忘れてた
朝の『事件』が終わり、数多の男子高校生が散っていった。その主犯であるソラは一切の自覚がなかった。普段緊張でどもっているのは自分なので、相手が変なリアクションをしても気にすることは無い。
むしろ、猫背ではない背筋を伸ばした姿勢で発声することで、ちゃんと声が出せたと満足していた。
「そろそろ教室いくか」
そろそろ愛華が来る時間なので銀次が提案する。
「うん」
銀次から鞄を受け取り、二人で教室へ向かう。その短い移動ですらも視線が二人に……ソラに集中する。同学年で見たことない女子がいるのだ、男女問わず視線が集まる。……一部の挨拶された男子からのものは特に凄まじい。
二人が教室へ入ると、ピタリと喧噪がおさまり静かになる。特に女子達は困惑しているようだった。
「ククク、良いリアクションじゃねぇか」
「一限目は確か数学か、銀次、宿題やった?」
視線を受けて悪人顔で睨み返す銀次とまったく気にしていないソラ。
「やってるぜ。俺は宿題を忘れたことないからな」
「ププ、その顔でマジメなんだ」
「顔は関係ないだろ」
お互いの席へ向かい座る。ソラが席に座ると困惑した表情で一人の女子が寄って来た。
「あの、そこ、男子の席だよ。しかも、ちょっと問題あるっていうか、距離置いた方がいい感じの……アナタ転校生よね? 一緒にいた男子も色々問題あるっていうか、すぐにわかると思うけど、一緒にいるの止めた方がいいと思う」
どうやら、男装しているソラと今のソラが同一人物だと気づいていないようだ。他の女子もうんうんと頷いている。その中で葉月 澪だけが、信じられないものを見るように目を見開いていた。
「えと、ここはボクの席で間違いないよ」
普段は陰口ばかりで無視されているので、女子と話すの久しぶりだなぁとか考えているソラがやや緊張しながら女子へ返答する。
「えっ?」
「ボク、髙城 空。言っとくけど女装じゃないよ。もともと女子だから」
ザワり。女装なんて説明されなくても、今の姿が本来の姿であることは明白だった。クリっとした瞳、華奢な体、真っ白な肌。自分達が無視し、人によっては荷物を隠すくらいはしていた相手の堂々たる変身に驚きを隠せず、自分勝手にも罪悪感を覚える女子までいた。
そして男子は初手で銀次を囲った。直接ソラ(可愛い女子)の所にいけないが男子の性である。
「おい、銀次。どういうことだ?」
「見たまんまだ。アイツ、女子なんだよ」
銀次の返答でゆっくりとクラスメイトも事実を認識していく。
……可愛くね?
誰かの呟きが火をつけて、教室は喧噪に包まれた。
「俺、挨拶されたから」
教室の男子ということで挨拶されていた村上(初登場)が他生徒にマウントをとり、それがきっかけで他の男子がソラに突撃しようとしたところで、数人の女子をつれて愛華が現れた。
「何か騒がしいわね? どうしたの?」
銀髪をかき上げながら、愛華が教室に入ると澪が立ち上がり愛華に駆け寄る。
「愛華様っ! おはようございます!」
「あら、澪。先週は来れなくてごめんなさいね」
「いえ、急に来たのは私ですから……それよりも……」
澪がソラにキツい視線を向け、愛華がそれに続く。ソラは振り返ることもなく前を向いていた。その表情は見えないが、銀次は心配をしていない。やはり澪と愛華は繋がっていた。ソラが愛華の元を離れ、学年一位を取ったタイミングでの愛華側の味方が増えた。もしかするとソラに何かするかもしれない。
それでも銀次は信じていた。ソラならきっと幸せになれると。
短い期間だがソラがどれだけ頑張って来たか、どれだけ面白い奴か……笑うとどれだけ可愛いのか、自分は知ったのだ。だから、顔を見なくても分かる。
背筋を伸ばすソラはきっと、前を見ていると。
澪に促されてソラを見た愛華は口元を押さえる。見ている者が受け入れられないとでもいうように、一歩後ずさった。
「どうして……」
その呟きと同時に教師が入室する。
「座れー。どうし……髙城?」
「「あっ」」
硬直する教師を見て、銀次とソラは声をあげた。
学校に言うの忘れてた。
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