あなたの手の温かさ
呼吸一つが重たい。震える声で、ソラは好きな男子の名前を呼んだ。
「あん?」
振り返る銀次はソラを見て硬直する。そのままソラは背筋を伸ばして進んで銀次を横切る。
そしてスズが座っていた場所にソラは腰を下ろし、一瞬俯いて、髪揺らすほどに勢いをつけて顔をあげて銀次を真っすぐに見た。普段は隠れているヘーゼルアイは、その意思を宿したまま濡れている。
「……」
「……」
スズはソラが座っていたテーブル席に座り、二人の様子を固唾を飲んで見守っている。
銀次はコーヒーカップを持ったまま止まっていた。
銀次の視線がソラの頭の天辺からテーブルに隠れている範囲まで降りて、また顔に戻る。
緩めのダボシャツではあるが、背筋を伸ばして、普通の下着をつけているソラにはしっかりと胸の膨らみが確認でき、なによりもその上気した表情は到底男子のそれではない。
まごうことなき女子。圧倒的女子。
「……一応確認していいか?」
「……どうぞ」
ダラダラと汗を掻き始めた銀次と、不安で一杯のソラの質疑応答が始まった。
「双子だったりするのか?」
「一人っ子だよ」
銀次的に最も高い可能性が無くなった瞬間であり、実質確定だった。
「隠れた趣味が――」
「ないよ。なにさそれ?」
顔を真っ赤にしてプルプルと震えながら上目遣いになってくるソラ。
退路は無い。これ以上はソラに失礼だ。銀次はゆっくりと息を深く吸った。
「……女子だったのか?」
「うん」
銀次、天を見上げる。脳裏に浮かぶのは、今までの己の行為。
そしてそのままテーブルにヘッドバットした。鈍い音が店内に響く。
「銀次っ!?」
「悪かった!! この通りだ!!」
見ていたスズはブフゥと吹き出す。なぜ初手謝罪!?
店員は一周回ってはんなりとした視線を送っていた。周囲にお客も少ないので、もう好きにやれという精神である。
「女子と気づいていなかったとはいえ、俺はなんてことを……」
「な、何かされたっけ?」
クワッとスズの眼が見開く。『何ぞあったんか!?』という視線による問いかけをソラはスルー。
「肩を抱いたり、頭を撫でたり……」
「べ、別にそれはいいし、ボクもマッサージとか……しちゃったし」
スズはわなわなと震え『こやつ、男子と思われとることを良いことに……』という視線を送るが、ソラは目線をそらして躱す。
言った後にソラは口を押さえて、そのまま顔を逸らした後、ちらりと銀次を見る。
隠す気の無い、ソラの女子としての表情は凶悪に可愛い。銀次は気づいていないが、薄っすらとメイクもしており、ソラとして銀次がどう思っているかが気が気でない。あとスズの視線が恥ずかしい。
ソラは立ち上がり、テーブルを回って、銀次の横に座る。
「……っ!?」
男子であった時とは明確に違う距離感、銀次の服を掴み体を寄せる。
「こ、これ」
俯きながらソラは言う。銀次からは真っ赤に染まった耳が見えた。
「これ?」
「これからも、頭とか撫でて欲しい……一緒にご飯を作りたい。ボクの淹れたお茶を飲んで欲しい」
スズには聞こえない、小さな声でソラはそう言って、両手で銀次の服を握る。
これが今の精一杯だった。今までと同じように……でも今までと違う意味を込めて、一緒にいたい。その想いの1000分の1でも銀次に伝わればいい。
ポンと頭にいつもの優しい温かさを感じる。
見上げると、顔を逸らしながら銀次がソラの頭をいつもより少し遠慮がちに撫でる。
「いいぜ」
ぶっきらぼうな声、ソラから見える耳は真っ赤で、それが嬉しくて。
「うん」
目いっぱいに笑みを浮かべながら、ソラの瞳から涙が零れた。
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