『二人で』立ち向かう
ソラを見た教師はホームルームを学級委員に任せてソラを職員室に連れて行った。
一限目が始まる前の時間に銀次と話したこともない男子が寄って来る。銀次の記憶では、愛華に心酔していた男子のはずだった。
「なぁ、桃井。ソラちゃん大丈夫なのか?」
『ちゃん』呼びをする男子を持ち前の三白眼で睨みつつ、銀次は手をヒラヒラと振った。
「心配いらねぇよ」
「そ、そうか。なぁ、お前ソラちゃんと仲いいだろ? 紹介とか……」
「自分でやれ」
にべも無く断る銀次にすごすごと引き下がる。何故かもやもやしてため息をつく銀次。
教科書を準備していると、放送が鳴った。
『一学年 桃井 銀次君。職員室まで来てください』
学年主任の声だった。無言で立ち上がりポケットに手を入れながら職員室へ向かう。
職員室前のドアを三回ノックして扉を開けると。
「失礼しま――」
「……銀次ぃ」
涙目のソラが両手を前に突き出しながら寄って来た。そのまま銀次の後ろに隠れて引っ付き虫のように服にしがみつく。
「……どうした?」
状況がわからず、困惑する銀次に同じく困惑している様子の教師陣。
担任と副担任、そして学年主任に教頭と四人の先生達も困り顔で銀次を見ていた。
「あー、状況を聞こうとしたんだが、どうにも怖がってしまって……女性の先生も今日に限ってすぐに来れないし。最近一緒にいることの多い桃井なら知っていると思ってな」
「えーと、ちょっと二人で話してもいいっすか?」
「隣の指導室を使ってくれ。一限目は受け持ちの先生にお願いしてプリントをすれば出席にする」
「ウス」
というわけで、隣の部屋に入る。取り調べ室のような机と椅子だけの簡素な部屋に二人で座ろうとするが、ソラが剥がれない。
「おい、ソラ。この姿勢じゃ話せないだろ」
髪から香る柑橘系の匂いと、華奢な体の感触にドギマギしながらなんとかソラを引き剝がす。
「……」
すると、ソラは無言で対面にしてあった椅子を横に並べて座る。どうやら隣に座れと仰せの様子。
登校時とはあまりに違う様子だが、銀次は横に座る。
ポテンと銀次の肩の少し下にソラが寄りかかる。
「教室では大丈夫だったじゃねぇか?」
愛華が教室に入っても気にせず振る舞えていたはずだ。それがどうして教師相手に怖がるのか、銀次には疑問だった。
「だって……銀次がいない」
恥ずかしさを誤魔化すように、少しふてたような態度でソラがほっぺを腕に押し付けながら銀次を見上げる。
「……は?」
「愛華ちゃんがいても、銀次がいれば大丈夫だったんだ。……一人で職員室に入って先生達を前にしたら、急に……怖くなって。ボクもびっくりしたというか……」
……銀次は腕を回して無言でソラの頭を撫でた。そうしながら自分の間違いを恥じていた。
ソラは変わった。今も変わろうとしている。
それは自分のせいだ。自分がソラを幸せにすると言ったから、ソラは応えたのだ。
少女の姿のソラはいつもより眩しくて、でも男装していた時よりも脆い。その意味を受けとめることをどこかためらっていた無責任を恥じていた。
「悪かった。『俺が』幸せにするっていったもんな」
「……ごめん」
「違うだろ」
笑いかける銀次にソラは安心するように目を閉じて寄りかかる。
「ありがと」
「おう。いけるか?」
先生達は扉の向こうで待っているだろう。これからの為に、乗り越えていく壁はいくつもある。
『ソラが』じゃない、『二人で』立ち向かうのだ。
俺が幸せにすると、誓ったのだから。
「もう少し……」
「しょうがねぇな」
埃っぽい部屋で気合を入れ直す。
漢、桃井 銀次に二言は無い。
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