灰かぶりのお姫様
澪がソラに敵意を持った視線を向けている。……が、当の本人はそれどころではなかった。
銀次の笑顔がめっちゃかっこいい!!
そう、先程の銀次とのやり取りで完全に脳が沸騰していた。その為、胸の動悸を抑えることに必死になっており、澪からの熱視線に全く気付かない。
異性としての好意を意識してしまったソラは、それまで経験したことのない感情の揺らぎでほぼパニック。その上で向けられた笑顔はいままでなら多少悶えていた程度から、直視できないレベルまで上がっていた。
「……」
当然、澪の意識は透かされることになる。ただし、銀次だけはその視線と、このタイミングで来た転校生の意味を頭の中で回していた。なんなら、そんな考え込む銀次をちらちらとソラは見ており、さらに悶えていた。
澪→ソラ→銀次→澪。という視線の流れである。ただし、澪はすぐに切り替えて挨拶を終えたと礼をして自己紹介を切り上げた。
「じゃあ、葉月は前の席だな。席移動してくれ」
澪は四季の隣の席に座ることになる。その事実も銀次の警戒心を強めた。
昼休み。転校生ということもあって他の生徒から囲まれる。その上でソラの机を澪が見るが、すでにソラの姿はない。
「銀次っ! ご飯いこうよ」
スタートダッシュで銀次の机にへばりつくソラはやや興奮気味、間の悪いことに銀次は澪のことで何かあったのかと勘ぐってしまう。
どこまでも噛み合わない二人なのだった。
「……そうだな。腹減ったぜ」
とりあえず、二人で昼食をとることになった。食堂に向かったが日替わりのメニューが好評な日なのか今日は生徒が多い。
「席埋まってんな。たまーにこういうのあるよな」
「じゃ、じゃあ、別の場所で食べようよ。……漫研の跡地とか」
「確かに、そりゃあいいな。行こうぜ」
部活棟の三階の角部屋に二人で入る。少し埃り臭く、湿った匂いがした。
銀次が慣れた様子で窓を開けて換気し、二人で机に弁当を広げる。
「今日は春巻きだぜ」
銀次の弁当は、おかずが春巻きオンリーだった。
「……なんで春巻きだけ?」
「いや、普段は3品くらいはあるんだが、春巻きを作ったらなんか燃え尽きてそれだけにしちまった」
「健康に悪いよ。ほらボクのポテサラあげる」
「そんなちっこい弁当からもらうのは気が引けるな、そんなら交換しようぜ」
「うん、春巻きおっきい……」
大きな春巻きを苦労しながら口にいれつつ、ソラは部屋をキョロキョロと見渡す。
ここに来るとソラはあの日のことを思いだす。絵を破られて男子に詰め寄られて、そんな自分を助けてくれたあの時のことを。なんだか、また胸が熱くなりパタパタと手ウチワで熱を冷ます。
「うまいな、このポテサラ。ピリッとしてる」
「少しだけマスタードを入れてるから……それよりさ、銀次、聞いてもいい?」
「あん? なんだ?」
「銀次はさ、どうしてボクを助けてくれるの?」
「説明したろ? 俺は頑張ってるやつには報われて欲しいんだ」
春巻きを頬張りながら、事も無げに答える。
「ここまでしてくれるわけが知りたいんだ」
もう一歩、銀次のことが知りたいとソラは思った。他者のことに踏み込むことはソラにとっては怖いことだったが、それ以上に知りたいという想いが強まっていた。
真剣なソラの視線に銀次はポリポリと頬を掻いて、一気に残りの白米を口に含んで飲み込んだ。
「ごっそさん。……マジで大した話じゃねぇぞ」
「うん」
銀次は立ちあがり、棚の本棚から一冊の本を抜き出した。
「こういうの読んだことあるか?」
「小説?」
「そんなもんだ。ライトノベルだな。俺、結構オタクでさ、こういうの好きなんだ」
表紙にイラストが描かれていた本だった。見れば棚に置かれた他の本も似たようなタイトルだったりしている。
「そういえば、家にも漫画とか似たような本があったね」
「よく覚えてんな。頑張ってるやつが報われる話さ、そういうジャンルっつうのかな。ワリとはまって中学の時はよく読んでた。こういう話に出てくる主人公にお前が似ててさ。報われない奴が、救われる物語さ。ソラを見た時、物語みたいだって思ったもんだが、お前はちっとも幸せにならないからよ。お節介をしたくなった」
「……そうなんだ」
「幻滅したか? 勝手にお前をキャラクターに当てはめて、俺はごっこ遊びをしているのかもな」
「壮大な背景を期待してた」
笑みを浮かべるソラは冗談めかす。
「そりゃ残念だな。現実なんてそんなもんだ」
「そうかな、事実は小説より奇なりだよ。少なくとも、ボクにとっては本当に『奇』跡なんだよ。銀次」
「そうか、そんならバッチリ決めなきゃな。次の作戦を考えようぜ。フェーズ2を続行だ」
「うん、その前に……棚の本って銀次のなの?」
「いや、漫研の友達が俺の好きそうな本を置いてくれたんだ。借りものだな」
「へぇ……ボクも読んでみようかな」
「アニメ化してる奴なんかおすすめだぞ、待ってろ取ってやる」
「いいよ、ボクでも届きそう」
二人で棚の前に行くとソラの体が棚に当たり、本に乗っていた埃が盛大に落ちてソラに乗る。
「うへぇ。なんでこんなピンポイントに……」
「ハハ、運がねぇな。……そういや、頑張ってる奴が報われる話って古典にもたくさんあるよな」
ソラの頭から埃を落としつつ、思いついたように銀次が言う。
「何かあったっけ?」
距離感と大きな手の感触にドキドキしながら、ソラが銀次を見上げる。
銀次と目線があり、銀次はニカリと快活に笑った。
「そりゃあやっぱり、灰かぶり姫だろ」
「……きゅう」
「大丈夫か!? どうした!?」
色んな意味で頭がショートしたソラだった。
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