ソラは決意した!
ソラ宅で二人で夕食を食べた後、銀次はソラが入れた緑茶を飲んでいた。
「旨い……」
「お粗末様。ボクは流石にお腹いっぱいだよ」
ソラは椅子に深く座り、お腹を撫でている。
「俺の半分も食べてないけどな。チキンライスも半分以下だったし」
「銀次はよく食べるよね~」
ソラは部屋着であり、今日は体のラインが出る普通のTシャツに膝ほどの長さの短パンである。
女子としてカミングアウトしているので、下着も普通のものだ。ソラとしては非常にリラックスできる服装だった。ファミレスでの緊張が強かったせいか反動で家に帰ると緩んでしまっている。
……一方銀次は、平静を装っているものの、生まれて初めて女子の部屋に入っているという事実に割と緊張していた。いや、いままでも普通に入っていたのだが、意識して入るのは初めてということでなんだか複雑な気持ちだ。
「それにしても……本当に女子なんだな」
銀次の視線は胸に向けられている。豊かというほどは無いが、しっかりと主張している膨らみがそこにある。
「……なに見てんのさ。銀次のエッチ」
ジト目で銀次を睨むソラ。眼鏡をとって前髪を上げたその顔はどう見ても女子であり、これに今まで気づかなかった俺って相当節穴ではないかと自分を責めたくなる銀次なのだった。
「悪い……」
「別にいいけど。そんなにおっきくないし」
自分で大きさを確認するために、シャツの上から胸を持ち上げて寄せるソラ。コイツ正気かと驚愕する銀次。
普段人と話すことすら苦手なくせにどうしてこんなに無防備なんだよ。
「ソラ、そこまでだ」
「へ?」
「あんま、男子の前でそういうのすんな」
「……わかった」
ソラとしては女子としての振る舞いとかわからないという感じであり、どうして銀次が顔を背けているのかもピンときていない。わりと天然である。
「……それで、これからなんだが」
「これから?」
「俺の『ソラ幸せ計画』が大幅に変更を強いられているんだよ」
「フェーズ2だよね」
「このまま、女子にモテモテなソラを演出する予定だったんだが……」
「それ、本気だったの?」
朝の挨拶や学校でのテストで目立つことにより、愛華の付き人というイメージ以外を広めようとする作戦ではあったが、ソラの性別が違った以上銀次はこれからどうするか悩んでいた。
「ソラは、学校ではまだ男子として過ごすのか?」
「……どうしようって思ってたんだ。でも、今は違うかな」
「へぇ、答えがあんのか」
興味深そうにソラを見る銀次にソラは嬉しそうに返す。
「うん、ボク、やっぱり女子として学校に行きたい。こうして女子として銀次と話すのがとっても楽しいから、学校でもそうしていたんだ」
銀次に女子として接することはソラにとって大きな衝撃だった。そして思う、この時間を少しでも増やしたいと、愛華に何を言われても、教師にどう思われても、そんなことがどうでも良くなるほどに強く求めてしまう。
ボクって欲張りだったんだなぁ。
目の前の男子を見ると、どこまでも求めてしまいそうになる。
こんなに自分が変わるなんてびっくりだ。浮かれていることは実感できるが、だからってブレーキをかけられるわけじゃない。
「意外だな。ま、俺は応援するぜ。とりあえず、女子の恰好で登校してみるか。制服あるのか?」
「あるよ。一応用意してたから……。初めて着るから準備しないと」
「いい感じだな」
銀次がソラのおでこをツンと突く。ブワゥと体温が上がるソラを見て銀次は笑う。
せっかく落ち着いた胸の鼓動がまた激しく脈打つ。
「な、何が?」
「いいや、びっくりしたけどこうしているのが楽しくてな。これからも『親友』としてよろしくな」
こんどは血がサーッと下がっていく。
「……親友?」
「あぁ、ファミレスで言ってたろ。『これからも』って、ソラが女子ってわかっても俺は今ままで通りやってくから安心しろよ」
「あー、へー、ナルホドー」
この男……ここまで覚悟をしてカミングアウトした意味をなんだと思ってんだ!
ソラにピクピクと青筋が浮かぶ。いや、ボクがわるいんだけどさー。でも、そうきたかー。
と、怒りのボルテージが上がっていく。絵のこととか、中学のこととか、色々話すことはあったが、今はそれどころではない。ソラは決意した。
必ず、この鈍感男に一矢報わなければならぬと。
燃え滾る感情を抑え、とりあえず平静を装う。
「……じゃあ、ボクは明日の準備するからさ、今日はお開きにしようか」
ニコニコと青筋を浮かべた笑みを銀次は普通に受けて立ち上がる。
「おう、じゃあまたな」
そして、銀次が帰った後、愛華用に揃えたメイク道具にヘアカット用のハサミを数本並べ、大き目の鏡をドスンと机に置いた。
「絶対に、銀次にボクのこと意識させてやる!!」
声高らかに宣戦布告を一人で行ったのだった。一方、帰り道の銀次。
夜風に当たりながら息を吐く。無防備なソラの姿が脳裏に浮かんで離れない。今まで通りというのは無理難題ではないか。
「ソラは俺を信頼してくれてるってのに……軟弱だぞ桃井 銀次」
ブンブンと頭を振り、モンモンとした気分を追い払う。
「明日は気合を入れていつも通りにしねぇとな」
ここに、絶対に意識させたいソラと、絶対に意識しないようにする銀次との謎の戦いが幕を開けた。
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