作戦会議
銀次とスズの待ち合わせは火曜を挟んで水曜になった。そして火曜の放課後。
用事があるからと、銀次と別れたソラは電車に乗って街の方へ向かう。
「……うぅ」
ドヨーンと周囲にまで漏れ出しそうな負のオーラを背負いながら、待ち合わせの街カフェに入った。
すでに待ち人はいるようだ。
「おっ、ソラ、コッチコッチ」
「どうも……」
「いや、どうもって……見るからに沈んでんじゃん。ちょっと伝え方が不味ったかも。ほら、飲み物買いに行こうよ」
スズが手を引いて、カウンターに連れて行かれメニューを差し出される。
「何飲む?」
「なんでも……あっ、抹茶フェアなんだ」
ソラの目に輝きが少し宿る。
「おいしーよ。抹茶好きなん?」
「銀次が好きなんだ……うぅ」
「あぁ、また沈んだ! だ、大丈夫だし、ちょっとからかっただけだから、ほら、注文しよ」
抹茶ラテとクッキーを注文して席に戻る。予想以上にダメージを受けているソラにスズはすぐにIINEを見せた。
「こういうの、見せない方がいいんだろうけど、変に誤解されてもアレだから、ソラに伝えただけだから」
受け取ったスマフォの画面を見て、ソラの負のオーラが薄れていく。
「……銀次、ボクのことを知りたいってこと? で、デートってこれのこと? よ、よかったよぉ~。てっきり、二人はもうそんな関係なのかと……」
目に見えないエネルギーが注入されていくようにソラの瞳が輝いてく。
「ふぅ、ソラちが復活してよかったよ。ちょっとイタズラが過ぎたね。ゴメン」
茶髪を弄りながら、謝るスズにソラは大きな安堵のため息をつく。
「……死ぬかと思った」
「そんなに!? 激重……それにしても、こんなメッセが来る心あたりはあるの? それ次第であたしも立ち回りが変わるって言うか……」
「えと……この前、銀次に絵を描いて発表するように提案されてさ……『ボク自身』の絵を他人に見せることが怖いっていったから」
「……うん? ゴメン、話が見えない」
「えっと、ボクの絵を見せることって、ボクというか『私』を見せることみたいな感覚があって……ちぐはぐで、怖いんだ……だから銀次にも言えなくて」
「あたしさ、ソラがそんな恰好している理由しらないけど。多分、姫関係なんだよね。ソラが女子である自分を見せられない理由ってなんなのさ?」
「……それは、中学のコンテストで女のボクが――」
ソラが語り始めた理由を聞いた後、スズは抹茶ラテを一気飲みして、頭を抱えた。
「何それ? ゴメンけど、あたしには理解できないや」
「……自分でも理解できないんだ。それで愛華ちゃんに言われるままにこんな格好してるわけなんだけど」
カーディガンの襟を引っ張って自嘲気味に笑みを浮かべるソラをスズはズビシと指さす。
「ちょい待ち。つまりソラが自分の絵を見せる為には、カミングアウトが必要なんだ」
「そ、そうかな。うん、そうかも……」
「そのカミングアウトはまず誰にするの?」
ズズイと顔を寄せるスズにソラは座ったままたじろぐ。
「そ、それは……やっぱり銀次……だけど」
その返答を聞いて、スズは我が意を得たりとニンマリ顔だ。
「つまり、ソラちは『私を見て欲しい』ってなってるわけだ。昔のことがあって怖いけど、銀次には知って欲しいと……へぇ~」
「……スズのイジワル」
真っ赤になって俯きズボンを掴むソラは、汗を掻いて眼鏡を外してハンカチで拭く。
「ごめんごめん、お詫びにこのスズちゃんがソラちのこと全面的に応援するからさ、のど渇いたぜい。おかわりしようかな、暑いからフルーツ的なやつ、オレンジ系ってあったっけ?」
「えと、待ってね12種類あるよ。オレンジフラペチーノ、オレンジラテ、オレンジアイスインパッション、あとは……」
自分の抹茶ラテをかき混ぜながら、暗唱するソラにスズは驚く。
「ちょい待ち、ソラってこのお店よく来るの?」
「ううん、初めてだけど」
「じゃあさ、メニューが言えるのはなんで?」
「メニュー表をさっき見たからだけど……」
スズの疑問がわからずソラは小首をかしげる。
「もしかして、全部覚えているの?」
「そうだけど……あっ、だけど右下の部分はシミがあって値段が見えないや」
覚えていないではなく、見えないという現在進行形の表現に違和感を感じる。
「もしかして、メニュー表そのものを覚えて、頭の中で今読んでいるってこと?」
「そうだよ。絵を描いているからね、見たものを画像として記憶するのが特技なんだ」
二人は悩まず抹茶ラテに決めたのでメニューを見たのは10秒にも満たないだろう。
ソラに至っては一瞬といってもいいかもしれない。その時間でメニューを絵として細かな部分までははっきりと画像として覚えているという。
「……いや、絵とかそんなレベルじゃなくね?」
記憶力というより、別の能力のような気がする。
「そうかな? それより、銀次のことなんだけど……」
「……スルーなんだ。じゃあ、どうするか作戦会議ね」
「や、やらいでか」
眼鏡を外し、元気を取り戻したソラは頬を上気させ恋する乙女そのものである。
スズは喉まで出かかった言葉を必死で飲み込んだ。
これ、男子ってのは、もう無理じゃね?
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