転校生?
目を洗い、眼鏡を装備。鏡で確認するとやはり少し腫れぼったい。
「目が赤いのバレないかな」
胸の鼓動を抑えて、トイレから出ると背の高い女子が目の前にいた。銀次と同じ位だ、だけど体の線は細い、Yシャツから覗く肌は白く髪の毛は短か目に整えられており清潔感のあるショートヘアーだった。眉は太く、意思の強そうな瞳をしていた。
朝の挨拶で多少は人と話せるようになったとはいえ、初対面の相手に何か言えるほどソラは人慣れしていない。そのまま無言で教室へ向かおうと横を向く。
「ねぇ」
「ふぁい!? な、なに」
背中から声を掛けられて飛び跳ねる。
「髙城 空ってあなたのこと?」
名前を覚えられている。もしかして、朝の吉田君と同じようにテストの件かな?
と考えたソラはちょっと勇気を出して向き直る。
「そ、そうだけど」
「……納得いかないわ」
眉をしかめる表情、ソラは後悔した。この視線には見覚えがある。相手は自分に敵意を持っている。
視線から感じるものは嘲りや侮蔑に近い。
「えと、テストのことかな?」
「あなたと比べられたことよ。まぁおかげでここに来れたから、良しとするわ」
意味が分かるず、ハテナが浮かぶがこれ以上話すのも怖い。というか今はそれどころじゃない、銀次の所へ行かなくてはならない。
「……あ~。そろそろホームルームだから、教室行くね」
これが言えただけでも成長したと自分を褒めつつ、クルリと背を向けて小走りでソラはその場から逃避した。……背中には視線を感じながら。
ソラが教室へ入ると、教室は物々しい雰囲気に満ちていた。見れば、もうホームルームが始まる時間だというのに他クラスの数人男子が銀次の前に立っている。ソラはその顔を見て思わず身をすくませてしまう。銀次を囲んでいた男子は、銀次と初めて話した日にソラに殴りかかろうとした相手だった。
「話は単純だ。お前のせいで四季さんが困っている。今日も休みなんだぞ」
「知らねぇよ、それで?」
欠伸をしながら、胡乱な目で見返す銀次に男子達は強くは出れないようだ。
朝の教室ということもあり、周囲の人間はどう反応しようか迷っている者達も多い。剣呑な雰囲気に先生が来るのを待っている生徒もいる。だが中に囃し立てる者もいる。普段銀次に聞こえるように陰口を叩いては無視されている愛華の取り巻き達だ。
「マグレで成績が良かったからって調子に乗っているのか?」
眼鏡の男子が手を後ろに組んで、銀次を見下ろす。あくまで暴力は振るっていないというアピールだろう。
「……いっとくけどあれ、相当大変だからな。まっ、なんと言われようともソラとつるむのを辞める気はねぇよ」
数秒睨み合い、予鈴が響く。
「警告はしたぞ」
踵を返す男子達は入り口で立ち止まった。ソラがそこに立っていたからだ。
道を塞ぐように足を肩幅に開き、男子を睨みつける。ただ、肩が震えており、男子達はその弱みに気づき、無理やりにソラをどかそうとする。銀次が立ち上がるが、先にソラがその手を掴んだ。
「警告ってなんだよっ!」
「警告は警告だ」
「銀次に何かしたら、許さないからなっ!」
上ずる声は裏返り、お世辞にも迫力は無い。ただ、涙目になりながらもその瞳の意思は強い。クラスの生徒は皆が驚いていた。愛華の後ろにいるだけの目立たない男子が複数人の相手に対して怒りを露わにしたのだ。
怯えるだけだった相手が、一か月も立たない間に自分に立ち向かった。その事実が眼鏡の男子を激昂させた。腕を力任せに解こうとするが、さらに横から大きな手が出て上腕を掴んだ。
「同感だぜ。髙城」
横にいたのは斎藤だった。大柄な体で相手を睨みつける。腕から伝わる筋量の差に眼鏡の男子は露骨にビビり、後ろの男子もたじろいだ。そのタイミングで銀次が後ろから追いついた。
「助かったぜ斎藤」
ソラを庇おうとした銀次は安堵のため息をついた。
「小便の帰りに通っただけだ。俺は何もしてねぇよ、教室戻るわ。先生来たしな」
廊下より教師の姿が見え、その場は解散となる。
席へ戻る前に銀次がソラに顔を寄せる。
「サンキュな。助かったぜ」
「ボク、何もできなかったし……」
「そんなことねぇよ」
背中をポンと叩かれる。ソラが見ると銀次が笑う。
「マジで助けられたんだぜ」
黒縁のメガネを直す振りをして表情を誤魔化す。
「べ、別にいいってことよ」
直視できないほどに、その笑顔が愛しかったから。
二人の席は離れているので、そのまま分かれて座るとほどなくして教師が入って来る。その後ろから先程ソラが生徒会室前で出会った女子が入って来た。ザワザワと教室が喧噪に包まれる。
「あー、静かに。今日からクラスに新しい仲間が増える。……自己紹介を」
「はい、先生」
一歩前にでた少女は穏やかに微笑み、教室を見渡して一礼をする。
「本日より、転校してきた。葉月 澪です。よろしくお願いします」
顔を上げた後の視線はソラに向けられていた。
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