり』は銀次にとっての限界だった。これ以上はダメ人間になってしまう。
「ならがんばる。エヘヘ、何してあげようかなぁ」
ソラはニコニコと笑顔で復活し、一連の様子を遠目から見ていた男子達はその笑顔に心を打たれ、涙しながら『遠目から髙城ちゃんを見守る会』の設立を決意したという。こうして一連の騒動は一旦の落ち着きを見せたのだった。
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