見に来る?
銀次への好意を理解したソラが、昼休みの衝撃から立ち直るには午後の授業を丸々消費する必要があった。放課後になり、幾分か回復したソラは最近は少なくなった雑務をこなす為に銀次と二人で生徒会の資料室向かった。
「これも、いつまですっかなぁ」
生徒会の会議の議事録をコピーするだけの単純作業に愚痴をこぼす銀次。愛華からの妨害を避ける為とはいえ、いつまでもこれにソラの時間を消費するのは勿体ないというのが銀次の考えだった。
「ボクはわりと好きだけどね……銀次となら」
最後の言葉限りなく小さい呟きだ。銀次には聞こえない。
「慣れてるだけだ。この時間があったら、遊びに行けるぜ。っとこれでしまいだ」
「30分もかからないね」
「ボイスレコーダーから必要なことを打ち出しているソラが凄いだけだ。俺は作業だけだな。時間もあるし、昼に話した続きをしようぜ」
「今後のこと?」
「そうだ、いよいよ。『絵』についてだ。なんか賞とかそういうのにお前の絵を出すのさ」
愛華の変わりに絵を描いていたのだ、本来ならば愛華が得ている評価はソラが得るものだ。
気合を入れる銀次だったが、ソラの反応は芳しくない。
「……できないよ」
今では薄くなりつつある、ソラの拒絶の壁が現れた。だけど、今なら踏み込めるのではないか。
銀次の脳裏に浮かぶのは、ソラの作業場。ガラスのように脆く、合わせ鏡のような深い孤独。
しかし、教室で男子達に立ち向かったように、ソラは変わろうとしている。
実際の所、それは銀次への感情によるところも大きいのだが、銀次はその変化をソラの強さだと感じた。閉じ込められたソラの才能は確かに外へ踏み出そうとしているのだ。
慎重に、優しい声音で銀次はソラに問いかける。
「何が無理なんだ?」
無言、急かすこともなく銀次は待つ。1分ほどの静寂の後にソラは俯いたままポツリと話し始めた。
「中学の卒業前だったかな。ボクの絵をさ、地区のコンテストに出そうとしたことがあったんだ。愛華ちゃんと一緒にね」
銀次は向きなおり正面からソラの言葉を受けとめている。
「自信作だったんだよ。二か月くらいかけて描いたんだ」
「大作だ。見てみたいぜ」
「無いよ。破ったから」
微かに声が震える声、破られたではなく、『破った』その違いはあまりにも大きい。
「……どういうことだ?」
「別に……描き上げた作品をボロボロに言われて悔しくて、ナイフを刺して破っちゃった。それ以来、『ボク』の絵を誰かに見られるのが怖いんだ。だから愛華ちゃんが、ボクが絵を続けられる場所を用意してあげるって……それで愛華ちゃんの絵を代わりに描き始めたんだ」
「俺はソラの絵を見たけどな」
愛華の指示ではなく、本当の『ソラの絵』であるバイクの絵は額に入れて銀次の部屋に飾られている。
「銀次になら見せられると思ったんだ。というか、信用しているんだよ。愛華ちゃんだって作業場に入れたことはないんだから」
無理した明るい調子の声色、ソラの心の深い所、血が滲んでいるような傷がこの話のどこかにある。
「ありがとな……本当に絵を破ったのか?」
ソラが銀次に身体を向ける。銀次は真っすぐにソラを見ていた。
「どうして、そんなこと言えるのさ」
「見たからな。あんなに真剣に向き合っている奴が自分の大事なもんを否定するかよ」
「したんだよっ! ボクは……この話はしたくない」
「……話せないのか」
この言い方は良くない。直感的にわかっていたが、口から出てしまった。銀次は後悔するが、ソラは逃げ出すことなくその場で俯いた。銀次にはそれが抵抗だとすぐにわかった。
本当なら逃げ出したいのに、必死にでしがみついてこの場にいようとしているのだ。
それは多分、自分(銀次)の為に。
やはり、ソラは変わろうとしている。だからこそなんとかしてやりたいと思った。
だが、今日はここまでだ。
「悪かった。この話は終わりだ。さて……テスト勉強は終わったけど、飯は一緒でいいだろ? 今日は食いに行くか?」
話題を切り替えて、カバンを持った銀次の服をソラが握った。
「……いつか、話せるようになったらさ。聞いてくれる?」
「あぁ、待てなくなったら、こっちからいくからな」
「うん、あと、勉強は続けるから」
「え゛マジかよ」
「毎日じゃなくてもいいけど、ちゃんとしないとダメだから」
「チェ、まぁいいけどよ」
「ご褒美あげるからさ。なんでもいいよ」
「じゃあ……頑張んねぇとな」
いつもの調子に戻れるように二人でふざける。繰り返しのように見えて、少しずつ二人で進んでいる。
その夜、銀次はスマフォの前で胡坐をかき悩みに悩んだ末に一件のメッセージを送った。
受け取り主である海上 美鈴は、メッセージを見て、ニヤリと笑う。
『ソラのことで話したい。ただし、内容はこちらから指定させて欲しい。変なことを言ってスマン。だけど、ソラから直接聞くと約束したこともあるんだ。それ以外について聞きたい』
なんとも混乱した内容である。こういう時は、当人に聞くのが一番だ。
「ふぅん。じゃあ、やることは一つよね」
銀次に返信し、そして追加でメッセージを作成して送る。
『銀次とデートするけど、見に来る?』
メッセージを受け取ったソラは悲鳴をあげた。
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