あと5分だけ
しばらく頭を撫でて、落ち着いたソラは指導室から出て、教師相手に話し始めた。
内容はいたってシンプル。入学してから男子として過ごしてきたが、女子として過ごしたいとそのままを口にする。事情についてはこの場では話していないが、教師陣は顔を見合わせる。
「……つまり、髙城は女子として過ごしたいと?」
「はい、今まで勝手をしたのにごめんなさい」
担任はポリポリと頭を掻きながら、表情は柔らかい。
「まぁ、先生達としては手間が減るからむしろ助かるが……四季が髙城は女子でいることに苦痛を感じると言って学校でも配慮することになったんだが……髙城が自分からそういうなら問題はない。ですよね、教頭?」
「はぁ、まぁ……よいのではないですか。保護者からの同意はあるのですかね?」
「お父さんにはボクから言います。書面も用意できると思います」
少し不安そうに、スカートを握りながら懸命に答えるソラを銀次は後ろで見守る。
「入学の時から四季の後ろにいて、喋らなかった髙城が自分からそこまでいうなら問題ないな。ジェンダーについては先生も意見を言いづらくてなぁ。四季の奴に任せていた節があるんだが……髙城が四季は呼ばなくてもいいと言うもんでな」
担任が銀次をジロリと見る。銀次は首肯をし、教師は何かを察したようだ。
「……先生に何かできることはあるか?」
「今は……大丈夫です」
「そうか、主任、教頭、そういうことでいいですかね」
「担任の先生にお任せします」
教頭がそう言い、その場は解散となった。放課後に保護者宛ての確認書類を受け取ることを言われ、職員室を後にする。一限目の終わりまでまだ15分ほどあった。
学内にある、食堂近くのラウンジに二人で移動し自販機からソラはオレンジジュースを銀次はコーヒーを買って椅子に座った。銀次が缶をソラに向け、ソラが合わせて乾杯する。
「お疲れ様だな」
「うん、疲れたー。緊張したー」
脱力して椅子にだらけるソラはだらしなく足を開いている。男装の癖が抜けていないようだ。
「……入学の時ね」
「おう」
ソラがポツリと口を開く。
「愛華ちゃんが学校の先生達にボクが女子の姿に抵抗を持っている。みたいなことを言ったんだ。ボク、愛華ちゃんの後ろで聞いていることしかできなかった……女子の制服、用意していたのにね。学ランを新しく買って男子の恰好をするようになったんだ。お父さんへの確認書類も全部愛華ちゃんが書いたんだ……」
「……ひでぇな」
「ううん、本当のことでもあったんだ。あの頃、女子であることが嫌になるようなことがあったら……自分から流されたの……」
缶を両手で持つソラの横で、銀次がコーヒーを一気飲みした。
「ソラ、見てろ」
銀次が、大げさに振りかぶり缶をゆっくり山なりに投げる。缶はゴミ箱に吸い込まれカランと缶同士がぶつかる涼やかな音が静かなラウンジに響いた。
「……ナイスイン」
「何があったのかを教えてくれ」
銀次はソラの心の壁に手を置いた。ソラが一人で乗り越えるならばそれは銀次が知らなくてもいい、乗り越えて、その後に余裕を持って話せるときに話してもらえばいい。そう思っていた。ソラの過去を聞かない理由をソラの負担になるからと言い訳をして。
でも今は違う、二人で一緒に進むためには銀次も知る必要があった。
「俺は、ソラのことが知りたいんだ」
向き直ってそう言った銀次は、自分の問いかけがソラを傷つけるかもしれないことを覚悟して、それでも踏み込んだのだ。ソラは銀次を見つめている。
あぁ、涙で視界がにじむことがもったいない。
あなたの全ての瞬間を記録したいのに。
「……銀次、週末空いてる?」
「空けるさ」
「前にさ、絵を描いている所見てみたいっていったよね?」
ソラは慎重に言葉を紡ぐ、銀次の気持ちを受け止める為に。
「あぁ、言ったぞ」
「うん、だから見て欲しい。ボクが描くところ、そうしたら話せると思う」
「……わかった。ふぅ、緊張したら腹減ったぜ」
ドサリと椅子に座る銀次にソラが缶を両手に持ったまま頭を寄せる。
「後で秘蔵のお菓子をだしたげる。お茶に合う和菓子だよ」
「いいな、楽しみだ」
チャイムが鳴るまで後5分。それまでは、この静かな場所には二人のみ。
その短い間を逃さないように、二人は身を寄せて話し合うのだった。
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