止まれないことはわかっていた
だらだらと冷や汗を掻くスズがスマフォを起動してメッセージをソラに送る。
『好意的なのは間違いないから、大丈夫だから!』
兎のスタンプ付きで送られたメッセージを見て、ソラはロボが起動するスタンプを送って、生存報告を果たす。そもそも自分が男装していたのが悪いのだ。しかし、まさか弟とは、そりゃよく頭撫でてくれるけどさ、とかグチりながらなんとか立ち直り、パフェを一口入れて気合と糖分を補充していた。
一方銀次とソラは。
「急な連絡か?」
心配そうに銀次が見ている。
「うん、めっちゃ急ぎ。女子はメッセの返信に神速を尊ぶから」
「女子高生は兵なのかよ。続けていいか?」
「いいよ。ソラの中学時代の話ね」
「あぁ、成績とか絵のこととかを聞きたくてな」
オレンジジュースを飲み干してスズは少し悩む。詳しく話すとソラの性別の話は避けては通れない、かといって下手にぼやかしても問題の解決にならない。なんとか、都合よく話をすることはできないか。
「そういえば銀次。さっき、キナ臭いって言っていたけど、何かあったの?」
銀次が知りたいと思った切っ掛けを元にフィルターを作る作戦だ。
「……気のせいならいいんだが、転校生が来てな。葉月 澪って知ってるか?」
「葉月……ってうちの学校にいた子だよ。同中だし、あんまり接点ないけど美化委員だったから名前だけは知ってる、えっ? 転校したの? 違うクラスだから知らなかったし」
「やっぱり、中学の知り合いか。四季と関係ありそうだな」
「いやいや、いくら何でも転校なんて進路を左右するようなこと、一学生の力じゃ無理だよ」
「もともと、転校予定だったとしたら、時期を早めさせるくらいはあいつはするさ」
「やるかなぁ。その葉月ちゃんがどうかしたわけ?」
「ソラに敵意があるように見えるんだよな」
「本当に? 銀次って鈍いからなぁ」
スズ視点でソラの頭がブンブンと振られている。強い肯定を得られているようだ。
というか、店員が怪しげな視線をソラがいるテーブルに向けているのでそろそろ自重して欲しいスズなのだった。
「鈍いって、最近テツにも同じこと言われたな。まぁ、そんなわけでソラと四季の中学時代のことが繋がっていると踏んだわけだ」
「ふぅん。私が知ることならいいけど、まずソラちはね。四季『姫』のお付きだったんだ」
ソラは膝立ちで仕切りにへばりついていたのを辞めて、普通に椅子に座る。
昔……と言っても一年とちょっと前からの話。
愛華は中学一年時に地元主催の和装のコンテストで優勝しており、そのことが理由で『姫』と呼ばれるようになった。実家はお金持ち、勉強もできて、運動でも頭抜けていた。
「三年生の頃には背も高くて、マジお姫様。で、その後ろにずっとついて回っていたのが」
「ソラか。高校に入学した時と変わらないな」
「そうなんだ。私とソラちが話すようになったのは三年の時かな。選択授業でさ写生をすることになってペアになったんだ」
引っ込み事案で、いつも愛華の後ろに付いて回っているソラが描いたスケッチに驚愕する。
それは何気ない河川敷の風景だった。ただ、その異様な書き込みの量は上手い下手で括れるものではなく、スズは単純に『めちゃくちゃ凄い!』と言って、ソラは照れながらはにかんだ。
それ以来、授業で一緒の時は話すようになったスズは愛華のソラに対する態度に違和感を持っていた。
「姫ってばさ、とにかく身の回りのことをソラちに押し付けているわけ。ただ、そのバランスが上手くてさ、例えば移動教室とか人の目がある場所では自分で荷物を持つけど、人の目が無いときはソラちに鞄を持たせるとかさ。まぁ、そんなのバレるんだけど。露骨にやらないのが大事なのよ。それが嫌みにならないように振る舞えるっていうかさ、実際そんなソラの立場をうらやんでいる生徒の方が多かったな。誰か忘れたけど、姫に心酔して荷物持ちを変わろうとする人がいたんだけど、姫はソラに任せてた」
「ソラじゃないといけない理由があったのか?」
「どうだろ? でもなんか姫がソラをいいようにしているから、他の女子達もソラを適当っていうかいないように扱ってた。私もさ、表立って助ける勇気がなかったっていうか」
少し気まずそうに言うスズの言葉は、そのままソラへの謝罪だった。ソラは首を振る、スズを責める感情などソラにはなかった。
「わかるぜ、別にスズは悪くねぇ。ソラも救われてたさ、ゲーセンで話してた二人を見て、いい雰囲気に見えたから付き合わないのか聞いたんだ」
こともなげに言う銀次にスズは噛みしめるように笑う。なぜなら、ブンブンと銀次の背中の頭が肯定をしていたから。
「チェ、なんでそういうのはわかるのかなぁ。いい奴だね銀次」
「なんだ、今頃気づいたのか?」
茶目っ気のある表情は、普段が悪人顔なだけあってギャップがある。
見えはしないが、頭の中の銀次フォルダを組み合わせて脳内で表情を再現したソラは一人悶える。
「そういや、話に出ていた心酔していた奴ってのが葉月だったりしないのか?」
「いやぁ、私はソラみたいに記憶力良くないからさ、わからないや。可能性はあるかもね」
「なるほどな。まぁ、すぐにわかるか。ソラは勉強とかどうだったんだ?」
「どうだろ? 別に成績が貼り出されるとかはないし、姫が頭いいのは知ってたけど、ソラがどうだったかはわからないや。まぁ、姫とソラが絵を描いていることは皆知っていたよ。二人共美術部で、それなりに賞とかとって、学期末とかに校長が発表したりしてた」
「……ソラも賞に作品を出していたんだな」
身の回りのことはソラに任せることが多かった愛華も絵のことだけは別だった。キャンパスやスケッチブックに向かい、二人で競うように絵を描いていたという。ただし、絵の成績はいつも愛華が上だったようだ。
「最優秀賞とかは姫が取って、ソラは審査員賞とかそんな感じ」
「まぁ、わからんでもない」
ソラは自由に描かせると割と変なテーマとか選びそうと銀次は想像していた。わかりやすい中学の賞ならニーズに求められているものに対する理解力が高い愛華が評価されるのもありそうだ。
「じゃあ、なんでソラは中学最後の作品を破いて、高校では愛華の絵をソラが描いていたんだ?」
「……さぁね。そんなこと知らない。ジュースおかわりしてくる」
スズが席を立ち、銀次は冷めたコーヒーを飲んだ。そのままスズはソラのテーブルに向かい、靴ひもを結ぶ振りをしてソラに顔を寄せる。
「どうするの?」
「……ありがとうスズ。行ってくる」
サングラスとキャップを外してテーブルに置く。女性の服装のまま、ソラは歩き出しコーヒーを飲む銀次の背中の後ろに立つ。
高鳴る鼓動を抑えて、熱い息を必死で冷まして、涙をこらえてそこに立つ。
あと一歩でもう戻れない。今日ではないと思っていた。
場所や時間を選べると思っていた。
『弟』と銀次が言った心地の良い距離感ではいられない。
それでも、勇気は銀次が貸してくれるから。トイチだって構わない。
人生で一番勇気のいる一歩をソラは踏みだした。
「銀次」
あなたが『私』を幸せにしてくれると言ったから。
『私』が答えるべきだと思ったから。
この恋はもう、止まることなんてできないのだ。
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